private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over10.21

2019-04-21 22:33:40 | 連続小説

 ほんとうに母親は迎えに来るんだろうかなんて、おれの心配をよそにツヨシはおれからカラダを離して身を乗り出す。想像してたより若めの女性が一応は心配そうな顔立ちでこっちを見ている。
 ツヨシはあっさりとおれの手をはがして地面にとび降りると、一目散に母親の元へ駆け出していった。歩幅の短いストライドで、バタバタして、お世辞にもきれいなフォームとは言えないけど、本人は世界で一番速いって信じてる。それがツヨシが母親にできる精一杯のアピールだからだ。
 そりゃそうだ、それが正しい行動だ、、、 おれは素直に受け入れられない、、、 なに母親に対抗意識、燃やしてんだか。もちろんおれにだってこんな時代があった。さすがにもう、そんなことさせてもらえないからってヒガんでいるわけじゃない、、、 やれって言われてもしないけど。
 そういうのって身体の大きさとか、年齢とかが基準ってワケでもなく。もうお互いが、もしくはどちらかが必要としなくなった。ただそれだけってコトで、適切な時期に、適切な行為をちゃんとすませておく、それで人は大きくなれる、、、 なっ、そうだろツヨシ。
 ふらりと、マサトが近づいてくる。
「さっきの、チビ助の母親か。ちょっと前からウロウロしてたぞ。少しは心配させときゃいいんだ」
 そうか、一応約束は守るぐらいの良識は持ち合わせていたんだ。マサトもめずらしく正論を吐くじゃないか。
「もう、ほっとけよ。あんまり関わらないほうがいいんじゃないのか」
 そしてめずらしく的を得た指摘もしてくれる。おれはマサトの指摘は無視して、ふたりに近づいていく、、、 それが余計なことだと知ってても、、、 マサトは両手をひろげて仕事に戻っていった。しばらくたのんだぞマサト、、、
 ツヨシは母親の足元にへばりついた。安心した顔だ。母親はツヨシのあたまをなでながらおれを厳しい目で居抜いてきた。
「ツヨシ。大丈夫? あの人になにかされなかった?」
 あれっ? そうくる? まあ、そうなって普通か。今の時代、知らない大人と仲良くするって、イコール危険地帯に足を踏み入れるのと一緒なんだから。それに悪人を見るような目で見られて憤慨してるおれって、自分の行為に偽善が混じってるって認めているようなもんだ。
 それを思えばこの母親はまだジョウシキ的なのかな。それほど他人は信用できないし、ヘタに信用して危険な目に合うこともある。いくらおれが安全パイだって主張して、それが受け入れられたとしても、次に同じような場面で、ほかの誰かに騙されれば、結局は、おれって存在が不幸を呼び込んだってことになっちまうのは不本意だ。
 だったら、変な安心感を与えないで、悪人のままでいいさ、、、 ホントにいいんだ。別にツヨシにさえ信じてもらえれば、、、 ホントに。
 ひととの関わり合いなんてそんなもんで、自分が相手を思ってしているつもりでも、その後にあたえる影響を考えたならば、やれ親切にしなさい、迷惑をかけないように、愛し合いなさい、、、 オール・ユー・ニーディーズ・ラブ、、、 なんて、わかったように友愛を連呼する。おれはそんな臆病に囚われていた。
「ちがうよ。このオニイちゃんはボクと遊んでくれたんだ。ボクたち親友なんだよ。ねっ」
 泣かせるじゃないかツヨシ、、、 親友ってのは、ちょっと世代を超えすじゃないか、、、 だいたいさ、ガソリンスタンドのユニフォーム着てるんだから、逃げも隠れもしないだろ。それでもまだ傷害事件とか、児童誘拐を営利目的でしそうな人間に思われてるなら、それはそれで、おれってどこまでって感じでショックなんですけど。
 そんなおれでも強気の面持ちでいるのは、こんなときだけ母親ヅラするこの女性を蔑んでいるからで、この母親を見下してるんだ。状況判断だけで、母親とツヨシの関係を決めつけるのはよくないけど、ツヨシと母親を順番に見比べると、キョーコさんとそんなに年かさの変わらないぐらいのこの母親は困った顔のままだ。
「そうじゃないのツヨシ。違うのよ。ツヨシはまだ、その人と仲良くしちゃいけないのよ。戻ってらっしゃい。どこだって、あのひとがそうだからって、いい人ばかりじゃないんだから… 」
 もどってらっしゃいって、もう手の内にあるツヨシを抱かえて言うセリフじゃないだろう。世間がみんなおれみたいな、いい人間ばかりじゃないから、、、 さっき、偽善者って言ったけど、、、 注意するのは大切だとは思うけどね。
「そうなのよ、誰だって、突然、悪い人になっちゃうの。そしてどこかに行ってしまう。安心しちゃダメよ」
 なんだよ、おれも同類かよ。しかもいま言うか。子供にそれらしい注意をあたえるだけで、親としての責務を果たしてると思ってるみたいで、だいたい自分のことたなにあげておれのことどうこう言える立場かい。
 こういう親っているんだよな。子供がさわいでると、あそこのコワいおじさんに怒られるから静かにしなさいとか言うヤツ。コワいおじさんに指名されたひとの気も知れず、自分は安全地帯で偉そうにして。
 なんて記憶をたどっていたら、なんだか怒りがヒートアップしてきた、、、 若いなおれも、、、 ツヨシに意見したり、おれをコケにする前に、自分を見直さなきゃいけないとこがあるだろ。だいたい昼間っから子供放りっぱなしでナニしてんだか、、、 ナニかな、、、 誰かと違って心の優しいおれは、そんなことは本人の前では口にしない、、、 言えないだけだ、、、 ココロ優しいわけでもない。
 ニュースで見た他国に連れさられた子供の事件では、親は悲痛な表情で再会を祈っていて、かたや自分の享楽のために、子供を平気でほったらかしていく親もいるわけで、永島さんには、母親に注意してやれみたいなこと言われたけど、おれはとてもそんな言葉は出てこない。
 こんなことって比べることじゃないんだけど、どれだけ放置していても無事な子供もいれば、どんなに大切にしていても不幸な目にあう子供もいる、、、 もちろん子供だけじゃない、、、 
 そうして人生は隔てられ、いやがおうにも明と暗に切り分けられていく。いったいその差ってなんなんだろう。誰だって、余計な苦労や、やっかいな出来事から遠い位置で生きていたいって望んでいるはずなのに、それを、誰がなんのためにその対象者を振り分けているのか。まだ大した不幸を被ってもいないはずのおれは、そんな甘い考えにどっぷりと浸かっている。
 孤独を痛みとして生きていく者と、一緒にいるだけで邪険にされる者がいるのは、その人に課せられた試練なんだろうか、、、 そしておれにも試練が与えられようとしている。
「おにいちゃん。バイバーイ。またねーっ」
 ツヨシは母親に手をひかれて連れられていった。ツヨシが言った言葉は、もう叶わないんだ。おれ達ふたりのあいだに母親が出現して、時間の流れにズレが生じたためによって、『また』という世界は、おれたちの中からなくなってしまった。あの母親がおれを見る目がそれを示している。
 おれだってもう、ツヨシがここに現れなきゃいいと思っている。目に入いりゃ気になるけど、二度と合わなければそれほど気を揉むこともない。人の思いなんてのはそれぐらいで丁度いい。そうでなきゃ目にした不幸をすべて背負って生きていくことになる。
 おれの背中はそれほど大きくないし、今は子猫が占拠しているから背中に余裕はない、、、 それは小さすぎないか、、、 さすがに人間の子供を家に連れて帰ったら、楽観的なウチの母親も腰抜かすだろうし、、、 母親、楽観的だったっけ。
 ツヨシの手を引き、急ぎ足で引き上げる母親に引きずられながらも、何度もうしろを振り向きおれに手を振ってなにかを言っている。そのたびに母親はツヨシに小言を言ってはさらに強く手を引っ張り、さらに速度をはやめる、、、 なんだか幽霊か、化け物か、悪魔か、殺人者からでも逃れるように。
 おれが追いかけるはずがない。追いつけるはずもないのに、そんなに急がなくたっていいんじゃないのか、、、 なに寂しがってるんだ、、、
「行っちまったな。しょうがないよ。これであのかーちゃんも懲りたんじゃないか。イチエイも悪モノ扱いされて納得いかないだろうけど。これでしょかったんだよ」
 そうだ、これでよかったんだ。永島さんがなんて言おうと、おれがどれだけあの母親にお節介しようと、おれを疎ましいヤツだと思うだけだし、ツヨシも母親を擁護するだけだ。それが二人のあいだを少しでも近づけるキッカケになればいいんだけど、あの母親は、いまの生活を変えることはない。
 そうしてツヨシは母親のためにガマンして、それが母親にとっていいことだと信じて、それが自分がいる存在意義として、幼少時代と、いくつかの夏休みを過ごすことになる。たぶんほとんどの子供が経験することのない時期を経て、人生の一時期を埋めていく。
 おれは気落ちして情けない姿をさらしていたんだ。自分の意識と他人の見た目はおおよそかけ離れている。だからマサトはめずらしく優しい言葉をかけてくる、、、 このスタンド暇か?
「なんだ、放逐された牛みたいになってるぞ。ショックを受けた時のおまえって、そうなるんだよ。むかしから変ってないなあ。二日ぐらいつかいモノにならないだろうな」
 優しいのか、、、 放逐された牛、見たことないくせに、、、 ツヨシを心配していようと、朝比奈の肢体を想像していようと、はたから見た他人には区別つかないんだから。だから、、、 みんなすれ違う人や、目にする人達を性善説が前提に共存できる。