private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over09.31

2019-04-07 10:35:18 | 連続小説

「おう、ホシノ。恭子がおまえによろしく伝えておいてくれって言ってたけど、なにかあったのか?」
 なんだか上機嫌だ。ムリに装ってる感じもある。例えばキョーコさんをきっかけに、おれを懐柔できるとか考えたか、、、 なんて、おれもひねくれてるから、、、 いやいや、ここはおれが永島さんを懐柔しなければいけないところだ。
「オマエ、差し入れのときはカオ出してないのに、いったいいつのまに恭子と知り合ったんだ? ハッ、オマエもすみにおけんな」
 誰だって、みんな、つまらない大人になんかなりたくないと思っている。そして、自分は他の誰よりも違うんだと信じているし、信じてないとやってられない時だってある。だけど、あたりまえなんだけど、誰もが特別になれるわけじゃない。ほとんどが見る側になり、見られる側に立つ者は、神か、悪魔に選ばれた一握りの人間だけなんだ。
 そうしてそれは、本人が望んだか、そうでないかなんて関係なく、時代に求められた者だけが手にできる、、、 そう歴史で習ったはずだ。
 だってそうだろ、誰もがみんな夢をかなえ、スターになれるとしたならば、いったい誰がスターを見て、スターに金を払うんだ。その現実って理解したくはないけれど、どこかで踏ん切りをつけなきゃ、ついにはまわりに迷惑をかけ続けることになってしまう。
「アイツに言われちまった。星野君をコキつかいすぎだってさ。そんなつもりもなかったから、えらいとばっちりだよ」
 いつかはおれもなんて思いは、努力に比例もせず簡単につかめるはずもなく、せいぜい自分ができる範疇のことを努力して、悦に入るぐらいがいいとこだ。
 本来ならそれこそ学校で教えてやるべき真理なのに、夢をあきらめるな、努力しろなんて、そんな数学の方程式以上に、社会に出てから役に立たない訓示を言い続けるのは、社会を回してくれるその他大勢が、そのおかげで出来あがっていくからなんだろうって、、、 おれは歪みすぎだろうか、、、
 さて、いつまでも偉そうにハスに構えて能書きたれてる場合じゃない。ツヨシのこと伝えておかないと、さすがにダンマリは気が引ける、、、 というより、あとでバレるほうがやっかいだ、、、 つーか、バレるな。
「えっ? お願い? なんだ、めずらしいな。というかまともに話して最初がソレか。たしかに、オモシロみがヤツだ。あぁ、恭子がそう言ってた。オマエは昔の知り合いに似てるんだとさ」
 そりゃ、永島さん。あんたのことだよ。キョーコさんも、なかなか回りくどい表現をするじゃないか。面白みがあるって? そりゃキョーコさんが面白がってるだけだじゃないか。おれって年上から遊ばれちゃうタイプなのか、、、 キョーコさんならよろこんで遊ばれちゃうけどなあ。と、非常識にも彼氏の前でそんな妄想をしてしまう。
「なんだ。言ってみろ。給料あげてくれっていわれても、おれにはどうしようもないが。ははっ」
 おれ、永島さんの顔、これまでじっくり見たことなかったんだけど、こんなに、ふ抜けた顔してたっけ。ほがらかって表現もあんまり的を得てないぐらいに、素の抜けたプラスチックのような、乾燥しきった砂の城のような、、、 ああ、貧困な例えだ、、、 なんにしたって、熱いイメージの永島さんが、風になびくヤナギみたいになっている。
 ガレージにレースカー。子供と母親。パチンコ屋とLOVE HOTEL。おれと永島さん。どこでどうつながって、いまここにいるのかなんて、その因果関係について取りとめのない思案をめぐらせてみても、まったくそれが人生ってヤツで、ここで正面きってはち合わせたのもなにかの縁だ、、、 どんな理屈だ。
 さて、永島さんとの縁を深めてもしかたないから、さっさと本題に入らなければ。キョーコさんとなら縁を深めたいところなんだけど、、、 深まらんな、、、 
「子供? どうした? ガレージでっ!?」
 おれは怒鳴られると覚悟した。怒鳴られるぐらいならマシで、もしかしたら鉄拳が飛んでくるかもと、目をつぶって歯を食いしばった、、、 2秒、3秒、何も起こらない、、、 うっすらと目を開けてみたら、永島さんは少し遠くを見るように顔をあげていた。
 それなのにおれは、うしろめたさがあればあるほど言い訳が口に出る。雨が降ってるから止むまでとか、絶対にクルマには触れないように言いきかせてあるとか、なんの保証も出来ない約束事を、いかにもいま考えました感満載で口にしていた。
 永島さんだってそんなデマカセをまともに取り合うわけもない、、、 はずだ、、、 おれだって、永島さんだってわかってる。興味がそそられるものが回りにあれば、一番に手を伸ばすのが子供ってヤツだ。男の子なんだから、好きなモノが目の前に鎮座してれば、まちがいなく、、、 触りまくるなあ、、、 あそこなら飽きずに遊んでられるって理由が一番だからなあ。
 永島さんは、おれの真意を読み取るようにアゴに手をやり、首をひねる。そらひねるだろ。どこの誰とも知れないガキを、自分の大切なクルマが置いてあるガレージにかくまわせて欲しいなんて、まともに話しもしたことのない新人のバイトに頼まれたら、おれだっていい返事はできない。
 なのに永島さんはこんな無茶なお願いごとに取り合おうとしている。本当にそのクルマが大切なら、、、 本当にキョーコさんが言うべきことを言ってないのなら、、、 だけど、そうではならない予感もあった、、、 それがいま、ここに流れている気運としてある。
 おれとしちゃあ断られる前提で話して、さてこのあとツヨシの身柄をどうするかってことまで考えてたのに。
「わかった、ホシノ。いいよ。細かいことは聞かないから、オマエにまかせた。好きにしろ。ただ、子供にケガさせないようにだけ気をつけろよ。 …なんてえらそうに言うけど、オレだって子供の頃といや、いろんな場所に忍び込んで、ムチャするわ、ケガするわ、なあ、オマエだってそうだろ。それが普通だ」
 たしかに、そんなもんだった。さらに言えば自分の大切な宝物をしまってある場所には、どれだけ仲が良かった友だちだって不用意に近づかせなかった、、、 なあ、永島さんだってそうだろ、、、 だったらツヨシにはクルマに触れるなとか、道具をおもちゃにするなとか、なんてなんの効力もないはずだ。
 
なんとなくわかっていたけど、キョーコさんの言葉からもそれは読み取れたし、永島さんにとって、手にかけているクルマは、実はもうそれぐらいの価値しかないってことなんだ、、、 マサトには悪いけど、、、
 わかっていても自分からは言い出しづらく、それを彼女の口から言われても素直に受け入れられない。迷い込んでしまった迷宮の中で、互いにあとに引くこともできなくなり、なぜかおれに目を付け、おれを中継して、果の地から抜け出そうとしている。
 もう終わってしまっているのに、これ以上、明りが差すとも思えないのに、そうしなければ自らの正義に背いているようで、背徳を感じているとでもいうのだろうか。
 本当にしなきゃいけないこと、本当はやらなくてもいいこと。自分で選んでいるようでいて、実はまわりの評価にしたがっているなんてよくある話で、だからおれにはそれがうまくいくとはどうにも思えない。
 おれの表情がかなり怪訝だったんだろう。永島さんは言葉をつぎ足してきた。
「ホシノ。そんなにオレを量るな。オレが何者でもないことぐらい、オレが一番わかっている。それどころか終局に向かって進んで行くのがわかっていない愚かな大根役者だ。どこかで取り違えた道程なら、その場へ引き返せばいい。でもな、どこかで取り違えた人生は、もう引き返すことはできないんだよ。ああ、それはオマエに言っても難しいハナシだな… 」
 どうしておれには難しいか、その意味はわからなかった。永島さんと同じ境遇になればわかるのだろうか。キョーコさんに最後通告を突きつけられたなら、おれは耐え切れないだろうから、そうやって二の足を踏んでいく。そうして臆病な人間になるのが慎重な判断だというほめ言葉にすり替えられていく。
 人生にやり直しが利かなくても、それを教訓に次はうまくやれるはずだ。だけど、本当にやり直したい人とそうなれるかと言えば、かなりの確率で難しいに違いない。いまの関係を引き延ばそうと役を演じつづける永島さんの心中は、いったいどんな想いなんだろうか。経験値のないおれにだって、その立場がキツイことはわかった。
 
キョーコさんの言葉や、再び仕事先に向う、あのうしろ姿がそうさせたんだというのはおれの言い訳でしかない。