private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over25.11

2020-03-22 07:03:58 | 連続小説

「そうねえ、いきなり夕食っていうのも気をつかわせちゃうでしょ。いまからオムライス作るから、あなたたちふたりで食べなさい」
 そう言われて気づいたんだけど、おれたちはまだ昼食を食べていなかった。子猫には牛乳をやったのに、自分たちのことはまるでアタマになく、ハラが減っていることさえ忘れていた、、、 別のことで腹一杯だった、、、 それはそれでしあわせ。
 こうしておれの読みは半分だけ当たった。たしかにいきなり父親を囲んで4人で夕食を取るっていうのは、朝比奈にしても二つ返事というわけにはいかないだろう。母親もこれでいろいろと配慮しているんだな。
「わたしも何か手伝います」
 朝比奈は台所に立ち、母親とふたりならんだ。
「そう? じゃあ、つけあわせのサラダ作ってくれる。レタス、ニンジン、キュウリ、トウモロコシの缶詰。冷蔵庫に入ってるの適当に使っていいから」
 そう言われて朝比奈は、母親から新しいエプロンを出してきてもらい身に着け準備をはじめた。がぜん姑さんに料理の手ほどきを受ける若奥様然としてくる。そしておれはコリもせず、エプロンといえばコレっていう妄想をしてしまう。
 背も高くスタイルのいい朝比奈は、和風の台所にはマッチングしない異物質でありながら、母親が普段通りに食事の準備をする横で、気負うことなくひとつひとつの作業を悠然にこなしている。
 緊張するとか、失敗したらどうしようとかないんだろうか。なにをやっても上手にできてしまうのは普段から鍛錬か、天賦の才か。おれがたとえば朝比奈の父親と洗車を一緒にしたとして、これほど自然にそつなく振る舞える自信はない。
 ツヨシとやった洗車を思い出せば、あれぐらいの子供だったら楽なんだろうな。大きくなるにつれ見栄とか、プライドとか余計なものが成長してきて、自分の能力をさまたげることになるなんて、なんともおかしなハナシじゃないか。
 ときおり、ふたりの会話や笑い声が聞こえても、なにを話しているのかまでわからなく、どうせおれのことで盛り上がっているんだろう。いまさらいいとこ見せようと話をつくろってもしかたないから、おれの数ある失敗談を肴に、ふたりのあいだを詰めるならいいじゃないか。
 朝比奈は大皿にサラダをのせて運んできた。おれも少しは働かなきゃと、取り皿とフォーク、スプーンをセットした。サラダの大皿には、取り分け用の木でできた大きめのスプーンとフォークが一緒に入れてあった、、、 こんなの家にあったっけ、、、
 おれは自分の取り皿にサラダを盛りつけて、スプーンとフォークを朝比奈に渡した、、、 なんか新婚さんムードがただよう、、、 おれだけ。
 サラダにはドレッシングがすでにかかっているようで、おれは普段ならマヨネーズをベタベタとかけて見栄えを台無しにするヤツだから、今回は味を確かめてからにしようと自重した。
 朝比奈のぶんも盛りつけてあげれば、もっとそんな気分も盛り上がったのか。でもなにをどれぐらい食べるのかは朝比奈の領分で、だったら自分で好きな分を取り分けた方がいいとか、そういうのって控えめならよそよそしく、押し付ければ厚かましくもあり、どっちがいいかなんて、ふたりの感情の共感でしかないし、、、 
「100%期待通りであれば、そうね。この世は愛であふれるかな」
 朝比奈はおれの耳元で小さな声で、それも舌の動きがハッキリとわかるようにつぶやいた。母親の聞き耳を意識しただけなのに、おれは異様にドキドキと興奮してしまった。それをごまかすために、家でも食事の準備の手伝いをしてるんだろうかと、ごくありがちでつまんないことを考えてみた。
 普段のすがたに生活感が見えないから、そんな朝比奈はイメージできない。お手伝いさんとかがいて、上げ膳、据え膳で食事をしているとか、、、 それはイメージできる、、、 ありきたりなおれ。
「そんなふうに見えて申し訳ないけど、ぜんぜん違うからね。わたしの家は両親が共稼ぎで、ふたりとも遅くにしか帰ってこないから、食事は全部自分で作っている」
 ああ、それもあるな。朝比奈が自分は信用されているから大丈夫って言ってたのは、そういうことなんだってあらためて納得。そりゃ朝比奈の親なら安心だろうな、こんなにしっかりしていて、なんでも人並み以上にこなすんだから、、、 それが親の放置を許す要因にもなる、、、
 だからあんな大人っぽいとこでバイトしててもお咎めないのか。おれなんかスタンドのバイトも内緒にしていたのは、あたまから反対されると思い込んでいるからで、それがわが家でおれに対する信頼度を増々下げていく、、、 そして、おれがうその上塗りをする要因にもなる、、、
「自分が起点になってまわりが動いていくのか、まわりを起点として自分が動いていくのか。結局は本当かどうかなんてわからないんだから、不安や後ろ向きな考えが先に立てば、そこからが起点になって、そうね。どんどん悪循環にはまっていく」
 そうだね。ふつうのことをふつうにやるのがどれほど難しいし、だからいちど悪循環にはまれば、そこからの逃れ方はもうわからない。それができないからおれたちはいつも同じ場所にいるってわけだ。
「そうよ。イチエイはいつもコソコソと悪いことしているから、よけいにわかるし。だからコッチもあれしちゃダメとか、これしちゃダメとかいちいち言わないといけないんだから。正面切って、こうしたいって言えばまた違ってくるのにね」
 だまっていられなくなったのか、母親が口をはさみつつオムライスをふたつ手にもって配膳しにきた。朝比奈はあたまを少し下げてお礼をするので、おれもつられてあたまを下げたら、ふたりに笑われた。
 母親の言うことはもっともだ。それなのに親がダメだと言いそうなことをコッソリやって、バレずに済んだときの快感があるんだっておれは主張したい。母親は鼻で笑って、洗濯物かたづけてくるから、ふたりで仲良く食べててと言い残し二階に行ってしまった、、、 あとは若い者同志でとか、お見合いの席か。
「なにを、こっそりしたの?」
 いろいろコッソリすることはあるんだけど、それは、ほんとうにどうでもいいことばかりで、たとえばどうしても食べたいってわけでもないのに、夜中に即席ラーメンをつくってみたくなって、その時の鍋に水を入れるとき、袋を開けるとき、ガスに火をつけるとき、その音が家中に響いているようで、そのたびに心臓が縮み上がった。
 ものの5分くらいのことなのに、出来上がるまでの時間がおそろしく長くかかっているようで、これまでのおれの人生の中でもっとも長い5分間だったような。自分の部屋に持ち帰って食べたけど、ドキドキは収まらないままで、全然味がしなくて食った気がしなかったのに、つぎはもっとうまくやってやろうと、、、 なんに執念燃やしてんだか、、、
 それでいてツメが甘いもんだから、食べた後の洗い物をシンクのなかに放置したままにして、翌朝は母親に『夜中にあたまの黒いネズミがラーメン食べたみたいで困ったわ』と嫌味を言われ、これまた定番ネタのひとつになった。
「報われない現象に固執してしまうのは、それも一種の代謝作用なんだね。下らないことならいいけど、そんな固執で世の中が変わってしまうこともあるから」
 そう言って、ケチャップがテーブルに用意されているのに、朝比奈はなにも付けずに食べはじめた。おれはいつもなら、さっきのマヨネーズ同様、ケチャップまみれになるぐらいかけているのに、そだちの悪さを隠すためにそのまま食べてみたら、オムライスってこういう味だったんだとあらためて知った。
 こういうひょんなことから普段の行動が変わることもあり、いろんなことが日々の惰性の中で流されていくと知る。それほどこだわってないのに、いつのまにかそれが自分の行動に組み込まれていくから、そうするとそれが自分のこだわりとして固定化されていく。だからこだわりは自分の信念なんかではなく、認識の誤差の範囲だったりする、、、 マヨネーズやケチャップの量を減らしても世の中は変わらないだろうな、、、
「おかあさん料理上手ね。ホシノはいつもこんなおいしいの食べてるんだ。素材の味を活かして少ない調味料でもおいしくなるように工夫してる。ダメだよ、食べる前から当たり前のように調味料つかっちゃ、おかあさんガッカリするよ」
 そうだな。おれはそうやってまわりのひとの期待を裏切ってきた。そうやって知らないうちに朝比奈によって矯正、、、 更生か、、、 させられていた。なんだか、おれに立ち直って欲しいのか、一人前にしてやろうとか。うれしいんだけど、それほど気にかけてもらえる理由はおれにはない、、、 朝比奈のほうにあるとすれば、、、
 そうじゃないな。これまでだってなんども声をかけてもらっていたのに。あの先生も、あのお爺さんも、親も、友達も、、、 おれはその時、訊く耳を持たなかったり、気持ちに入ってこなかったり、心に響かなかったりと、理由はさまざまで、そうしてうまくいかない人生を誰かのせいにして浪費してきた。
 自分勝手なんだけど、いまならそんな言葉もスッとはいってくる、、、 呼吸や、鼓動が重ねあっていけば、同時に共感度もあがっていくんだって、、、



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