private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ギター屋の店内2)

2024-12-08 15:43:36 | 連続小説

「不思議ですよね、、 」
 アキが言いたかったのはこういうことだ。プロの演奏だって聴くのは自分のような素人であり、その人たちが良いと思って聴いているプロの演奏と、同じように良いと思っているのに、プロにはなれなかったひとの演奏と、どこにどれをだけの差があるのか。
 自分だけがオサムのギターを上手いとは思っていないはずだ。メディアで名が売れているアコギ一本で歌う女性ミュージシャンがいるが、同じようにギター1本で演奏している、とある名もなき女性ミュージシャンは、地元のイベントでタダで観れたりする。
 自分には、どちらも同じよう上手に聴こえるし、魅力的にみえる。テレビでしか観れないミュージシャンより、間近で聴く名もなきミュージシャン達の方が、強い熱量や、客に訴えかける力量が強く感じられるぐらいだ。
 テレビに出るようなミュージシャンを、間近で観たことがないからと言われればそれまでではある。
 大勢の観客が集まるようなコンサートの熱狂を観ていると、自分はそれだけで興ざめしてしまうところもある。なにかに囚われるように熱狂する人たちは、ミュージシャンに対してというより、その行為に意味付けをする必要性に追い立てられているようにもみえた。
 それは勝手な自分の憶測で、実際がどうなのかはわかるはずもなく、自分がそういった大勢の仲間内に含まれるのが嫌なだけで、多分に斜めから物事をみているからだろう。
「 、、いったい何が違うんでしょうかね?」
 オサムは次の曲を弾きながら、そんなアキの問いかけを聞き、しばらく考えていた。
「なんだろうね。その差って。オレにもわからねえな。想像だけど、きっと、誰もが誰かに支配されたいんじゃないの? じゃあ誰についていくか。だったら、なるべく大勢が注目しているヤツがいい。だからオレはここにいるんだろうな」
 オサムがそう言った。そう言われて、自分の浅はかな問いかけが恥ずかしくなった。その理屈で行けばアキもまた、大した人物になれない。
 もっともアキの場合は、はじめから自分の器を認識している。誰かから注目されたいどころか、誰からも触れられずに生きていこうとしていた。うまくならなかったのは何もギターだけではなかった。
「あの、最初にこのお店に入って来たときに思ったんですけど、置いてあるギターって、色んな値段が付けられてますよね。でもわたしにはその価値が伝わってこない。50万のギターと、100万のギター。見てもその差が分からないです。だからなんでしょうか? それも同じことなのかと、、」
 こんなことを訊いていいのかと、気に止みながらもギターに絡ませながら、もう少し踏込んでみたかった。オサムはそれを理解してかどうなのか、スッと言葉を吐き出した。
「モノの見方は人それぞれでしょ。キミが今、その売れてないコに、売れっ子と同じような価値を見出すのも、10万のギターに100万の価値を見出すのも、誰かと一緒でなきゃいけないことなんか、何一つないんだから。オレはいいと思うよ。みんながみんな同じ人に価値を見出すより、自分がこれと思ったひとを好きになったら。オレがそのひとりだとすれば、それはそれで嬉しいし」
 オサムの言葉が嬉しかった。それと同時に自分がそれほど深く考えて、誰かを好きになっているわけでないことに申し訳なくなる。
 自分はまわりが価値がないと言っているモノに、価値を見出すことで、自分の存在価値を見出そうとしているだけなのかもしれない。
「オレはね。バイトっていうか、この店の呼び込みみたいなもんなんだよ」
「呼び込み、、ですか?」
「そう、サンドイッチマン。いや、音出してるからちんどん屋さんかな?」
 それなら店内ではなくて、外で行なうのではと、アキはオサムの意図してるところを読み取っていない。
「こうやってギター弾いてると、キミのような子がフラフラ~とやってくる。そうすると、さっきのユウリちゃんが、捕まったエサを食べにやって来る。といった具合だな。こりゃ呼び込みというより生け捕りに近いか。ハッハッハ」
 オサムはそう言って一人でウケていた。生け捕られた立場のアキには、余り嬉しい例えではない。アキは自分が捕食される側になったようで不安が先立つ。
 確かに先ほどのユウリの言動をみていれば、自分など一口で飲み込まれるだろうと容易に想像がつく。こんなに素敵な音色に誘われてやって来たのだ。できればもう少し別な例えが良かった。
「誰が、エサ食べてるってー?」ユウリが店先から声をあげる。
 どこまで地獄耳なのか。アキが慄いていると、オサムはニカっと笑ってどこ吹く風と気にしていない。きっといい関係性なのだろう。
「手ぇ見てみ」そう言ってオサムは、手のひらを差し出した。
 指先が硬そうなのがわかる。ギターの弦と相まみ合ってきた軌跡だ。
「毎日弾いてたら、こんなんになっちまった。別にそれが嫌なわけじゃないよ。ただ、どんなに努力したって報われないことはあるんだよ。オレだってよく思ったさ。どうしてこんなヤツが売れて、オレはダメなんだってね。キミが疑問に思っているのとなんら変わらない、、 」
 オサムはアキに話しかけながらも、アルペジオで美しいメロディを奏でている。聴いたことのない曲だった。オリジナルの楽曲かもしれない。少し哀愁を感じさせる曲調で、心が絞られる。
「 、、売れたヤツに訊いてみたことがある。そいつも言っていた。どうして売れたのかわからないってね。全員がそうじゃないかもしれないけどよ。もちろん誰だって、大勢に聴いてもらいたくって演奏してるわけだ。だけどそうなるかどうかは、誰にもわかんねえのかな」
 アキは物悲しくなってきて瞳が潤んできた。オサムの心境に同調したのかもしれないし、ギターのメロディにやられたのかもしれない。もしくは自分に引っかかっていたトゲが抜けたからなのかもしれない。
 自分でもわからないのだから、誰にもわからないのだろう。
 思い起こせば今朝の出来事もそうだ。良かれと思ってしたことが迷惑にもなれば、しなかったことで後悔することもある。何もしなくても巻き込まれることもあり、ともすれば主導したことで矢面に立たされることもある。
 どれも自分の意思とは別のところで物事は進んでいき。誰か彼かの意図する状況のために、この身を削られていくこともある。
「ごめんなさい、、」アキは指先で潤んだ目先をおさえた。
「オレの演奏で涙してくれるなんてうれしいねえ」
 オサムは気を遣っているのか、そんなふうにはぐらかしてくれた。アキも何か気の利いた言葉でも言えれば良かったのだけれども、あいにくそういった語彙を持ち合わせてはいない。
「もちろん、演奏も素晴らしいです。色んなことが自分の思い通りにならないのはわかってるんですが、だからって誰かの思惑のままにされるのでは、やりきれなくてやるせない気持ちになってしまって」
 アキには自分の真っ直ぐな感情しか口に出てこない。
 オサムはゆっくりと、1弦づつ指先で弾いて曲を締めた。硬質化した指先が、この柔らかなメロディを生み出しているならば、この世は多くのことで、実態とその根源には、相反する事象が多いのではないだろうか。
「コラー! オサムー! なにお客さん泣かせてるのよーっ」
 ユウリだった。確かに立場的にはオサムに分が悪い。
「いえ、違うんです。わたしが、その、オサムさんのギターとか、曲に感動して、その、つい、ホロリと」
 珍しく気の利いたセリフが出た。オサムは肯定しづらいのかクビをヒネったり、うなずいたりと挙動が定まらない。ユウリは半信半疑といったところか。
 そんな疑われるような前歴があるのかと、さっきまで関係性を肯定していたのに、人と人との間柄は目に見えることだけでは収まらないこともある。
「あっ、ごめんなさい。いつまでも長居して。そろそろ失礼します」
 そう言って、アキは席を立ちアタマを下げた。今がそのタイミングだと考えた。ユウリはその肩を抑えて、アキを再びイスに座らせる。座面のビニールカバーに穴が空いているのか、クッションの空気が抜ける音がした。
「いいのよ、気にしなくも。アナタさえよければいつまでいても良いから。どうせオサムは1日中こんなんだし。あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
 そう言ってユリエはバックヤードに入って行った。オサムは笑顔でうなずいてアキを見ている。
 今日の目的は達成されてしまった。あとは特に何か用事があるわけでもない。好きなだけ居て良いと言われるのは嬉しいが、ただこのまま対面していても、間が持ちそうにない。そこへユウリが戻ってきた。
「あった、あった。これこれ」そう言って差し出されたのは一本のギターだった。


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