むらやわたる57さい

千文字小説の未来について

超IQ研究所クラスター㊸

2019-08-08 10:33:35 | 小説
 昭和五年八月未明。長春で野菜問屋の経営者が、カボチャで頭を殴られて死ぬという事件が起きた。経営者は事務所で、あおむけの状態で殴られている。野菜問屋は男性従業員が九人いて、経営者の奥さんが事務全般をやっていた。早朝に八百屋が荷車で、野菜を買いつけにきて従業員が応対して午前九時ぐらいまではいそがしい。野菜の入荷は、午後からのため、それまでの時間はひまだが、事件当時は事務所に経営者しかいなかったという。公安(中国の警察)が奥さんに事情を聞くと、「朝から直営店の、八百屋の手つだいに出てて知らせを聞いていま戻ってきたんです」と言った。死体は午後に、入荷の台帳をとりにきたリーダーが発見していてリーダーは「全員倉庫で作業してたよ」と言う。そこでは百個積んだ木箱を、ひとつずつずらすような作業をときどきやっているようだ。経営者は三五歳で、奥さんは四〇歳。子供はいない。経営者は婿養子で奥さんの両親が、以前は現場にきていたが腰を悪くしてから近づかなくなったという。公安が一番年上の、五〇代の従業員から事情を聞くと、「奥さんと結婚する前は社長がリーダーだった」と答える。公安が「結婚してからなにか変わったか」と聞いたら、「二倍ぐらいいそがしくなったけど社長は現場を手つだわないで昼寝してることが多くなった」と言う。公安が「従業員のかずは、増えたのか」と聞いたら、「同じだけど」と答えた。公安が「どうしていそがしくなったんだ」と聞いたら、「高い値段で仕入れて、同じ値段で売ってる」と言う。公安が「どうしてだ」と聞いたら、「社長は農家の出身で、そのせいかも知れない」と答える。公安は読み書きがまるでできない紀元前の、奴隷のような雰囲気に圧倒されて、歴史の重さをかみしめた。公安は町に、もう一軒ある野菜問屋に行って事情を聞く。そこの経営者は「物が入ってこないのでうちもあそこから仕入れて小売りをやってるよ」と言う。従業員は全員小売店に出払っていて、がらんとした倉庫にカボチャだけあった。「カボチャはうちの直営農場でつくってる」そうだ。ここは領収書ぐらいなら書けそうな雰囲気がある。公安が「高い値段で仕入れて商売になるだろうか」と聞いたら、「電話で送り主と綿密に確認していい物だけ仕入れればできるよ」と言う。死んだ経営者の昼寝は、深夜まで現地と電話のやりとりをしていたことが原因だったらしい。公安は直営店の八百屋を張り込んでいた。直営店は二か所あって事件後も奥さんが、どちらかの店で働いていたがどちらも繁盛してない。公安が古代ローマの、剣闘士の試合で、連敗中の剣闘士が、血が入った袋を落として、観客に野次られている場面を想像しながら、奥さんに「カボチャは売れてますか」と声をかけたら、奥さんは涙を流しながら「私負けるのが大嫌いなんです。うちも小売りに、力を入れるように、主人に言ったけど反対されたので殺しました」と言う。公安は連敗中の剣闘士が、運営上の都合で勝たせてもらえると錯覚して剣を、落として負ける場面を想像しながら、奥さんを逮捕する。