むらやわたる57さい

千文字小説の未来について

超IQ研究所クラスター㊿

2019-08-15 10:00:29 | 小説
 昭和五年一二月未明。北京の数学研究所で所長が、斧で頭をわられて死亡している事件が起きた。死体は午前八時三〇分に研究所の、四〇代の男性研究主任が発見している。犯人は主任のようだが人間を、超越した理由がありそうなので公安(中国の警察)は変則的に捜査を始めた。公安は主任から事情を聞く。そこは円周率の計算をやっている研究所で、五〇代の男と女が計算していた。ストーブの反対側にある壁一面に、計算用の紙が積まれている。三〇年前から計算していて一日に七万けたのかけ算と、足し算を三回ずつやるという。公安が「検算はどうしてるんだ」と聞いたら主任は中央の直径五mほどな、金属製の円盤を指さして「実測値にもとづいた級数を使用して計算してる」と言った。円盤は三〇年前からあるらしくてかなり錆びている。検算はしてないらしい。計算している男と女は男が前日の計算用紙を見ながらかけ算して声で女につたえて、女が足し算して用紙に記録していた。主任が「計算が終わった用紙を売っています」と言う。公安が買い手の台帳を見せてもらうと、千人ほどいて毎年新しい計算用紙を買っている。公安が「計算してる二人と話をしたい」と言ったら、主任が「停止」と叫ぶ。計算していた男女は、三〇年前は大学生だったという。公安が所長のことを聞くと、「三〇年前は所長も同じ大学の研修生でした」と答える。研究所の建物は、所長の家を改築していた。公安が「主任はいつからきてるの」と聞いたら、女が「六万けたを超えてからです」と答える。公安が「一年で千けただと一〇年前ぐらいか」と聞いたら、女が「以前は一日に四回計算してましたからそれよりあとです」と言う。公安の脳裏に、たそがれた女の小じわをとり消したような、つやつやな肌の、大学生の表情が浮かんだ。公安はすべてのたそがれが、円周率の計算で片づけられるような気がした。公安は研究所を出て、最近計算用紙を買った喫茶店に行く。店主は「うちは理工系の学生が多いから毎年買ってるよ」と言う。公安はもう一軒の酒屋に行く。酒屋は「数字が並んだ計算用紙を見てると、気ぶんが爽快になる」と言う。一分間に数字を三〇〇ほど書き込む作業はでたらめでいいわけだ。公安は研究所に戻って主任から事情を聞く。公安が「数字が不正確なことで所長と口論になってただろ」と聞いたら、主任は壁に頭を軽くぶつけながら「『やめたい』と言ったから殺した」と白状する。公安は主任を逮捕した。