むらやわたる57さい

千文字小説の未来について

超IQ研究所クラスター㊾

2019-08-14 10:28:06 | 小説
 昭和四年九月未明。吉林の、水力発電所の建設現場で現場監督が、むちで打たれて死ぬという事件が起きる。凶器のむちは、死体の横に置いてあった。現場監督は他に四人いてそれぞれ自ぶんのむちを持っている。死体は昼食後にトイレのそばで炊事係が発見した。食堂は労働者を約二〇〇人収容できる宿舎のなかにあって、少し離れた場所に現場監督の事務所がある。トイレはその中間だ。公安(中国の警察)が年長な現場監督からむちのことを聞くと、「あいつだけ特殊なむちを使ってた」と言う。公安が「むちはいつも持ち歩いてるのか」と聞いたら、「食事のときは事務所に置いてる」と答えた。公安が「なぜ金属片を入れてたんだ」と聞いたら、「鉄骨を打つと響きがいい」と言う。公安が「鉄骨が入ってるのか」と聞いたら、「鉄骨は現場に置いてあるだけで、型わくにコンクリートを流し込むだけ」と答える。建設現場は宝石を、並べたお盆を陳列したショーケースのように輝いていた。公安が顔に竜の入れ墨を入れている労働者から、死んだ現場監督のことを聞くと、「地面をむちで打ってるだけだ」と言う。むちで打たれた人間はいないようだ。公安の脳裏に、労働者の誰かが倒れている現場監督を、ふだんの動作をまねするようにむちで打っている光景が浮かぶ。死因は首からの出血死だ。むちは水平方向に振ると、自ぶんに当たる恐れがある。公安が年長の現場監督に「昼休みは、なにをやってた」と聞いたら、「あいつは休憩しないで資材をいじくってたよ」と言う。公安が「むちは」と聞いたら、「にぎる部ぶんを汚さないように、近くに置いてるよ」と言った。公安が他の現場監督から事情を聞くと、「炊き出しの女が、菓子を仕入れて売ってるんだが、労働者が甘い物を食べ始めると、歯どめが効かなくなるんだよ」と言う。公安が「甘い物をどうやって売ってるんだ」と聞いたら、「声にならない声で『歯の神経が引っ込むよ』と言ってる。少しでいいと思うんだけどな」と答えた。公安はもういちど現場を調べる。甲羅の大きさが、二〇㎝ぐらいの亀がいた。甲羅に五㎝ほどの直角三角形なひっかき傷がある。夕方犯人が自首してきた。男は下流の村からきている労働者で首すじを搔きながら「あの男が亀をつかまえようとしてたから殺したよ」と言う。公安は男を逮捕する。そこの村では、亀が最高の神で「神のしるしを甲羅につけた」と言う。