土塊も襤褸も空へ昇り行く:北村虻曳

随想・定型短詩(短歌・俳句・川柳)・写真
2013/11/11開設

蜂の八話

2014-04-26 | 随想
1.私が丹波で小学に入った昭和21年頃、魚釣りは、テグスと浮きと錘と針を買ってきて、竹やぶで選んだ切り出した細い竹に取り付けて行った。簡易な折りたたみナイフ「肥後守」で、糸が絡んで厄介な枝を出来るだけそぎ落として。魚釣針は私の生涯で買ったもののうち一番安いものである。たしか5厘程度であったと思う。つまり5/1000円程度であった。餌は畑でミミズを掘って使った。後に引っ越した近辺の井の頭では臭うシマミミズを選んだ。
しかし丹波の谷川では蜂の子の方がよかった。ガキどもでアシナガバチの巣を襲うのである。灌木の茂みや屋根瓦の隙間の巣を棒でつつき落とすのである。棒に沿って手元にやってくる蜂にしばしば刺された。察っしの悪い通行人がとばっちりを食らうこともあった。みんな自分でもやった覚えがあるから咎め立てたりはしなかった。
しかし釣りは準備が面倒だから、しばしば蜂の子をそのまま食べた。友達は生きてるのを食ったが、私は生は少し気味が悪くて、フライパンで炒って食べた。味もそのほうが香ばしくていい。敗戦直後の食糧事情では、皆昆虫食に抵抗が少なかった。合宿の経験からすれば飢えるほど許容する食物は増える、当たり前だ。

2.高校生のとき、体育の時間にバスケットを行っていた。シュートを放った途端、太ももに鋭い痛みが走った。これが「肉離れ」というやつだろうか。トレパンをめくるとアシナガバチが這い出してきた。洗濯物は危険なのである。

3.やはり高校の頃、煙突掃除は私の仕事であった。屋根に座り込んで煙突ブラシを上から突っ込んで煤を落とすのである。近くにアシナガバチの巣があると顔のところまで飛んでくる。その頃はそんなものは全然怖くなかった。近くまでやってくれば手ではたき落とした。それで刺された覚えはない。
そんな経験があるから、大学で授業をやるようになって、教室に蜂が飛来し学生が騒ぎになってもノー・プロブレム。窓を大きく開けて下敷きなどで追い出すだけである。スズメバチは少し慎重にやったけど。

4.五条で缶ジュースを呑みながら山道を歩いていた。缶を持つ小指に急に痛みを感じた。見るとスズメバチが取り付いている。一瞬で振り落とし踏みつぶした。我ながらすばしこい、・・・やられた後だけど。
どういうことであったか推測する。ハイキングコースだから、この蜂は捨てられた缶には甘いジュースが入っていることを学習して知っている。そこで私の握る缶を見つけたときに指に舞い降り、それが生き物であることに気が付いた。そこで独占しようとして刺したという寸法だ。
いやちょっと違うかな。ごちそうの期待される缶に飛来すると獲物であるイモムシがいる。だからそれに噛み付いた。そのイモムシが私の小指であった、という推論だ。毒がまわる感じがしなかったからである。

5.ある年、ゼミの学生を率いて、枚岡から生駒の暗峠(くらがりとうげ)を目指した。途中で新設中の遊歩道があって混乱し、人の通らない道に踏み込んだ。先頭で歩いていたが、突然大きなスズメバチが出現、顔の前に来て威嚇した。交代で三匹ほど。歯の音と羽の音など威圧感があって足が止まった。これがオオスズメバチを覚えた最初であった。巣が近くの土中にあって防衛に出動しているのだ。一見鈍重そうで、若い頃だと細い竹の棒一本あれば叩き落とせそうだが。今の腕前では絶対に無理。空振りしてやられる可能性が強い。その後テレヴィで見たが、養蜂業者たちでさえオオスズメバチの巣に案内するときは、木の枝を持ち、まったくのへっぴり腰で近づいていた。プロでも恐ろしいのだ。

6.しかし蜂の怖しさを身にしみて知るのは40歳を越えてからである。家人と息子を連れて赤目四十八滝へ出かけた。勤労感謝の日で晩秋である。ハイカーたちで賑わっていた。コースの一番奥の方にさしかかったとき、息子が「蜂や」と叫んだ、その途端多くのスズメバチが襲ってきた。子供をかばうなんてとても出来ない。「なんでもいいから逃げろ」と叫んで逃げ出した。顔に来るのを払いながら走った。
だいぶ逃げて、白いジーンズにしがみついているやつを払い落とし、一息ついて見ると、分厚いジーンズが何箇所か食い破られ血が出ていた。痛みは感じたがそれほどではなかった。このときも噛み付かれただけで刺されていなかったのかもしれない。しかし逃げ惑ったからクーラーボックスは路傍の大きな岩にぶつかり、バラバラに壊れていた。離れたところで家人は岩に腰掛けて「あなた、どうしたのー」なんてのんびり声で挨拶。いい気なもんだ、コンチクショー。
脱力している私の横を、ハイカー達がどんどん先に行くので「この先にスズメバチがいて危ないよ」と呼びかけるのだが、変なおじさんに関わらないようにと言った感じで聞こえないふりして先へ急ぐ。おら知らねえよ。案の定、彼・彼女らも次々悲鳴を上げて走る。
我々は挑発していないから、先行者の蹴った石か何かが巣に命中でもしたのだろう。第一発見者の息子も少しやられたようだが軽微。すばしこいのだろう。あとで発見の様子を聞くと「道端の桜の根元辺りから黄色い煙が揚がった」という感じ。血の目立つジーンズを穿いたまま名張のジーンズ屋に寄り新品に穿き替えて帰った。秋の終わりは、キイロスズメバチ一家がオオスズメバチ一家のアタックを警戒して興奮、危険なシーズンなのだ。
このあとトラウマが残った。しばしば迎える外人の客を紅葉のきれいな信貴山などへ連れて行くのだが、もう一度刺されるとアナフィラキシー・ショックで死亡の可能性があるからだ。曾祖父さんあたりに蜂で死んだ人がいるとも聞いている。妻子を置いて死ぬわけに行かない。大嫌いな殺虫剤を購入したりした。今は残留毒のない瞬間凍殺剤もあるが、飛んでいるヤツには無理だろう。いまは激烈アレルギーも、もうとっくに時効と思うが、やっぱり秋の山ではスズメバチを意識する。そりゃ怖いよ。

7.狭い庭にも一人前の樹が一本ある。前の住人残したものであるが、金木犀であることが気に入らない。どこの家もすべて金木犀であるからだ。レアな銀木犀の方が欲しい。しかし家人が残せといったので残った。それから家のサイディングにこすれる枝だけを切り落とすことにして放っておいた。大きく育ちベランダを覗くほどになった。
「アホな蛇が枝を伝ってベランダに着陸し戻れなくなったら、戻してやるのはどうも・・・さりとてサッシ戸を開けて部屋を通ってお戻りいただくのも、もう一つ・・・」などと言うと、さすがに家人も喜ばない。
ここは里山を拓いて作った造成地だ。そういう土地の常であると思うが、最初の数年クワガタなどが出没する。蛇やイタチもウロウロする。スズメバチも生け垣を物色していろいろな虫を退治してくれているようだ。アゲハの幼虫まで。雑草が好きで薬品は嫌いだから、狙い通り庭がビオトープ化している。ある年からヒヨが件の金木犀にいやに出入りするな、と思ったら巣を作っていた。密なモクセイの枝葉に加えて人間の巣の近くということでカラスよけになるのだろう。これが二、三年続いたが、やがてヒヨは来なくなった。
そのかわり金木犀にスズメバチの飛ぶ姿をよく見るようになった。そこでおそるおそる茂みを覗いてみた。あったあった、縞模様のあるボール、立派な巣が。うるさいので、ホースノズルで水道の水を巣のある辺りに見当をつけぶっかけて嫌がらせを行った。水柱をたどって襲ってくるのではないかと思ったが、蜂は水は天からくる災害と思っているらしい。敵を探すなんてことは行わない。慌てて飛び去るだけである。巣が壊れるほど近づいて水を噴射するのも怖い。何べん繰り返しても後でまた戻ってくる。
昔の農家は軒先や納戸の巣を鷹揚に放置している家もあったし、それが自然でいいと思っていたのだが、いざ身近に起こると考えが変わった。近所の野球少年がキャッチボールしているから放置はまずいよなんてことで、市役所に相談した。「防護服などを貸しますから自分でとりますか。それともこちらで駆除しましょうか、ただしその場合は有料ですよ。」その頃はまだアナフィラキシー・ショックのことが頭にあったので、駆除をお願いした。駆除費は3万円だったろうか。

8.それだけですまなかった。翌年私が共同研究でオーストラリに行ってる時だ。家から「また蜂の巣が見つかった」という電話があった。妻子に「自分でやっつけなさい」とは言えない。「また市役所からお出ましをいただきなさい。」駆除してもらった結果、なんと今度は2個の巣があったそうだ。金木犀にはキイロスズメバチ、もうひとつそこそこの樹となったザクロにはクロスズメバチ。その間隔5mばかりなのに、あの喧嘩好きの両家が共存していたとは驚きだ。それよりも、こちらは連年の出費に参った。
四国は池田出身の隣人に「見通せないほど茂らすとダメだ」と聞いたので、それからは金木犀の枝を一生懸命カットしている。でももし、また家の何処かに巣を見つけたらどうする。アナフィラキシー・ショックはもう時効だろうから自分で退治するのか、やっぱりやめておくよ。でも本当は、あの美しい縞模様のボールを手に入れたいものだ。殺虫剤などかかってないやつを。

  山深く声なく蜂と争へリ  虻曳  (北の句会デビュー句)

以上、ずいぶんな経験に見えるかもしれないけど、私はワルガキではなくおとなしいほうであった。少し昔の暮らしはこんなものだった。でもこうして並べるとだんだん蜂に押されて旗色が悪くなってきている。第九話にふさわしい事が起これば、報告出来んかもしれんです。

蜂の絵は yonsama の写真を虻曳がイラスト化しました。

                                        <蜂の話八題>


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