土塊も襤褸も空へ昇り行く:北村虻曳

随想・定型短詩(短歌・俳句・川柳)・写真
2013/11/11開設

空席 II

2014-04-11 | 随想
30代後半、1970年代後半の頃であろう。奈良県橿原神宮に住んでいた。おそらく東京行き出張のために、大和八木から近鉄特急で名古屋に向かおうとしていた。

入ってきた特急の車両一つはガラガラであった。近鉄特急は全て有料指定席である。空いているときは、前方向きの座席の一つを180度回して後ろ向きし、ボックスを作って足を投げ出して眠って行くのが好きであった。そこで自分の指定席の号車ではないがそのガラガラの車両に乗り込んだ。これは快適と、うとうとし始めた。

突然ドシャンと大きな音が鳴り響いた。見えないが、同じ車両にもう一人の乗客がいるようだ。でもなんの音だろう。しばらくすると車内販売の女性が入ってきた。当時の車内販売員は二人一組だったと思う。男の声がした。「くらぁ、ブス。ビールをよこせ。」しばらく喚き声が聞こえたが、買い物は済んだようだ。察するにドシャンという音は座席を思い切り蹴りあげた音だったのだ。車両がガラガラだった理由が了解できた。私にも絡んでくるかもしれないが、まだ元気な盛りだったから、酔っぱらいの一人ぐらい何とかあしらえる、と考えて車両は移らなかった。いつものパターンである。

すると再び男が喚いた、「柔道△段、空手△段、合気道△段。」こりゃ危ない。あしらえるわけがない。仕方がないから目立たぬように静かに身を潜めていた。男がトイレに立って向こうの車両に消え、再び戻ってきて元の席を通り過ぎ、私を見つけた。万事休す、窓側にいた私の隣に腰掛けた。「兄ちゃん、情の有りそうな顔しとるな。」意外に穏やかに話す。「ワシなあ、今朝刑務所出てきたねん。」「これから△△の姉に会いに行くんや。」「優しい姉さんでの~。」

とりあえず相槌打って無事だが、名古屋まで機嫌が持つかわからないし、機嫌が持ってもひどく疲れる。中川で止まったとき、乗換とか何とか言って脱出し、別の車両に乗り込んだ。その時思ったことは「その姉さんも一生大変だな」である。

<空席 II>

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4 コメント

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納得! (Etsuko)
2014-04-17 21:45:57
それにしても。。あたりがいいんですね。
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コツ ()
2014-04-17 15:28:03
こういう経験をするコツは、混んでいるのにポッカリ空いてる席に座ることです。めったに外れません。
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ほやねぇ ()
2014-04-17 15:22:43
留守ではおみやげのお菓子の方が気になるんちゃいますか。
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Unknown (Etsuko)
2014-04-17 13:24:15
なんで、あなたばかりに、そのような貴重な体験が寄ってくるんだろう。奥さんも気が気じゃないと思いますよ。

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