読書の森

セカンドハウス その9



由比がマンションを購入したのは月々の家賃を払うよりも割安だと判断したからに過ぎない。
戸田との再会は全然関連していなかった。
彼女は本気で独りで生きていくつもりだった。

戸田とのメールのやり取りは心浮き立つものがあったが、のめり込む気持ちを抑えていた。
人を愛する時の感情を恐れていたからだ。
彼女は非常にのめり込む質である。
今度のストーカー事件で汚れた身体を愛する人に晒す位なら死んだ方がマシだと思っていた。

何かも知っている彼を受け入れるのは、激しい恐怖が有った。
それは心の病いを誘発するものだった。
心の病いに対してどれ程理解出来る人がいるだろうか?
社会的廃人になるより、結婚しない方がマシだと思った。



理不尽な暴行をされた後、彼女は心身の痛み以上に、激しい嫌悪感に襲われた。
それは怒りに似ていた。

7歳の時に同じ怒りの発作に襲われた事がある。
それは夜中目覚め呻き声に驚いて両親の寝室を開けた時と同じ怒りである。
新しい母と父親が裸で絡み合っていた。
子供にとって淫らでグロテスクな光景だった。
その瞬間のドス黒い怒りと同質のものであった。

それ以来セックスと心の愛情が彼女にとって同質のものになれない。
戸田に抱かれてるときに心に反して身体がいつも苦痛を感じた。
誰にも言えない抑えられた感情が、暴行を受ける事で爆発した。

彼女は暴行を受けたままの姿で、気付いた人が止めるまで喚き散らし暴れた。
気が付いたら病院に入れられていた。

訳の分からない動物に触る様な扱い、堕ちる所まで堕ちた屈辱感、強い作用の薬による睡魔と鈍磨した感情。
それは狂って苦しんでる者に対する処遇であった。

全て、二度と味わいたくないものだった。

妄想や幻聴は錯乱の後に来て、自分が狂気と言われている感覚が彼女を悩ました。
つまり「あの人おかしいんじゃない?」という会話が聞こえる事自体が屈辱だったのである。

新しい自分の家に移った時、彼女は危機的な状況に落ちた。
休みの日、洗濯物を日光に当てたいのでベランダで干すと口笛が聞こえる。

これが本当に聞こえるのか幻聴か分からない。
非通知の電話がかかったり、外出すると同年の女に睨まれた事がある。
戸田に電話してもいつも留守電になっていた。

医者に言うと妄想と片付けられる。
仕事があるのでごく軽いトランキライザーにしてもらった。
それなのに幻覚(?)は止まない。

本当に狂ってしまう。
再起不能になる。
それは一番恐ろしい事だった。

彼女の精神状態は極めて悪化してきた。
夜が更けると戸田とその妻の諍いが聞こえる様な気がした。
彼女はそれは明らかに幻聴だと思った。

全て野口医師に打ち明けた話だである。

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