思う事あって拙創作ブログを本日再upします。2017年冬載せたものです。
冬木立の瀟洒な住宅街を、尚人と伊予は寄り添って歩いていた。
凍てつく大気の中で、触れ合う肩だけは温いと伊予は思った。
伊予の許に尚人からの久しぶりに電話があった。
一週間前である。
それは実に半年ぶりの電話だった。
「僕の住んでる街で君の好きそうなレストランを見つけた。今度の休みに一緒にお茶しない?
久しぶりに身体が空いたんだ、是非来てくれよ」
尚人にしては珍しく、強引な誘い文句だった。
「いつも勝手なんだから、、。
ずっと放っておいといて、急に待てしばしなく会おうとする」
伊予は独り言ながら、嬉しかった。
こうして久しぶりに逢っった喜びに、寄り添って歩く二人の後ろ姿は如何にも仲の良い夫婦のように見えた。
宇野伊予、49歳。
法律事務所の秘書として働いている。
この職場を紹介したのが、同じ大学のサークルの先輩、東郷尚人である。
尚人は新聞社に勤めている。
豊かな語学力を買われて、海外各地を飛び回っていた。
未だ独りなのを「モテ過ぎたからだ」と笑う。
嫌味にもなる言葉を尚人がさらりと言うと、「本当にそうかも知れない」と伊予は思う。
つまり伊予は尚人に理屈抜きで惚れていたのだ。
彼女は卒業後旅行先で知り合った男と結婚した。
優しく気前の良い夫だったが、飛んでもない悪癖を持っていた。
ギャンブルに狂い、とうとう会社の金を使い込んだのである。
尚人は、離婚して困窮してる彼女の噂を聞きつけ、事務員を募集中の知り合いの法律事務所を紹介した。
伊予30歳の時である。
それから、二人の淡く長い付き合いは始まった。
いつも無口な尚人だが、今日はなおのことで一言も喋らない。
凍てつく大気の中で、触れ合う肩だけは温いと伊予は思った。
伊予の許に尚人からの久しぶりに電話があった。
一週間前である。
それは実に半年ぶりの電話だった。
「僕の住んでる街で君の好きそうなレストランを見つけた。今度の休みに一緒にお茶しない?
久しぶりに身体が空いたんだ、是非来てくれよ」
尚人にしては珍しく、強引な誘い文句だった。
「いつも勝手なんだから、、。
ずっと放っておいといて、急に待てしばしなく会おうとする」
伊予は独り言ながら、嬉しかった。
こうして久しぶりに逢っった喜びに、寄り添って歩く二人の後ろ姿は如何にも仲の良い夫婦のように見えた。
宇野伊予、49歳。
法律事務所の秘書として働いている。
この職場を紹介したのが、同じ大学のサークルの先輩、東郷尚人である。
尚人は新聞社に勤めている。
豊かな語学力を買われて、海外各地を飛び回っていた。
未だ独りなのを「モテ過ぎたからだ」と笑う。
嫌味にもなる言葉を尚人がさらりと言うと、「本当にそうかも知れない」と伊予は思う。
つまり伊予は尚人に理屈抜きで惚れていたのだ。
彼女は卒業後旅行先で知り合った男と結婚した。
優しく気前の良い夫だったが、飛んでもない悪癖を持っていた。
ギャンブルに狂い、とうとう会社の金を使い込んだのである。
尚人は、離婚して困窮してる彼女の噂を聞きつけ、事務員を募集中の知り合いの法律事務所を紹介した。
伊予30歳の時である。
それから、二人の淡く長い付き合いは始まった。
いつも無口な尚人だが、今日はなおのことで一言も喋らない。
得体の知れない不安に襲われて伊予は沈んでいた。
尚人の本心は何か。
自分は都合のいいだけの女でないか。
結局自分は尚人という男に縛られているだけではないか。
ボンヤリしてる彼女の耳に場違いな尚人の声が響いた。
「行こか戻ろか オーロラの下で
ロシアは北国 果て知らず
西は夕焼け 東は夜明け
鐘が鳴ります 中空に」
歩いてる途中で、不意に尚人が唄い出した。
洒落た住宅街にはふさわしくない時代遅れの流行歌だった。
伊予は違和感を感じた。
いつもの人前ではいつもダンディーな尚人と違う人の様だ。
目的のレストランは何故か見つからない。
いつもなら手際良く目的地に連れて行ってくれる彼が今日は何処かおかしい。
知的な光を湛えていた彼の目が、今日は茫漠として彷徨っていた。
伊予は訝しげに問いかけた。
「急に唄い出して、、。どうしたの?」
「大正時代に松井須磨子が唄い始めたさすらいの唄だ。突然思い出しちゃって」
尚人は「行こか戻ろか」と絶えず渦巻く思いが衝動的に声となったとは、到底言えなかったのである。
結局自分は尚人という男に縛られているだけではないか。
ボンヤリしてる彼女の耳に場違いな尚人の声が響いた。
「行こか戻ろか オーロラの下で
ロシアは北国 果て知らず
西は夕焼け 東は夜明け
鐘が鳴ります 中空に」
歩いてる途中で、不意に尚人が唄い出した。
洒落た住宅街にはふさわしくない時代遅れの流行歌だった。
伊予は違和感を感じた。
いつもの人前ではいつもダンディーな尚人と違う人の様だ。
目的のレストランは何故か見つからない。
いつもなら手際良く目的地に連れて行ってくれる彼が今日は何処かおかしい。
知的な光を湛えていた彼の目が、今日は茫漠として彷徨っていた。
伊予は訝しげに問いかけた。
「急に唄い出して、、。どうしたの?」
「大正時代に松井須磨子が唄い始めたさすらいの唄だ。突然思い出しちゃって」
尚人は「行こか戻ろか」と絶えず渦巻く思いが衝動的に声となったとは、到底言えなかったのである。
「ねっ、ここら辺お店なんて一軒も無さそうよ。別方向に来たんじゃない?」
冗談きついねと言うように伊予は笑いかけた。
尚人は自信無げに首を振った。
結局、小柄な伊予が尚人を引っ張るような形で駅前に引き返し、コーヒー店に入った。
殺風景な店だったが、中は暖房が効いてほのぼのと暖かい。
伊予はホッとため息をついた。
「どうしたの。あなたらしく無いわ」
「ごめん」
しばらく尚人は黙り込んでいたが、
思い切ったように口を切った。
「海外出張が決まった。君ともずっと会えなくなる」
尚人は自信無げに首を振った。
結局、小柄な伊予が尚人を引っ張るような形で駅前に引き返し、コーヒー店に入った。
殺風景な店だったが、中は暖房が効いてほのぼのと暖かい。
伊予はホッとため息をついた。
「どうしたの。あなたらしく無いわ」
「ごめん」
しばらく尚人は黙り込んでいたが、
思い切ったように口を切った。
「海外出張が決まった。君ともずっと会えなくなる」