読書の森

自由への遁走 その1



朝田厳は妻の加奈子から逃れたいと思っていた。
20年の結婚生活の中で、幾度離婚したいと思ったか知れない。

それが出来ないのは加奈子の妻の座への異常な執着が邪魔してるからだ。
彼がそれとなく別れを持ち出す度に、派手にヒステリーを起こす。
「私はあなた一筋で尽くしてきたのに、どこが悪いの!離婚は絶対致しません」と言い切る。
彼は黙って自室に閉じこもるのみだ。

加奈子はいかにも優しそうな美人で、頭もいい。
浪費家ではあるが、大企業に勤める朝田にとってダメージを受ける程ではない。

しかし、決定的な欠点があった。
それは、愛される事だけを望んで愛する事が出来ないのだ。
甘えるのは上手だが、夫を甘えさせない。




新婚当初、真面目一方で女をあまり知らない朝田は美しい妻を溺愛した。
加奈子は会社でも評判の可愛い受け付け嬢だった。
朝田が恋い焦がれてた加奈子に思い切ってアタックしたら、意外にすんなり受けてくれた。

後で聞くと、朝田の様に、真正面からプロポーズした男が他にいなかったと言う。
安定した生活や妻の座を人一倍望んでいた彼女にとって朝田は実に都合の良い男だった。

彼は会社で目一杯働き、伝書鳩の様に帰宅して妻にサービスした。
彼が心身を酷使し過ぎて風邪を引いて寝込んだ時、妻が言った。
「私の食べる物はあるから、あなた無理しなくて大丈夫よ!」
だった。

ローンで買った一軒家は、駅から遠く重たい買い物に不便だった。
車の運転が出来ない妻を案じて、朝田は仕事帰りに妻の注文する高価な食材を買ってきてやっていたのだ。

その日、食料品の在庫は少なかった。
寝込んだ彼は当然買い物に行けない。
加奈子はわざわざ彼の為に食材を買いに行こうと言う気はない。

熱で苦しい中柔らかく冷たい物を口にしたくて、彼は妻を心中で激しく呪った。

以後、加奈子が自動車の運転免許を取ったのは彼に怒鳴られたからである。
命令には素直な女だった。

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