元来おっとりと従順な彼女にとって、紫姫が夫の子でないと言う(つまり泰昌との子である)確信はあまりにも残酷な運命であった。
逃れる手段が無いと思われたからだ。佐代子はうまく取り繕う方法も分からず悶々とするばかりだった。
二人の男に愛されなければ、寧ろ誰にも愛されなければ、此れ程の懊悩はなかったろう。と言っても、男の熱い情にただ流されてしまったのは彼女自身である。
月足らずで誕生した(筈だが、実は月満ちて生まれた)赤子は、皮肉な事に何の病いもかからずすくすくと育っている。病弱だった自分の子供時代と大違いである。
それが佐代子には悔しいと理不尽な思いに駆られた。
いっそこの子が病弱で早く死んでくれればこの塗炭の苦しみを逃れられるものを。
彼女は乳母が目を離した隙に、赤子の顔に濡れ紙を被せようとした。
その瞬間赤子は目を覚まし、大声で泣いた。
赤子の顔が自分に執着する泰昌の顔と二重写しになった。
彼女は乳母が目を離した隙に、赤子の顔に濡れ紙を被せようとした。
その瞬間赤子は目を覚まし、大声で泣いた。
赤子の顔が自分に執着する泰昌の顔と二重写しになった。
あんなに愛しかった男、孕ませた張本人泰昌が憎い、己が腹を痛めた子供も憎い。
そればかりか、何も知らぬ優しい夫さえ憎くなった。
身分が高い男に愛される事もなければ、草深くあるが広大な実家の奥座敷で、家族共に楽しく語らい、静かに書を読んでいられたのだ。
源氏物語などで描く男女の物語は夢の様な甘やかなものだった。
所詮夢に過ぎない。現実の暮らしもっと地道な方が平穏でよろしいと、娘ながらによく知っていた。
いずれ土地の者の勧めで里の男と結ばれる筈だった。馴染みの多いその土地で平穏な暮らしが待っていた事だろう。
物語の世界の雅な暮らしがいざ現実になったときに、まさか自分にこれほどの修羅が訪れるとは。
こともあろうに我が子をこの手にかけようとしている自分は鬼だろうか?
と言って、このまま安穏と時を過ごせる訳がない。泰清の子でない事は一目瞭然で、容易に家臣にに分かってしまうからだ
どうしよう?考えれば考える程出口が見えてこない。
その時から佐代子の心のタガが外れた。
食べ物が満足に口に通らず、佐代子は目に見えて痩せてきた。
その時から佐代子の心のタガが外れた。
食べ物が満足に口に通らず、佐代子は目に見えて痩せてきた。
未だ若い彼女のこと、傍目には女らしく凄艶な美しさが増したと見えた。
そのためか、寝屋で泰清は佐代子を愛しんだが、佐代子は自分の身を案じて労る夫の手さえ疎おしく思えてきたのだった。