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読書の森

小説 月よりの使者 最終回

幸人の打ち明け話を聞いて、根は人の善いサナは心底同情を覚えた。

ばあちゃんの真奈は昔の戦争時代の辛い恋について何も話してはくれなかったけど、多分その時存命だったじいちゃんに遠慮してたんだろう。
ひょっとして、ばあちゃんが名づけ親の自分の名前は真田のサナからつけたのかも知れない。


サナは幸人に微笑みかけようとしたが、幸人は何故か急いでいる様子だった。

「どうしたの?」
「そろそろ帰らなきゃいけないよ。もうタイムリミットだ。宇宙船に時刻通り戻れないと約束違反になるしね。念願の大好きな綺麗な地球を見て、思い出の場所へ戻って心残りはないから」
幸人は寂しそうに呟いた。

この辺りは公園だったそうである。
サナはここが祖母と彼のデートの場所❤️だったのか、とふと思った。

「本当にもう心残りは無いさ。真奈そっくりの君は若くて綺麗で、多分地球に人はほぼ元通りに住めてて、世の中平和であれば、それにこした事はない」

心なし幸人の姿がボケてきたようにサナに見えた。不意に親しかった友達と別れるような切ない気持ちが込み上げて、
「来たばかりで、変な話ばかりしてそれで直ぐ帰っちゃうなんて!勝手じゃないですか」
とサナは涙声になって訴えた。

「ごめんね、サナちゃん」
幸人はしみじみとサナの顔を眺めて「やっぱり真奈にそっくりだ。最後に君の顔が見られて実に幸せだった」
「帰っちゃダメ。おばあさんに電話してお話してからにしてよ」
引き止めようとしたサナは幸人の薄れゆく姿に気づいてハッとした。
「ひょっとして、、あなたは月からじゃなくて」
「あの世から」と言いかけてサナは呆然とした。

何故なら幸人の姿はもはや影も形も無くなっていたからである。
辺りは緑の芝が綺麗な空に映えてあるだけだった。



サナは久しぶりに手作りの夕食をとった。最近はこんな食事をするのも贅沢になっている。カプセル入りの栄養食が安価に出回っているからだ。

彼女はゆったりと食事を味わいながら、今日見聞きした不可思議な出来事、不可思議な人物、幸人の事を考えていた。
「あれは幻なの。お昼寝の夢のいたずらだったのかしら」

ぼんやりしてる彼女にルルルという響きが伝わった。
「はい」
「サナ?」受信スクリーンに映ってるのは母のモネである。
「ああ、母さん。どうしたの」

サナの両親はハワイで仕事を見つけ、祖母と共に暮らしている。
かなり呑気な生活をしているが、ドップリそれに浸るのを嫌ってサナはこの地に単身で来たのである。

「サナ、驚かないで、と言ったって、お婆さんはもう歳だったけど」
「なあに?」
「お婆さま、突然亡くなってしまったのよ。元気だったのにね」
「そんなあ」
「でも極楽往生って古い言葉だけど、眠ってるみたいな顔している。突然脳梗塞が起きてそのままあの世へいった、とお医者さんが言ってたけど」
母の声はいまだ祖母の死が信じられないショックに震えていた。

サナも言葉を呑んだ。
「お母さん、これから大変だけど落ち着いててね。私ハワイ行きの手続き済ませたらすぐ連絡しますから」
「ありがとう、助かる。お父さんも突然の事でこう言う時は全然役に立たないの。ごめんね、取り乱して。気をつけて来て下さい」

電話を切ったサナはしばらくぼんやりしていた。不思議と涙は出てこない。
先ほどのあまりに常ならぬ出来事で心が麻痺してきたみたいだった。

それでも、サナはなんとなく納得できる気になってしまう。
「幸人が真奈を月に連れていってしまったのね」とうなづく。
そして、
「ばあちゃん、モテたんだ。あの世から追ってくるんだもんね」
と口に出して言った時、初めてホロっと涙がこぼれた。






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