クリニックの医者は繊細で若い印象だった。
涼子の話を熱心に聞いてくれた。
涼子としてみれば、願ってもない事である。歪んだ生い立ち、大人の無理解、破綻した生活、好きになった人の異常性、詳しく話してみたかった。
そして、錯乱したと正直に言えなかった。
何故か、この熱心な医者に病歴を明かすのが残酷な気がした。
他の医者が時間を端折って、丁寧に理解しようとしない瑣末な出来事を、彼は相槌を打ちながら、のめり込んで聞いてくれる。
その内涼子は心配になった。
一人の患者にこれほど時間をかけていいものか?
あまり眠っていない様な医者の様子は痛々しくさえ見える。
まあ初診だから時間をかけてくれるのだ。今までの経験から患者が精神科医に対して個人的な思いは持たない方が良いと涼子は学んでいる。
「自分の収入で食べていけるなら一人暮らしをしなさい。親から離れるのが悩みを解決する一番良い方法だ」
「有難うございます。考えてみます」
精一杯感謝した。
親切な医院を後にして、薬を貰う。
服用したが、マイルド過ぎて効果がわからなかった。
「問題のある環境で育った子どもが精神を病むとは限らない。同様の不幸を
環境が変化して居心地良くすれば、病気が重くならない事は確かだけど」
涼子は考えこむ。
彼女が一番欲しているものは、自分の病気が内因性の病気なのか、外因がかなり影響しているのか、一過性のものか、確かな答えである。
最近、涼子にある事情が生じたからだ。
涼子は長い屈辱的な闘病生活を思いやった。
「生活保護だって別に恥ずかしい事じゃない。無理して働いて病気を悪くしない方がいい」
病名を付けた医師は優しい口調で言った。
そんなの絶対嫌だと涼子は叫びたかったが、大人しくしていた。
「バカにしないで」と怒れば病気が悪化したと見られるからだ。
アルバイトで身体を慣らして、今の勤務先を見つけた。
病気を隠して無事採用されたのである。
薬の副作用で眠く頭が働かない時も、「生活保護は受けたくない」という意地だけで頑張った。
そして15年経ったのだ。
一体、精神病の患者がこれだけ働けるものだろうか? 誰が何を基準にこの病気を診断するのだろうか。そして、何故こうも簡単に病名を決め、簡単に人の神経を麻痺させる薬を投与出来るものか。
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