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読書の森

夏恋 (最終章) 再び



こうして、本来の目的をすっかり忘れてしまった真里のオリンピック社会学習は終わった。
一方、香山は係の女性の説明を要領良くメモをとった。
「僕がこのメモを整理して要点をまとめるから、それを君がレポートとして書いてれる?」
余裕を持って彼が聞く。
「つまりお手本写すだけ?じゃあ私のここに来た役割って何なのでしょう?」
一瞬よぎった言葉もどうでも良くなって、
しおらしく真里は彼と肩を並べて暮れ方の銀座通りを歩く。
あちらこちらで美しく街灯が点った。

「綺麗ねえ」うっとりと彼女は次第に深い藍色に変わっていく銀座の空を見上げ、傍の香山に寄り添った(つもりだった)。
慣れぬ事したその瞬間、彼女はぎごちない動きになって脚が滑った。「あっ私転んじゃう。スカート捲れたら嫌!」思った瞬間彼女の体は力強い手で支えられていた。
顔を上げると香山の引き締まった唇が上にあった。
微かにハッカのにおいがして真里はうっとりした、、、。

そこまでだった。
姿勢を立て直した真里に対して、
「危ないよ。気をつけて歩けよ」
およそ無粋な言葉を香山はぽつんと言っただけ。何事も無かったように再び二人は駅を目指してポクポク歩いた。
新橋駅で路線の違う二人は別れたが、帰途真里は夢見心地だった。


それから暫く真里は熱に浮かされた気分で通学した。授業を受けても気はそぞろである。
当然クラスが違うから、香山の姿を同じ教室で見る事は出来ない。
「会いたい気持ちがままならない」とはこう言う事か、と生まれて初めて彼女は思った。
しかし、近い内に必ず香山から調査メモが渡される筈だ。
その時に備えて綺麗にしとこう!と彼女は次の休みに小遣いを叩いて美容院でに行った。

美容師から「可愛いですね」とか言われて有頂天になった真里を待っていたのは、香山が突然転校したと言う知らせだった。
「お父さんが仕事中に事故があって急死してしまったそうよ。それでガタガタして、お母さんがショックで入院してしまって、急遽母子共に関西の親戚の家に移る事になったの。学校も関西に移るわけ。この前の調査メモ江田さんに渡しとかなきゃって」
あまりの事に真里はそれこそショックで病気になりそうだった。

そして、1か月が過ぎ、真里は憑かれた様に受験勉強を始めた。
「江田ホンキだね!お前T大目指してるんだって」
「うん目標は高い方が良いんだって」
「T大出の女子っていかず後家が結構多いんだって。威張ってて鼻持ちならんから。良いのか」
「そんな事で志望変える気ないもん」
クラスの気の良い男子は変わってしまった真里を呆れたように眺めた。
(あの子私の事好きだったのかも)と無事合格した後になって真里は思った。

翌年の東京オリンピックは大成功に終わった。が、真里は心の傷に触れる気がしてあまり興味が持てなかった。
オリンピック後、東京の街はすっかり様変わりした。一口に言えば戦争の焼け跡がすっかり綺麗に無くなって、綺麗に整備された近代都市に変化したのである。
街行く人も綺麗になった気がした。

あれは、あの思い出は、私の描いた幻だったのか、香山さんは私との事なんて覚えていないだろうし、薄れゆく香山の面影に大学生となった真里は思う。



「おばあちゃん、ありがとう」
希は真里の書いた1964年東京オリンピックレポートを手にして喜んでる。
「凄いね!記憶力抜群」
「そんな事ないよ。何せアンチョコが良いから」

真里はにこやかに微笑んで見せる。
アンチョコと言うより丸写しの昔の雑誌は机の引き出しに隠してある。
1964オリンピック特集号の雑誌派後年古本屋で入手した。懐かしさのあまり購入したのである。

(オリンピックは初恋の苦い味がする)口の中でモゴモゴ言ってる真里に構わず、希は外に出た。

綺麗な青い空だった。
希は望に連絡しようとスマホを取り上げた。
「私よ❣️レポート出来たよ」
「じゃあいつものトコで」
彼女はサラサラした髪をなびかせて、望に会いに行く。

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