「百万円の賞金なら海外へ飛んでも大丈夫じゃない?勿論一緒に連れてけなんて言わないわ」
杏子は無理な笑顔を浮かべて言った。
「私が大阪を選らんだのは深い訳があるのよ。双葉さん」
多美は遠くを見る目つきをした。
東日本大震災の後、仕事の関係で初めて杏子と会った時、双葉京太の妹と直ぐ分かった。
相手の挙動によって眼差しが微妙に変化する、その繊細さがそっくりだった。
京太と多美は大学の国文科の同級生だった。
現実を割り切って考えられる多美に比べ、京太は夢想家の傾向があった。
優しくて脆い彼に放って置けないものを感じて、多美は京太と付き合っていた。
京太の父親は大阪では珍しく小さな出版社を経営していた。
地元のPRも兼ねた雑誌も刊行している。
卒業後京太は父の跡を継ぎ、多美は東京の旅行会社に勤めた。
二人の交際は途切れ途切れに続いた。
親戚から見合いを勧められて、会ったのが夫の角川史哉である。
史哉はいたく多美を気に入った。
従順そのものの外見、上品な物腰、適度な教養、後で夫に選らんだ理由を教えられ、多美は馬鹿らしい気がした。
京太とはもっと根の深いところで繋がっていた気がする。
京太に結婚の約束をして貰おうとは思わない。
多美はただ「他の男の嫁にいってくれるな」という言葉を待っていたのだ。
しかし、大阪からかかってきた電話は消えいる様な「幸せを祈る」という男の声だった。
「弱虫の大バカ!」
その晩、飲みつけぬ酒をガバガバ飲んで、多美は翌日プロポーズに応じた。
あの頃から出版業界は苦境に喘いでいた。
京太は多美に生活の苦労をかけたくなかったのだと気付いたのは、ずっと後の事だった。
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