文之介が真由の前に現れるのは、せいぜい一月に一度である。それも城内見回りなどの名目なので話らしい話をした事もない。
ただ乏しい言葉を綴ってみると、どうやら彼は真由の生家(堀家)の間諜であるらしい、薬学の知識が豊富なところから身分を偽り城に潜入していた。
当初交易を重ね、利害を共にしていた堀家と不破家は織田の台頭によって大きく分かれた。
真由姫の兄は、情勢に聡く才のある男で元々家柄の高い堀家の勢力を強くする事に熱心であった。
一方、不破家はただ現状を護る事に専念して新興の織田家を寧ろ馬鹿にする立場だった。
己が出世を望むならば、先ず目の上のコブとなる不破家を潰さねばならぬ。
ただ両家が戦うならば、人質の形となる真由姫は無事でいられない。
つまり、不破の城内を探り、真由の安否を確かめる事が文之介の任務であった。
そんな男達の権力欲に囚われた思惑など真由姫にはどうでも良かった。
そんな男達の権力欲に囚われた思惑など真由姫にはどうでも良かった。
生まれて初めて味わった恋の蜜に酔いしれていたのである。
恋の蜜とは言え、ただ文之介の凛々しい顔を見て爽やかな声(内容は爽やかとは言えないが)を聞いて、身を熱くするだけである。
姫にとって短いような長いような1年が過ぎた時、堀、不破の間に争いが起きた。
正確には織田が後ろについた堀家が不破城主に宣戦布告したのである。
「姫様!」
「おお、文之介。いよいよ戦いが起きてしまった。真由は如何すれば良いのじゃ」
懇願するように真由は文之介の目を見つめた。
二つの視線が光り、がんじがらめに絡まった。
「姫様の身は文之介が身命にかけてお護り申します」
「、、、」
真由は喜びに溢れた。
「ただし、今事を起こせば人の目に立ちます。城内がそれどころでなくなった時、混乱の中にある時を見計らい、姫を城外にお連れ致す所存でございます」