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読書の森

上田駅で死んだ その3

たどたどしい二人の供述を聞いて分かったことは。

昨日、圭子宛てに東京から速達が届いたと言う。

世話を受けた東京の伯母が急遽入院したと言う。命に関わる病いの為、上京して見舞いに行きたいと圭子は懇願したのである。
事件の朝、旅費も旅支度も全て自分の貯金から捻出して、圭子は硬い表情で家を出たと言う。
ひょっとして誰にも相談できない非常な悩みがあって自殺を図ったかともみられた。
しかし、もし彼女が上田駅で自殺するつもりであれば、わざわざ周到に旅支度をする必要は無いだろう。

死因調査の結果は毒死、毒物は水筒内の麦茶から見つかった。
家から持参した水筒だから偶然に飲んだもので毒死したとも考えられない。

水筒の麦茶はその日用意したもので、屋敷内に人が入れば直ぐ分かる立地だったので、家族の他は毒物を入れられない。
当然疑われるたは夫であった。幼い子が毒物を盛るなどとは考えられないからである。
しかし、夫だと言う確たる証拠は無い、それに動機が全く不明である。夫婦仲の睦まじい事は周知の事実で、夫が妻の財産目当てで殺すような経済状況では全くない。

幼い希子の痛々しい混乱ぶりは捜査員の同情をかい、その日の内に二人は一旦帰宅を許された。

さらに、解剖された遺体の葬儀が済む迄事情聴取は猶予されたのである。この時代、土地の有力者の嫁とあって、死体解剖は秘密裏に行われた。

ところが、通夜が明けて葬儀も全て済まぬ内、事情聴取から3日後昭雄は入水自殺を遂げてしまったのである。

遺書は無かったが、几帳面に財産の内訳を記した文書が彼の文机から発見された。
その結果、
希子は昭雄の伯母の下に預けられた。父の死の真相は希子に全く告げられていない。
幼い子にあまりに過酷な現実を告げぬように周りが配慮して、保養の為と言う名目で、遠縁にあたる別所温泉の女将をする大伯母の家に預けられたのである。

昭雄の遺書も無く、妻を殺害したかどうか確たる証拠も無いまま、事件は密やかに葬られた。
事件は有耶無耶のままで、仲の良い夫婦でも喧嘩をする事は当然ある、激情に駆られて妻を殺害したと見做された。

住人には朝里夫妻は二人とも不幸な事故死を遂げたと言う村長の話を素直に信じたのである。

さて、問題の毒物であるが、青酸カリである。これは高校の理科室の戸棚にある瓶から入手したと思われた。当時教師であれば容易に開けられたのである。量からして未だ残った青酸カリがあると思われる。

ただ家中を捜索しても、残存分は発見されなかった。
捜索本部は不明な点を残したまま解散したのである。



そして、、、
12年後、希子は初々しい県立高校の女生徒に成長した。明るく利発な娘だが、時折妙に塞ぎ込む事がある。
彼女には誰にも言えぬ秘密があった。
希子が12年前に例の青酸カリを母が持つ水筒に入れたのである。
その粉は薬包紙に包まれて、台所の水屋の中の薬瓶に入っていた。
しかし、彼女が真犯人であるとは正確に言えないのである。


彼女が水筒の中に混入したのは大量の下剤の筈だったからだ。
昭雄は慢性の便秘症で下剤を常用していた。
その薬の入れ物が台所の水屋に入っている事を彼女は知っていた。

この下剤を大量に飲ませれば、酷い下痢が起きて、身動き出来ない筈だった。大好きだった母を上京させたくなかった。
何故なら母が生まれて初めての大嘘をついて迄上京したいのは、恋しい男に会いにいく為だったから。



読んでいただき心から感謝いたします。

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