読書の森

彼はテレポーター (最終章)

大ばあちゃんは早くに亡くなった。
書道教師として暮らしを支え、母を育て上げた祖母喜和子も、大切な秘密を打ち明けた
一年後に亡くなった。
二人とも見た目は元気だったのに、突然心臓の動きが停止したのである。
喜和子の苦しむ様子を見ている仁は、あまりもエネルギーのいる能力を使ったため
ではないかと想像した。

尋常でない能力を持っているのは、仁一人である。
幸い仁は極めて高い順応力を持っていたので、周囲に溶け込み、当たり前すぎる日々を
送っていた。
自分の持つ才知はいざと言うときに使おう。
一人の天才になるより、大勢の人に埋もれても、人の命に関わる時に使いたい。

そんな仁に好きな女の子が出来た。
一級下の篠田香である。
同じ水泳部に属し、泳ぐときまるで子供のようにはしゃぐ香が可愛くて仕方なかった。

ポーカーフェースを通しているから、香は仁の気持ちにまるで気が付かない。
「部長、部長」と、技術面の指導を仰ぐ目も完全に醒めている。
仁一人が胸をときめかすだけで、一年半なんの進展もない。

夏休み、市営プールの児童指導員に仁は香と共に選ばれた。
仁の素行や成績の点で、大学は推薦で決まるから問題はない。
それより、香とお互いに連絡が取れるという事が一大事だった。

スマホのメルアドを教え合い、香はキラキラと目を輝かせて言った。
「先輩宜しくお願いします!」
仁の声が詰まった。
逃げ出したくなるほど、気持ちが昂ぶったのである。

香と別れて帰る道に、赤い夕陽が落ちていた。
その夕陽の中から香の恐怖に歪んだ顔が浮かんだ。
「香!」

思った瞬間、香の住む公団住宅の裏道に立っていた。
街路灯が一つ壊れたその下で、香は若い男にナイフを突きつけられていた。
「言う事を聞け」
男の顔は醜い笑いを浮かべている。

突然仁が男の前に姿を現した瞬間、ナイフは男の手を離れ高く飛んだ。
まるで化け物を見るような顔をして、仁をこわごわ睨み、男は逃げていった。

「先輩、素敵。有難うございます。先輩がこんなカッコいいなんて思わなかった。
 私のスマホ見ててくださったんですか?位置情報onにしといたから、
 ここが分かったんですね」
香の瞳にハートが燃えてる。
それなのに仁は呆然としていた。

「自分の持つ超能力は決して人に教えてはなりません」
祖母も曾祖母も秘密にしているこのことを、可愛いけどお喋りの香に打ち明けていいのか?

夏草の若い匂いが強く立つ。
空は蒼く深い。
仁は思った。
自分の思いだけで瞬間移動できたら、この瞬間は一人になりたい。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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