昭JIJIの島旅賛歌⋇参加Ⅱ

日本の有人島は、416島で、414島(硫黄島、南鳥島は渡島できず)に渡島しています。2度目の全島制覇を目指しています。

春先の三宅島めぐり 33回目 三宅島

2024-04-21 04:00:00 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島

船に乗るため、阿古港へ向かいました。

(阿古港へ)

途中、三池浜が見られました。

(三池浜)

三宅村役場も通過しました。

(三宅村役場)

港に着き、船に乗り、東京へ向かいました。

(東京へ)

(写真撮影:1996.03)

これで20数年前に出向いた三宅島についての投稿を終わります。古くて、よく覚えておらず、間違っているところもあったと思いますが、お許しください。明日からは、1997.06に出向いた「屋久島・種子島」について投稿します。お楽しみに。

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春先の三宅島めぐり 32回目 三宅島

2024-04-20 04:00:00 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島

サタドー灯台へ向かいました。

(サタドー灯台へ)

サタドー灯台に着きました。ここに立つ白亜の無人灯台(サタドー灯台)は、1954年(昭和29年)に初点灯されたとのことでした。

(サタドー灯台に)

周りを散策しました。流れ出た溶岩と火山弾が見られました。

(周りを散策)

(写真撮影:1996.03)

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春先の三宅島めぐり 31回目 三宅島

2024-04-19 04:00:00 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島

ひょうたん山から海が見られました。

(ひょうたん山から海)

次の観光地へ向かい、着きました。三七山です。1962年(昭和37年)雄山山頂と赤場暁を結ぶ山腹で割れ目噴火が起こり、溶岩は火口から約200mの高さにまで吹きあがり、このときの大量な噴石が積み重なってできた噴石丘は、高さ数十mにも達し、噴火の起こった年号から「三七山」と呼ばれているようです。

(三七山)

次の観光地、サタドー灯台へ向かいました。

(サタドー灯台へ)

(写真撮影:1996.03)

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春先の三宅島めぐり 30回目 三宅島

2024-04-18 04:00:00 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島

観光を続けました。

(観光を)

赤場暁のようですね。

(赤場暁のようですね)

山が見られました。ひょうたん山とのことでした。ひょうたん山は、1940年(昭和15年)に雄山北東山腹の標高200m付近から噴火。大量の溶岩・火山弾・スコリア・火山砂が放出され、たった約22時間のうちに「ひょうたん山」を形成したようです。

(ひょうたん山)

観光を続けると噴火灰が見られました。

(噴火灰)

高い所からひょうたん山が見られました。

(高い所からひょうたん山)

その後、ひょうたん山へ向かい、着きました。

(ひょうたん山)

(写真撮影:1996.03)

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春先の三宅島めぐり 29回目 三宅島

2024-04-17 04:00:00 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島

観光を続けました。

(観光を)

赤場暁へ向かいました。

(赤場暁へ)

赤場暁です。

(赤場暁)

(写真撮影:1996.03)

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