山上ヶ岳(1,719m)
世界遺産「大峯奥駈道」の道中にある山上ヶ岳では、今も女人禁制が続いています。麓には「女人結界門」と、大きな石碑があります。
日本アルプスを世界に紹介したウォルター・ウェストンの「日本アルプス再訪」に、この山のことが出てきます。
『しかし、この制限がいまだに固く守られている信仰の山がある。それは、大和の大峰山である。この山は、行者の創設者である役小角の宗派にとって神聖な山であり、登山シーズンには、その後継者たちに今日でも会うことができる。』 (『日本アルプス再訪』(平凡社ライブラリー))
本が書かれたのは1918年、それからおよそ百年がたった今でも同じ歴史が続いているのです。
ウェストンは大峯山のことにはほとんど紙幅を割いていません。そして、そこにはギリシャ正教会の女人禁制の修道院、また『女性がいない、世界で唯一の町として有名だそうである』という、地区の首都「カリエス」のことがあわせて書かれています。しかし、彼が長く続く大峯山の信仰についてどう思っているのかは、うかがい知ることが出来ませんでした。
山全体が年中女人禁制というのは、今ではここが日本唯一です。深田久弥が『大峰山はわが国で最も古い歴史を持った山である。』 (『日本百名山』(新潮社版))と言い切った山の歴史をもっと理解してから登るべきかもしれません。しかし山上ヶ岳に登ったのは、女人禁制とは果たしてどのような場所なのか?という、単純な興味があったからです。
山頂には大峯山寺の大きな本堂があり、付近には5件の宿坊があります。「西の覗き」という、絶壁の縁にある行場があります。近くまで行ってみましたが、目のくらむ思いがしました。また、ここではこんにちはではなく、「ようお参り」という挨拶をします。普通の登山客でも同じだったので、自分も真似をしてみました。信仰の雰囲気がこれほど強く感じられる山は、なかなかないのではないでしょうか。
しかし、一番印象に残ったのは、笹が一面に広がる山頂でした。山頂だけは、女人禁制の修験の山というイメージからかけ離れていると思いました。思い切り寝転がってみたくなるような牧歌的な雰囲気。ここだけは普通の山と同じ、いや、普通の山以上に穏やかに感じられたのです。
山上ヶ岳には、毎日男ばかり登ってきます。そこに生えている大木や草花、あるいは落ちている石ころに心があるとしたら、彼らは毎日どんなことを考えているのでしょう?
『(前略)その修道士は三十年か三十五年前の、子供のときに修道院に入ったが、一度も女性を見た記憶がなかった。彼にとっては、その小さい半島の修道院の中だけが限られた世界であった。そこで、その壁に飾られていた聖処女の、固く無表情な、中世的な肖像が、女性というものに似ているかどうか知りたいと思っていたそうである。』(ウォルター・ウェストン『日本アルプス再訪』(平凡社ライブラリー))
登山道入り口の、「女人結界門」
茶店の真ん中を登山道が通っています。道中の茶店はすべてこのような構造になっていました。
笹が広がる山頂と、稲村ヶ岳(1,726m)。
こちらは戦後になって女人禁制ではなくなり、「女人大峯」と呼ばれます。
(登頂:2013年5月上旬)