白馬岳(2,932m)
「~ 「三日後に北アルプスの白馬で、新人を対象にした歓迎山行合宿をやる。君も参加してみないか。」
ところが、その”白馬”とやらがどこにあって、どんな山なのか私はまるっきり知らなかった。
「いや、きょうは、山岳部とはどんな部なのか尋ねにきただけなんです。入部の決心はまだ……」
といいかけたが、その先輩は、
「心配いらん、装備はみんな先輩が貸してやる」
といって、他の部員を呼びつけ、部室の中から靴下と登山靴を持ってこさせた。そして、かかとに穴のあいた、しょぼくれた厚い毛の靴下と、底のすりへった登山靴をはかされた。
「オー、君にぴったりじゃないか。ズボンやシャツはあすオレが持ってくる。ザックとピッケルは部室にある。地図はそんなに高くないから買った方がいい……」 ~」
(『青春を山に賭けて』植村直己(文藝春秋))
『青春を山に賭けて』は、何回読んだか分からないくらい読みました。ヒマラヤの未踏峰ゴジュンバ・カンへの登山、マッターホルン、アコンカグア、エベレストのこと…… 山の本では一番面白いと思いますが、日本の山のことはほとんど出てきません。彼は卒業後、海外の山を目指して、移民船で横浜からアメリカへと渡ったのです。
山岳部時代に、
「~ 北海道から東北、日本アルプスと山に明け暮れ、やがて私なりに登山への視野がひらけて、外国の山に登りたいと思うようになった。 ~」
という、「明け暮れ」た山の一つ一つをぜひ知ってみたいと思いますが、日本の山で一番行数が多く書かれているのは、初めて登ったという白馬岳のことでした。
「~ 日本アルプスへの初見参が白馬岳であった人は少なくないだろう。高峰へ初めての人を案内するのに、好適な山である。 ~」(『日本百名山』深田久弥(新潮社))
「好適」ではあっても、白馬に登るのはそんなに楽ではありません。自分もそうでしたが、人生初めてのアルプス登山はどこを選んでも大変なことが色々あると思います。北アルプスのデビューが白馬岳という人は確かに多そうです。その人たちにとっては、白馬は大変だった山として思い出されるかもしれません。
白馬岳のことはあまり覚えていません。二日間とも朝の何時間かは晴天だったのですが、あとは雲が多く、登山道の記憶が多くありません。覚えているのは、とても形のよい山だったということです。
栂池ヒュッテを朝6時40分に出発し、15分も登ると目指す頂上が見えてきました。右側の美しいピラミッドが白馬岳です。その左に続くのは、白馬鑓ヶ岳と杓子岳です。三山あわせて白馬三山と呼ばれています。
ところどころ、真っ赤に染まった紅葉が出てくると、標高2,180メートルの天狗原です。天狗原は湿原で、木道が2本敷かれています。遠くには、後立山連峰の山々が鹿島槍ヶ岳まで見渡せます。
しかし目の前には、白馬乗鞍岳が城壁のように迫っています。湿原歩きはすぐに終わり、ゴツゴツした岩の急登になります。本物の城壁と違うのは、9月でも斜面にまだ真っ白な雪が残っていることです。振り返ると、栂池自然園の大きな湿原が見下ろせます。遠くに見える、要塞のような山は高妻山です。
短い時間の中で、足もとの様子もまわりの眺望も変化の多い登山道でした。
(登頂:2013年9月下旬) (つづく)