北アルプス 槍ヶ岳(3,180m)・笠ヶ岳(2,898m) ((14)のつづき)
加藤文太郎『単独行』には、昭和7年2月に槍ヶ岳から笠ヶ岳を2日間で往復したという記録が出てきます。時間は「槍肩六・〇〇 樅沢岳一一・〇〇 ~~ 笠ヶ岳・抜戸岳間のコル九・〇〇-一〇・〇〇」、翌日は「抜戸岳北側のコル〇・〇〇-一・〇〇(零下二〇度) ~~」のように記入されています。12時間制かつ漢数字で書かれた時間の羅列を見ていると、それが午前なのか午後なのか、一瞬分からなくなってしまうことがあります。「抜戸岳北側のコル〇・〇〇」は、正午ではなく真夜中です。この後暗闇を歩き、朝7時に樅沢岳まで戻ったといいます。
「~ コッヘルを使ってレモン・ティをこしらえながらしばらく休んだ。そのとき懐中電燈が急にぱっと消えてしまった。電球の線が切れたようなので、新しいのと換えてみたがそれでもつかない。 ~~(中略)~~ それからは雪あかりをたよりにしてゆっくり歩いた。幸いお天気がよいので遠山もぼっと見えて迷う事もなく無事に二五八八.四メートル峰の南のコルまで歩けた。 ~~」 (加藤文太郎『新編 単独行』(山と渓谷社))
今立っている抜戸岳あたりの稜線を、真冬の深夜に歩いたというのは信じられないことです。
ただ、この日は本当に明るい夜だったのではないか?という感じが伝わってきます。
なぜなら、山小屋に泊まっている時、今日は夜になっても妙に明るいなということが、数年に一度起こるからです。何かの錯覚かと思ってしまうほどです。昭和7年2月11日の未明も同じに違いないという気がしてきます。
抜戸岳の頂上は、稜線の登山道からわずかに東にずれたところにありました。
朝9時半にして、双六小屋からここまでやって来たという人と出会いました。
ここから笠新道を下り、しばらくすると杓子平カールに出ます。大きなカールのはずですが、今までもっと大きい眺望の中を歩いていたので、小さくまとまって見えます。開放的な稜線歩きだったのが、箱庭の雰囲気に変わり、同じ笠ヶ岳の中に2つの世界が存在しているようです。
頂上にはどんどん雲がかかっていきます。
北アルプス三大急登に数えられる道を下っていきます。林道と交差するまでの間、傾斜が緩くなる場所はほぼありません。登りでなく下りなのは幸いです。笠新道は標高差が1,400mほどもあるので、上と下では樹木の様子が違います。最初は幹の曲がったダケカンバですが、やがて針葉樹の大木となり、最後にはブナが現われます。これを垂直分布というのでしょうか。垂直分布をわずか3時間で実感できると思うか、急な坂が3時間も続くと思うか。笠ヶ岳は前者の人に向いていると思いますが、自分は後者のようです。
どちらにしても、垂直分布を自分の目で確かめるには山に来るしかないと思いました。
林道を新穂高温泉まで歩き、「中崎山荘 奥飛騨の湯」につかりました。露天風呂には竹の小枝が立てかけられ、源泉は竹を通して浴槽に注がれています。そのため、熱い温泉を水で薄める必要がないということでした。3日ぶりの入浴が、まぎれもない源泉かけ流しというのは幸せなことです。名湯に2時間ほど滞在し、バスを平湯温泉で乗り継いで松本駅まで出ました。四日間歩き続けることはとても楽しく、年に1回はこんな山歩きをやってみたいと思いました。
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【上高地~徳澤園~槍ヶ岳~西鎌尾根~笠ヶ岳~笠新道】
(1日目)上高地バスターミナル15:00→明神館15:48→徳澤園16:41
(2日目)徳澤園5:15→横尾山荘6:10~7:00→槍沢ロッヂ8:24~8:43→槍沢大曲り9:46→天狗原への分岐10:45→殺生ヒュッテ12:35~13:10→槍ヶ岳山荘14:12~15:00→槍ヶ岳山頂15:39~16:16→槍ヶ岳山荘16:40
(3日目)槍ヶ岳山荘6:30→千丈乗越7:14→樅沢岳9:47→双六小屋10:16~10:46→弓折岳12:13→笠新道との分岐点15:30→笠ヶ岳山荘16:59
(最終日)笠ヶ岳山荘6:06→笠ヶ岳山頂6:27~6:37→笠ヶ岳山荘7:00~7:34→抜戸岳9:16~9:30→杓子平カール10:55→笠新道終点13:41→新穂高温泉14:35
※歩いた距離は4日間でおよそ46kmでした。覚えているのは、殺生ヒュッテから槍ヶ岳山荘までが急な登りでなかなか着かなかったこと、槍の穂先は手がかりの多い岩場で思っていたより登りやすかったこと、3日目の弓折岳から抜戸岳までにアップダウンが多くとても時間がかかったことです。さらに、その先の笠ヶ岳山荘までがこれまた長いです。
笠新道は急坂がずっと続きますが、足場のあやふやなところ、危険なところはありません。下りながら、槍ヶ岳・穂高連峰の眺めを楽しむこともできます。登りよりも下りが良いと思います。
3日目を双六小屋か鏡平山荘泊まりにすることも考えましたが、先に笠ヶ岳山荘へ行っておいてよかったと思いました。おかげで、早朝の頂上を満喫することができました。
(体力●●●●● 技術●●●○○) (登頂:2013年9月上旬)