
楽観主義でいることは悪くないと思います。
他人に何かを押し付けたり求めることも少ないかもしれません。
大体において大らかでいられるかもしれません。
とはいえ、楽観主義と無責任は違いますし、状況が変われば態度も考えも気持ちも変わるかもしれません。
無責任な楽観主義のままで素晴らしい発見や発明をすることは難しいかもしれません。
熱く何かを求めるのに、楽観主義でいることはどれほど役に立つでしょうか。
そんなものいらない、
ただ楽しく楽して暮らしたい、
いやなことには関わりたくない、
といっても、
世界には様々な現実があり、そこから目を背けることで成り立つ楽観主義なら、それは違うように思います。
自分が相手の立場にたったとき、同じように楽観主義を鼓舞している無責任者から
ただ嘲笑を送られても、無視されていても
弱者となったあなた自身は楽観主義を貫けるでしょうか?
立場が変われば考えも変わるでしょう。
あなたが楽観主義でいられるのは、あなたの環境が整っているからにすぎないのかもしれません。
誰かに助けられたりして生かされていることに、
気付いていないだけなのかもしれません。
いつまでもそのままでいられるから気にしなくて大丈夫、と思っているのなら、
気付きのない同じような状況が常に周りにあるのでしょうか。
目を背けているのでしょうか。
それが悪いとはいいません。
どう生きようとあなたの勝手です。
迷惑を被る方は黙っていないと思いますが。
そうありたくないと思う人たちから、
あなたとは距離を置きたいと思われているかもしれませんね。
誰もが楽観主義で、向上心もなく、ただダラダラと暮らせれば、
人の脳もそのように適応するのでしょうか
白亜紀の恐竜の時代は長く続きました。
大きな進化もなく、比較的安定した状態
大きな環境の変動がなかった幸運な時代といえるかもしれません。
環境の変化とともに滅びましたが、環境の変化は大きすぎました。

それが。自然なのか。
どうなるのかではなく、どうなりたいのか。