レモンバーム 20
https://fr.wikipedia.org/wiki/Eau_de_m%C3%A9lisse_des_Carmes_Boyer から
パリに保管されている古文書、1732,1748,1758年によれば1786年のドイツ薬局方 ( Wirtemberg Pharmacopoeia ) にあるようにどこの国においてもカルメル水が秘密の薬というわけではありませんでした。パリのカーメライト兄弟は1775,1781年にレモンバームウオーターを一年に20,000リーブル以上を売り上げます。又、月に3,000リーブル、一年に36,000リーブル以上を売ったという情報もあります。
カルメル水はこの後、様々なレシピが登場します。どのレシピも”元のレシピ”ではありません。なぜなら”元のレシピ”がどのようなものであったかを知る者はいないからです。
いくつかのレシピ(★)を取り上げておきました。
★ ニコラス・ルーフェブレ( Nicolas Le Fèvre、1615 – 1669 フランス化学者、錬金術師 ) は、1651年に発酵した蜂蜜を使ったメリッサのミード酒のレシピを考え出しました;
メリッサを刻んで、モルタルで潰す。ボイルした時、粘度が出るまで蜂蜜を加える。・・・・(いくつかの段階を経て)すべてのメリッサが瓶の底に沈むまで発酵させる。
(レシピの詳細は分かりませんが、擦り潰したレモンバームの中に蜂蜜を入れて発酵させるのでしょう。うまく発酵してくれれば良いのですが、一か八かのミード酒作りです)
ニコラス・ルーフェブレ
つづく。
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