「もちろんだ。かなうことなら不思議な力を手に入れて、いつ日かトルコ軍を倒して我が民に安定をもたらしたいのだ」
「力は手に入るかもしれぬ。だが、民に安定をもたらしさえすれば君主が幸せかどうかなどは知らぬし、民が不幸せだから君主も不幸せとも限らぬ。歴史上、民を苦しめ続けた暴君が、自分は不幸だったと嘆いたなどという例を聞いたことなどはないであろう?」
「我が民に安定をもたらせるなら、我が身が地獄に堕ちようと悔いはないわ。後世の人々に魔王呼ばわりされようとも。父のように敵方から悪魔と呼ばれることこそ、君主にとって最高の栄誉ではないか」
「今、地獄に堕ちても、と言ったか?」
「言ったがどうした?」
「見せてやろうではないか、アポロノミカン!」
パラケルススは懐から一冊の本を取りだし、ゆっくりと開いた。
次の瞬間、ヴラドの頭の中のプロテクターが音を立てて崩れ、神導書が膨大なメッセージを語りかけてきた。
アッアッアッーー!
城中に聞こえるかと錯覚するほどの悲鳴が上がった。
ヴラドの頭の中に、宇宙の誕生、地球の誕生、神の降臨と悪魔の誕生、そして人類の誕生と歴史が流れ込んだ。
ヴラドの頭の中に情報が流れ込んだだけではなく、彼は体験した。
46億年前の超新星の爆発による地球の誕生から、38億年前の地球上の最初の生命誕生、32億年前の光合成生物の誕生、10億年前の多細胞生物の誕生、さらに500万年前とも400万年前とも言われる人類の誕生の歴史を、一気に経験したのであった。
少年の筋肉が自ら生命を持ったかのようにのたうちまわり、たくましい戦士のものに変わった。次に、犬歯がギリギリと音を立てて伸びだした。眼光は、見るものを蛇に睨まれた蛙のごとく凍り付かせるものになった。
「ドラゴン」の魂と力を身につけた若き狂戦士の誕生であった。
だが、気がつくと悲鳴を上げていたのは彼だけではなかった。
弟ラドウが、ヴラドよりもさらに2オクターブ高い声で悲鳴を上げていた。自らの身に生じた変化も忘れて、ヴラドは思わずラドウの変化に見入った。
まず、髪が肩まで伸びて龍のようなうねりを生じた。次に、元々色白だった顔から血の気が失われて幽霊のようになった。さらに、犬歯がギリギリ伸びだして左右の指爪が切っ先するどく尖りだした。
そこにいたのは後に「美男公」と呼ばれることになる、ぞっとするほどの美貌をたたえた弟の姿であった。
「パラケルスス、いったいどういうことだ?」
「儂に気づかれずに儀式に参加し、さらに生きのびるとは! お主の弟も、また神導書に選ばれる定めにあったか」
「ヴラド様」ラドウがハスキーボイスで語り始めた。「今後は、我は民のため、母国のため、あなた様の『影』となりて仕えましょうぞ」
ラドウのほほえむ口元にドラクールの眷属の証、とがった犬歯がのぞいた。
周りの様子をうかがってばかりいた弟が、「悪魔」の魂と力を身につけた姿を見たヴラドは、行く手に暗雲を見たようで胸騒ぎを感じた。
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