米証券取引委員会(SEC)が、ソフトバンクグループ(SBG)(株)の前副社長、ニケシュ・アローラ氏(48)の調査に乗り出した。アローラ氏をめぐっては、投資家グループが利益相反行為やインサイダー取引に関与した可能性があると指摘していた。アローラ氏はすでに退任しているとはいえ、孫正義社長(58)が後継者として招いた人物。調査の進展次第では、ソフトバンクは大きなダメージを受けることになる。
米証券取引委員会がアローラ氏を利益相反の疑いで調査
米通信社ブルームバーグは6月30日、〈米証券取引委員会(SEC)のロサンゼルス事務所の担当者らは、アローラ氏の利益相反や他の疑わしい行為がなかったかどうか、さらにソフトバンクの投資家向け情報開示の状況などを調べている〉と報じた。
アローラ氏をめぐっては、ソフトバンクの投資家グループが今年1月20日、同氏の適格性を疑う書簡をソフトバンクの取締役会に提出。ソフトバンクは取締役会の独立役員で構成する特別調査委員会で調査した。
ソフトバンクは6月20日、調査の結果、投資家グループの主張は「評価するに値しない」との結論に達したと発表。アローラ氏は6月22日付けで退任した。ソフトバンクは退任について、投資家の批判とは無関係だとしていた。
中国のアリババ集団の株取引をめぐる疑惑
疑惑の焦点は、利益相反の有無にある。アローラ氏はソフトバンクに移っても、米大手投資ファンドのシルバーレイクのシニアアドバイザーを兼任していたからだ。
シルバーレイクは、ソフトバンクが大株主の中国の電子商取引(EC)最大手、アリババ集団に投資しており、利益相反が疑われた。
複数の米国メディアの報道によると、投資家グループはアローラ氏の疑惑をこう指摘したという。
シルバーレイクは、アリババの業績悪化を理由に保有株の多くを15年半ばまでに売却していた。「シルバーレイクはアリババの株価が2割落ちる直前に売却した」。一方、ソフトバンクは保有を継続する。
アリババ株売却のタイミングを考慮すると「アローラ氏がインサイダー取引に関わっていた可能性がある」。また、シルバーレイクは、多くのネットベンチャーに投資しており、ソフトバンクの投資部門を統括しているアローラ氏が「ソフトバンクの役員として追求すべき利益の獲得機会を利用している」とし、利益相反あたると指摘したと報じた。
アリババ集団の株式が疑惑の焦点だ。SECの調査は、投資家グループの書簡に基づくものと思われる。
ソフトバンク、アリババ集団株を1兆円で売却
ソフトバンクグループは6月3日、アリババ集団の株式売却を通じた資金調達額が総計で100億ドル(約1兆900億円)になると発表した。当初は79億ドルと公表していたが、最終的な調達額は1兆円を超えた。
アリババ株の株式売却で、2,000億~2,500億円の売却益(税引き前)が発生する見込み。売却益は2017年3月期の連結決算に計上する。ソフトバンクによる持ち分は現在の32.2%から約27%に低下する。
ソフトバンクの孫社長は「アリババの株は売らない」と言明していたため、なぜ、アリババの株を売却したのか。不可解だった。
アリババは、孫社長の目利きのたしかさを実証した。孫神話のハイライトである。孫社長は2000年、アリババを創業して2年目のジャック・マー(馬雲)会長と面談、5分で20億円の出資を決断したのは有名な話だ。その後、ソフトバンクは追加出資しても、アリババ株を1株も売却したことはなかった。
アリババは14年9月17日、ニューヨーク証券取引所に上場、公開価格の68ドルに対して97ドルの初値を付け、大きな話題になった。11月13日には最高値の120ドルになり、時価総額は30兆円を超え、フェイスブックやアマゾンを上回った。
ソフトバンクはアリババの上場によって8兆円の含み益を得て、11月のピーク時には保有する株券は12兆円に達した。
売却すれば莫大なキャッシュを手にできるが、孫社長は「アリババ株を売る意思はない」と言明していた。
アリババ株、上場1年で株価が半減
米国では、中国企業に厳しい視線が向けられた。発端は2014年に起きたネットショップサイト淘宝(タオバオ)の偽物騒動。多くの商品は本物に見せかけた偽造品であった。投資家に中国企業への不信感を植え付けた。
投資情報誌『バロンズ』は15年9月12日、アリババの特集記事で「アリババ株は今後50%下落する可能性がある」と書いた。アリババが収益データを粉飾した可能性があると示唆した。バロンズは、ウォール・ストリートジャーナルの親会社であるダウ・ジョーンズが所有している。
この記事は大反響を起こした。アリババ株価は急落。9月29日、57ドルと上場来の最安値に沈んだ。上場直後の120ドルから、わずか1年で半減した。
投資家グループは、アローラ氏が指南役を務めるシルバーレイクが、アリババの株価が急落する前に売り抜けていたことを問題視。アローラ氏がインサイダー取引に関わったのではないか、指摘したわけだ。
2016年07月05日 07:02
米証券取引委員会がアリババの調査に乗り出す
米証券取引委員会(SEC)は、アリババに厳しい視線を向けた。アリババは今年5月、「会計手法をめぐりSECの調査を受けていた」と公表した。
アリババの登記上本社は英領ケイマン諸島にあり、上場時から株主の権利が十分守られるのかという議論がくすぶっていた。アリババは中国の法律によって、外国人や外国資本に株式公開していないので、誰も株を買えないし株主になれない。ソフトバンクはアリババの株主ではない。
では、“アリババ株”とは何かと言うと、変動持ち分事業体であるアリババグループ・ホールディングスの株券だ。ソフトバンクは、タックスヘイブン(租税回避地)の英領ケイマン諸島にあるペーパーカンパニーの株主なのだ。
ペーパーカンパニーの株主は、アリババ本体の株主総会に出席できないし、過半数の株式を取得しても買収できない。海外投資家が中国企業は不透明だと不信感を抱いている理由だ。
アリババ株を売却した意図を読み解く
SECがアリババの調査に乗り出した。アリババの株価は下落した。これを機に、ソフトバンクはアリババ株の大量売却に踏み切った。
アリババ株の売却は、アローラ氏主導で進められた。というのは、アリババ株の売却をめぐる報道で、孫正義社長とアローラ副社長の不協和音を伝える報道があったからだ。
〈グーグル出身のニケシュ・アローラ副社長は、孫氏の従来の投資手法を「趣味的」と評し、今後は「持続可能の戦略とすべきだ」と指摘していた。アローラ氏の方針に従い、ソフトバンクは「投資だけではなく、計画的な回収をしていく」(後藤芳光常務執行役員)としていた〉(朝日新聞6月7日付朝刊)
この記事には仰天した。孫社長は「アリババ株は売却しない」と言明していたが、そのことをアローラ氏は「趣味的」と切り捨てたのだ。投資とは売った、買ったのマネーゲームである。株式を売りもせず持ち続けるのは、美術品のコレクターと同じ「趣味」だと批判したわけだ。ボスをコケにするのは、喧嘩別れするときだ。孫氏とアローラ氏の亀裂は決定的になったと判断した。
おそらく、アリババ株の下落を、アローラ氏は難問を解決できるカードに使えると捉えたのだろう。孫社長に対しては、アリババ株の売却で、財務を強化するという大義名分になる。解任を突き付けられている投資家グループには、アリババ株の売却による巨額な売却益で、黙らせることができると踏んだとしても不思議ではない。
アローラ氏はアリババ株を1兆円で売却した。これが、ソフトバンクでの最後の大仕事となった。6月22日の株主総会で退任した。孫社長は「僕がもう少し社長を続けたくなった」と述べ、アローラ氏への禅譲を先送りしたことが、アローラ氏の退任理由と説明した。実際は、投資家グループから利益相反を追求され追い詰められたことが退任の理由だった。
孫社長に求められる説明責任
ソフトバンクの2016年3月期の有価証券報告書によると、アローラ氏の役員報酬は64億7,800円。このほか15年4月から6月に取締役に就任するまでの期間にかかる主要子会社からの役員報酬は15億6,400万円。合わせて80億4,200万円の報酬があった。
15年3月期は契約金145億6,100万円と株式による報酬が19億9,500万円の、合計165億5,600万円だ。2年間で245億9,800万円の報酬が支払われていた。欧州のプロサッカー、米国のプロ野球のプレーヤー並みの高額報酬だ。
投資家グループは、アローラ氏のソフトバンク入社による恩恵がまだ何も見られないなかで、高額の報酬が支払われたことは、「憂慮すべきであり、容認できない」とした。
投資家グループはまた、昨年アローラ氏が600億円分のソフトバンク株の購入についても疑問を呈した。「アローラ氏の株式購入資金の出どころが不明確だ。また、この取引でソフトバンクがどのような便宜を図ったのかが説明されていない」と指摘した。
米国メディアによると、アローラ氏は辞任後、自身のツイッターで、ソフトバンク株についてこう書き込んだ。「売却はすでに完了した」と。
50年、100年のスパンで発想する気宇壮大な孫正義と、短期利益を追い求めるアローラ氏は水と油。訣別したことには驚きはない。
利益相反を疑われているアローラ氏を、常識外れの高給でスカウトしたこと。アローラ氏に複数年にわたる巨額な報酬を保証したとされる契約は、どうなるのか――。孫正義社長の説明責任が求められる。