アメリカをも凌駕する世界一の軍事力を持つロシア①
「中東の仲介者として威信を高めているロシア」
ロシアの火星でも走行可能な戦車「T-14アルマータ」
Russian servicemen drive a T-14 Armata tank during a rehearsal for the Victory Day parade in Red Square in central Moscow(image from Thomson Reuters)
今回のテーマは、ロシアとアメリカの軍事力についてです。先月開催された米露首脳会談では両国がイスラエルの存在を認め、ゴラン高原を1974年時点での国境の状態に戻すとの合意がなされたことを書きました。
この合意は、ヒズボラなどイランの武装勢力がイスラエルと国境を接するゴラン高原周辺から撤退し、それと引き換えにイスラエルも1974年の時点まで撤兵するということを実質的に意味しているわけです。これはシリアに駐屯するイランとイスラエルとの全面衝突を回避するための落としどころということです。
早速、合意された方向の動きが出てきつつありますが、ロシアのラブロフ外相はイスラエルを訪れ、ネタニヤフ首相とエルサレムで会談しました。イスラエルのメディアによると、ロシアはシリア内戦を巡り、イスラエルの占領地ゴラン高原からシリア側に緩衝地帯を設け、アサド政権を支援するイランの部隊が立ち入らないようにすることを提案したとされています。
またイスラエル政府高官の話として、緩衝地帯を無力化する可能性があるため、イスラエル側は長距離ミサイルのシリアからの撤去などを要求したとしています。しかし、このような合意をロシアの同盟国であるイランが受け入れるかどうかは未知数であり、これからロシアはイランとイスラエル双方の説得を行うことになりそうです。
もしこの説得が成功するなら、今回もロシアの仲介でイランとイスラエルとの全面衝突が回避される結果となります。2015年にロシアはイスラム国(IS)壊滅のためにシリアに介入し、アサド政権を支えました。その結果、ISはシリアから追い出され、アサド政権の存続が決まっています。
このように、ロシアは中東の和平を握る仲介者としての立場を強めており、今回のイランとイスラエルの仲介に成功することになれば、中東でのロシアの威信はさらに高まることになります。中東和平の仲介者の役割を担うのは、もはやアメリカではなく、ロシアに完全に移動したというわけです。
こうした世界各国の仲介者としてのロシアの威信を支える基盤こそ、アメリカの水準を大きく上回るその軍事テクノロジーです。例えば、カスピ海のロシアミサイル巡洋艦からカリブレ巡航ミサイルがシリアにあったIS本拠地に発射されたことがありました。
この時、アメリカの空母セオドア・ルーズベルトの戦闘部隊がペルシャ湾に展開していましたが、発射直前に緊急退避したとされています。この後、ロシア自身が大西洋でロシアが責任のある地域と呼ぶ黒海からアメリカ海軍は完全に撤退させられ、実質的にロシアが支配しています。
これはロシアの軍事力によってアメリカが排除された象徴的な出来事になりました。アメリカ軍もロシアの優勢な軍事力を認めざるを得ない状況になっており、これが中東の仲介者として威信を高めているロシアの前提になっているということです。
このように、世界一と呼ぶに相応しいロシアの軍事力ですが、いつの間にかアメリカの軍事力を凌駕しています。具体的には、司令や通信、情報収集、偵察などの分野や、電子戦、新兵器のシステム、航空防衛システム、そしてアメリカ本土まで届く能力のある超高音速の巡航ミサイルといったものがあります。
これらの軍事兵器はアメリカも開発できていないものが多く、アメリカ軍はロシアを深刻な脅威として認識しています。ロシアの軍事力が優勢な理由として考えられるのは、ロシアが2700万人も犠牲になった第2次世界大戦時のトラウマからというものです。
公表されたもっとも最近の調査結果では、で兵士と市民を合わせて日本は15年に及ぶ太平洋戦争全体で犠牲者は300万人、ちなみに中国は2000万人ということからも、当時のソ連の犠牲者の数は群を抜いて高いことがわかります。
1942年に独ソ不可侵条約を一方的に破棄したナチスドイツはソビエトに進行し、ソビエト軍は準備不足で劣勢であったため、本格的な反撃を開始する2年後の1943年まで、多くの戦闘で敗北しました。その間、ナチスドイツに占領された地域では多くの村々が焼かれ、住民の多くが虐殺されたというわけです。
つまり、現在のロシアにとって第2次世界大戦とは、外部から侵攻してきた侵略者との戦いであったという教訓が刻み込まれています。ちなみに、日本で第2次世界大戦の悲惨さを記憶するトラウマというのは、空襲や原爆、食糧難などのイメージはNHKの連続テレビドラマや小説、映画に何度も繰り返し描かれています。
アメリカをも凌駕する世界一の軍事力を持つロシア②
「第2次世界大戦のトラウマから生まれたロシアの軍事システム」
宇宙を飛ぶ次世代迎撃戦闘機「ミグ41」
That its future MiG-41 will be able to fly in space.(image from Russian Ministry of Defense)
ロシア人と同様、日本国民も世代を越えて戦争体験を共有するトラウマになっていますが、これが安倍政権が強行採決しようとしている憲法9条の改正を困難にしているわけです。憲法改正を使命とし、5年以上と長期化している安倍政権でも憲法改正は困難であるということです。
結局、国民で共有されるトラウマというのはこれほど強いものであって、中国でも南京大虐殺がトラウマになっており、従軍慰安婦というトラウマを持つ韓国でも同じような戦争経験によるトラウマを持っていることがわかります。
一方、ロシアでは侵略や虐殺、餓死などのイメージが戦争経験のトラウマを象徴するイメージになっており、それは日本と同じようにあらゆるメディアで繰り返し報道され、世代を越えてほとんどの国民で共有されています。
特に、ロシアでは1991年のソビエト連邦崩壊から10年ほどの間に、国家が実質的に欧米の影響下にある新興財閥のユダヤ人集団オリガルヒによって経済的に侵略されたことがあり、国民の生活が極限まで困窮したことで第2次世界大戦で経験したトラウマはさらに強化されたと考えられます。
このような外国や外国人からの侵略の恐怖から構築されたのが現在のロシアの軍事システムであって、すべての戦争が国外で起こり、戦争を勝利に導くヒーローであるという自己イメージを今も堅持しているアメリカ人のメンタリティーとは根本的に異なっています。
アメリカの軍事システムは、基本的に資本主義の原則に基づいて活動する民間企業が担っているのに対し、ロシアは一切輸出入には依存せず、必要なものすべてが国内にある資源だけで足りる軍事システムが前提になっているわけです。
つまり、国内にある資源を掘削して精錬し、それを製品化し、それを原材料としながら自国だけの軍事テクノロジーで世界最高水準の兵器を製造するシステムということです。したがって、ロシアの軍事企業は民間企業のような体裁をもちながらも、実質的には国営企業となっています。
このようなシステムというのは、最終的には利益最大化の原則の基づいて投資行動を決める民間企業に依存しているアメリカの軍事企業やその基礎となっている製造業とは根本的に異なります。アメリカでは、特に製造業の拠点が労働力の安い中国に移転してしまい、軍事産業の基盤となる製造業が空洞化してしまっています。
これがアメリカの軍事産業に深刻な打撃を与えているわけですが、すべてを自国で行うロシアにはこうした問題はそもそもないことは明らかです。
結果として、現在のアメリカの軍事システムはイラク戦争時の1990年代に開発された兵器が主流であるのに対し、アメリカ企業のグローバル化によってアメリカの製造業が空洞化する中、これまでロシアは最先端の兵器システムを開発し続けていたということです。
当然、アメリカもロシアが軍事的に優勢になりつつあることは承知しており、トランプ政権が自由貿易の基本原則を捨てて、25%もの関税を導入してまで製造業の国内回帰を誘導している背景には、こうした深刻な事情があるわけです。
11月に実施予定のアメリカ議会中間選挙を睨んだトランプ大統領の支持率アップだけが目的ではないことがわかります。そして先月、米露首脳会談を開催し、トランプ政権はロシアとの関係改善を模索していますが、その背景にあるのはアメリカの軍事産業を再構築するための時間稼ぎであるとも考えられます。
しかし、トランプ政権のこうした努力はもう間に合わないことが確実視されており、今後は優勢な軍事力を背景に、ロシアは中東和平の仲介者としての威信はどんどん高まることになり、それが北朝鮮に対しても行われる可能性があるはずです。