2014年6月22日 田中 宇
6月17日、英国政府がイランとの国交正常化を発表した。英国は2011年にイランの首都テヘランの英大使館が地元の学生ら群集に襲撃されて以来、イランとの国交を格下げし、事実上の国交断絶状態を続けていた。国際政治的に見ると、英国がイランと国交断絶したのは、米国がイラクから軍事撤退する代わりにイランに対する核兵器開発の濡れ衣を強めた時期で、米国がイランとの敵対を強めるのに合わせ、英国もイランと国交断絶していた。 (British embassy reopens in Tehran as Iraq crisis helps thaw Iran relations) (米軍イラク撤退で再燃するイラン核問題)
しかし今、スンニ派武装勢力が、イラク西部のスンニ派地域をシーア派主導のマリキ政権から奪取して支配し始め、マリキが首都バグダッドを防衛するためにイランに軍事支援を要請し、イラク(中央政府)に対するイランの影響力が急に拡大している。米国はマリキからの支援要請を事実上断っており、イラクに対する米国の影響力低下が顕在化している。 (隠然と現れた新ペルシャ帝国)
米国は、シリアやアフガニスタンの安定にも貢献できなくなっており、米国以前に中東を支配していた英国がこれ以上、米国に追随した中東政策を続けても意味がなくなっている。半面、英外相が「イランは中東の安定に貢献できる」「イラクやアフガニスタンなどを安定させることについて、イランと英は利害が一致している」と表明しているとおり、中東では米国に代わってイランの影響力が拡大している。英国の対イラン国交正常化の裏に、このような背景がある。マスコミでは、今回のイラクの混乱でイランが漁夫の利を得て台頭しているという視点があまり載らないが、英国の動きを見ると、イランの台頭が感じられる。 (Britain rebuilds diplomatic ties with opening of Tehran embassy)
まだ見通しがつく情報がないが、間もなく開催される、イラン核問題を恒久解決するためのイランと米露中英仏独との交渉がまとまりそうなので、地政学的変化に敏感な英国が、その前にイランとの関係正常化に動いたのかもしれない。イラン側は、イラクの危機の解決にイランが協力する見返りに、米国がイランとの核交渉の妥結に同意する連動があるかもしれないと言っている。(米国務省は、そういった連動を否定している) (US, Iran, longtime enemies, working toward nuclear deal, even talking about stabilizing Iraq) (Iran, Sextet start drafting final deal)
米国の政府や政界は、イラクに対する自国の影響力が急速に低下する中で、イランとの関係を強めるイラク政府を支援すべきかどうかをめぐって紛糾している。米国は06年以来、マリキ首相を支援し、選挙不正も容認してきたが、マリキがイランへの依存を強めた今になって、オバマ政権は、マリキは権力欲が強すぎると言って、マリキを辞めさせる策に転じ、イラクの他の政治家たちに、新たな連立政権を組んでマリキを追放するよう要請していると報じられている。 (White House Wants Maliki Out as Iraq PM)
マリキの与党ダワ党(親イラン)は、今年4月の議会選挙で勝ったばかりで、イラク政界で他を圧倒している。イラクが分裂してクルド人やスンニ派が中央政界を見放すとともに、多数派のシーア派はイランに頼ってスンニ派武装勢力と戦うために結束している。そんな中で、米国が望むマリキ追放の動きが成功するはずがない。マリキは権力を持ったまま、米国との関係を切ってますますイランに頼るだろう。 (Washington's Rats are Abandoning Maliki) (US wants Iraqi Prime Minister Maliki to `go')
米国がマリキの代わりにアハマド・チャラビを大統領にしたがっているという説も出てきた。駐イラク米国大使が、チャラビに会いに行ったという。チャラビはネオコンの人脈に属し、米国がイラク侵攻の大義とした「イラクは大量破壊兵器を持っている」という間違った情報を米当局に注入してフセイン政権を倒し、その後イラクの国会議員になり、米国と反目してイランに接近した人だ。もともとイランのスパイだったという説もある。米国がマリキを辞めさせてチャラビを首相に据えたとしても、イラクの政権が親イランであることに変わりない。米国は昔からイラクで大間抜けなこと(もしくは隠れ多極主義的な利敵行為)ばかりやっている。 (Challengers Emerge to Replace Divisive Maliki) (Can Ahmad Chalabi Take Over Iraq?) (米軍撤退を前にイラク人を怒らせる)
米政府はイラクに300人の軍事顧問団を派遣する。これだけ見ると、米国がイラクに軍事関与を続けるかに見える。しかし、米国が顧問団を派遣する理由は、米軍が最近のイラクに関する諜報情報を全く持っていないので、米空軍がスンニ過激派の拠点を空爆したくても、どこを空爆して良いかわからないからだ。彼らは、空爆すべき対象を確定するための諜報要員として派遣される。 (300 U.S. advisers heading for Iraq, but what will they actually do?)
米軍征服組の最高位であるデンプシー統合参謀本部長は、空爆すべき対象について十分な情報がないので、イラクのスンニ過激派の拠点を空爆することができないと発表している。この情報不足を解決するため、これから300人を派遣して情報集めするという話だ。 (US lacks intel to strike ISIL: Dempsey)
これは、まるで笑い話だ。米国は03年から11年まで何兆ドルもかけてイラクを軍事占領し、傀儡政権を置いた。米国は、イラクに関する詳細な諜報情報が恒久的に入る仕組みを残して去るのが常識だ。しかし今、米国はイラクに関して情報を持たず、あらためて泥縄で300人の要員を派遣してゼロから諜報集めをするという。米国のイラク戦争は、戦略的な基本を全く欠いた、大馬鹿な行為だった。内戦状態で、反米感情が強い今のイラクで、300人ぽっちの米国人がのこのこ出かけていって、何の情報を集めるつもりか。うまくやれたとしても、意味のある情報が集まるまでに何年もかかる。 (Obama to send 300 `military advisers' to Iraq)
米与党の民主党議員たちは、オバマの諜報要員派遣に反対している。米軍内にも「米空軍がISISの拠点を空爆すると、米軍がイランの軍勢を支援するための軍隊に成り下がるので反対だ」という意見が強い。 (Petraeus: U.S. Must Not Become the Shia Militia's Air Force)
03年の米軍侵攻まで、イラクに対する諜報活動はCIAが担当していた。03年の侵攻後、諜報担当は国防総省に集約され、CIAはすべてイラクから外された。11年のイラク撤退時、米軍は諜報部門を含む全ての機能を撤退したので、それ以降、米国はイラクでの諜報機能をすべて失った。イラクが大量破壊兵器を持っているというウソをでっち上げ、無理矢理にイラクに侵攻し、その後の占領戦略で失敗して占領の泥沼に陥らせたのは、国防総省に巣くっていた詭弁屋のネオコンやタカ派だった。 (諜報戦争の闇)
この経緯から、オバマは詭弁屋たちに不信感を持ち、国防総省が何と言おうがとにかくイラクから全撤退せよと命じた。諜報部門だけは残した方が良いという意見も無視され(もし残していたら、諜報部門の名目で数万人が残って撤退にならず、占領の泥沼から抜けられなかっただろう)米国はイラクにおける諜報機能をすべて失った。
米国は占領時代、バグダッドに世界最大の大使館を作り、今も5千人が勤務している。諜報部門の米軍が撤退したので、大使館も図体が大きいだけで戦略機能は低い。しかし、シーア派とスンニ派の内戦になったら米大使館は両派から攻撃目標にされかねないとの懸念から、米政府はバグダッドの大使館を守るために250人の海兵隊を派遣することにした。巨大な大使館は、米国にとってお荷物になっている。 (Keeping America's Baghdad Swimming Pools Safe From Fanatics)
最近の記事に書いた、ISIS(イラクとシリアのイスラム国)などスンニ派組織が陥落したモスルが意外と安定しているという話は、その後、確実さが増している。FTによると、モスルを統治しているスンニ派組織は、禁酒令を敷いて市内の酒屋を破壊したものの、女性の服装に対する厳しい取り締まりや、一般市民に対する暴行は行っていない。市場での値上げに対する取り締まりが行われ、物価も上がっていないという。イラク中央政府が、モスルへの電力供給を止めたので停電が起きているが、全体的にモスルは良い状況にあるとFTが報じている。モスルは今後ずっとスンニ派組織の統治下に置かれる可能性が増している。 (Fuel shortages and power cuts dominate Isis-controlled Mosul) (隠然と現れた新ペルシャ帝国)
ISISは一昨年から毎年、その1年間で自分たちがどこでどんなテロをやったか、どこで何人殺したかといったテロの年次報告書を発表している。またISISは、ユーチューブなどネットを積極利用して残虐なテロの光景の映像を広報し続けており、その結果ISISは残虐な組織だという印象が世界的に定着している。年次報告書やユーチューブなどの積極利用からは、ISISが意図的に残虐に見せたいと考えていることがうかがえる。対外的に残虐な悪い印象を流布する一方、自分らが占領したスンニ派地域の住民に対しては、良い印象を持ってもらえる行政をやっている。これは、従来の「アルカイダ」と全く異なるあり方だ。 (Selling terror: how Isis details its brutality)
ISISは、イラクとシリアの国境地帯のいくつかの町を攻撃して陥落し、すでに統治しているイラク西部とシリア東部をつなげ、この地域のイラクとシリアの国境線をなくして統一的な支配地域を作ろうとしている。モスル陥落がISISのシリアでの状況にどう影響するか不透明だったが、どうやらISISはイラク西部を陥落したことで強化され、シリア東部に対する支配も強めていきそうだ。シリアがISISとアサドに二分された状態が長く続く見通しが強まっている。 (ISIS `has become a single entity in Syria, Iraq')
シリアは6月3日に大統領選挙を行い、現職のアサド大統領が再選された。この選挙について、米国が派遣した監視団が先日、国連で記者会見し、選挙は不正が少なく正当なものだと述べ、米国がアサドの勝利を認めた。アサド敵視を続けるとISISを有利にしてしまうこともあり、米国は今後しだいにアサド政権への敵視を弱めていきそうだ。アサド政権が国際的に容認されるほど、イランに有利になる。しかもISISに国土の一部を占領されている限り、アサド政権は国土を統一できず、イランに対する依存を続けざるを得ない。 (US observers: Assad victory legitimate)
アサド政権のシリア政府軍は、内戦の長期化で疲弊し、兵力数も減っている。政府軍が反政府側から都市を奪還しても、その後の治安維持に必要な兵力数を確保できない。アサド政権は国内を安定するため、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラ(5千人をシリアに派兵)や、イランがイラクから呼んできた2-3万人のシーア派民兵など、イラン系の軍事勢力に頼るしかない。モスル陥落後、イラクのシーア派民兵はいっせいに自国防衛のためイラクに帰国したが、今後イラク側が安定したら、再びシリアにイラクのシーア派民兵が戻るだろう。 (Why ISIS gains in Iraq are reshaping Syrian regime's war strategy)
イラクがシーア、スンニ、クルドの3分割、シリアがISISとアサドに2分割されたまま、米国(米欧)がこの状況に介入する意志を失っていきそうな半面、イランがイラクとシリアの分裂状態を保持しつつ両国への影響力を行使し続ける「新ペルシャ帝国」が、しだいに明確化している。このイランの台頭に対し、米欧や中露、周辺のサウジアラビア、イスラエル、トルコがどう対応するかが、今後の注目点になる。今回の記事の冒頭に書いた、英国のイランとの外交の正常化が、対応の表れの一つだ。トルコもイランとの関係を改善している。サウジアラビアとイラクの間に挟まったクウェートの首長も、先日イランを初めて訪問した。
サウジアラビアに関しては、サウジと隣接するバーレーンとイエメンで、イランがサウジの利益を尊重する行動をする見返りに、イラクとシリア、レバノンにおけるイランの優勢をサウジが認めるかたちでの談合が行われるのでないかという見方が、米国の分析者から出されている。 (ISIS 'Achievements' in Iraq and Syria a Gift to the Iranian Negotiator?)
バーレーンは住民の多数派のシーア派が、スンニ派の君主に対して民主化を要求する反政府運動を続けており、サウジは君主を支援している。君主が倒されると、バーレーンはシーア派主導の、親イラン反サウジ的な国になるだろう。イランがバーレーンのシーア派に対する隠然とした支援をやめ、サウジに恩を売ることができる。内戦が続くイエメンでも、シーア派勢力が反サウジ的な活動を続けており、イランがサウジに協力すると、サウジにとって国境地帯の安定化につながるのでうれしい。 (Iran Rejects Yemeni Officials' Interference Claims)
同じ分析者の記事は、イスラエルとイランの関係について、もともとイランとイスラエルは、自分らより大きな勢力であるアラブ(スンニ派)を分断し弱体化しておくために(諜報的に)共闘してきたと書いている。すでに1980年代の「イラン・コントラ事件」で、イスラエルが79年のイスラム革命以来、イランに武器をこっそり輸出していたことが暴露されている。イランとイスラエルは表向き仇敵だが、対アラブで共闘しているという味方だ。米国がマリキの代わりにイラクの首相に推しそうだというアハマド・チャラビは、イランのスパイであると同時にイスラエルのスパイ(ネオコン)でもある。
イスラエルが国境を接するレバノンのヒズボラとずっと戦っており、ヒズボラはイランから支援されている。イスラエルとイランが裏で密通しているとしても、それは強い関係ではないとも考えられる。しかし、レバノンやシリアといったイスラエルの北隣でイランの影響力が強くなり、イランの影響圏とイスラエルが隣接していきそうな中で、イランとイスラエルに共謀する部分があることは、両国がイランとサウジのように、戦争を避けて折り合う可能性があることを示している。
たとえば、イスラエルが占領しているゴラン高原をシリアに返還し、シェバファームをレバノンに返還することで、イスラエルとシリア、レバノンが敵対をやめるというシナリオが以前から何度かイスラエル政界で取り沙汰されている。イスラエルがパレスチナ国家の創設を認めない限り、イランがイスラエルと国交を正常化することは考えられないが、両国が敵対を緩和して共存することはできる。イスラエルは米国の後ろ盾を失って弱体化しつつあるが、イランとしてはイスラエルを潰しにかかるより、イスラエルの存続を黙認して恩を売り、イスラエルとイランでアラブ(スンニ派)の台頭を防ぐ方が国益になる。
2014年5月20日 田中 宇
5月13日、サウジアラビアのファイサル外相が、イランのザリフ外相にサウジを訪問してくれるよう招待状を送ったと発表した。サウジは1978年のイスラム革命でイランが反米反サウジ的な国になって以来イランを敵視してきただけに、今回の招待は画期的と報じられている。 (Saudi Arabia extends historic invitation to Iran)
イラン側はすでに昨秋、サウジなどペルシャ湾岸のアラブ諸国(GCC)と和解したいと表明している。米国がイランとの核問題(米国などがイランに核兵器開発の濡れ衣をかけてきた問題)を、武力でなく交渉で解決する姿勢を見せ、イランと国際社会(米欧露中)の間で半年間の暫定協約が結ばれるのと並行して、イランがアラブ側に和解を提案した。しかしこの時サウジ王政は「イランは重要な国だ。仲良くしていきたい」といった和解的な表明をしただけで、外相の相互訪問など具体的な和解策に踏み切らなかった。 (中東政治の大転換)
GCCの中でも、歴史的にイランとの関係が比較的強いカタールやオマーンは、イランとの協調関係を強めている。だが、GCC盟主のサウジはイランと和解せず、今年3月のGCCサミットでは、イランと和解したカタールを非難する決議をサウジ主導で可決した。サウジや、傘下のUAEなどは、カタールに駐在する自国大使を召還し、サウジ批判を放送する衛星テレビ・アルジャジーラに閉局を迫った。サウジは、それから2カ月も経たないうちにイランとの和解に応じる姿勢を見せたことになる。 (アルジャジーラがなくなる日) (Saudi Arabia moves to ease regional tensions with Iran)
米欧の分析者たちは、サウジがイランと和解に転じた理由について、シリア内戦が終結に向かっていることを挙げている。2011年からのシリア内戦で、サウジは反政府勢力を支援し、イランに支持されたアサド政権を倒そうとしたが、アサドの政府軍に勝てなかった。政府軍は反政府勢力が支配していた地方都市を次々に陥落し、アサドは来月の選挙で3選されそうだ。ロシアやイランは、もうアサドの政権が転覆されることはないと勝利宣言している。サウジは、シリア内戦終結後の中東政治における不利を避ける目的で、イランとの和解を目指していると指摘されている。 (Saudi bid to Iran, admission of defeat) (Is this the beginning of the end for Syrian rebels?)
私自身の分析は、上記と異なる。シリア内戦での失敗は、サウジがイラン敵視をやめる一因だが、最大の要因でない。最大の要因は、米国がイランの台頭を誘発する形で、イランに対する核兵器開発の濡れ衣を解いていることだ。サウジの外相がイラン外相に招待状を送ったと表明した日は、ちょうど米国からヘーゲル防衛長官がサウジを訪問し、GCC諸国の防衛相を集めてイランに対抗する戦略を話し合う安全保障会議が開かれるタイミングだった。ヘーゲルはこの日、サウジなどGCC諸国に「団結してイランの脅威と対決しよう」と呼びかけた。だがサウジは「米国自身が、イランと対決する意志などないくせに」と皮肉るかのように、イランに和解を提案した。 (Unite against Iran: Hagel tells Arabs)
サウジは以前から、米国がイランを隠然と強化する敵対解除策をやるたびに、米国を直接非難するのでなく、米国に協力しない方向の行動をとることで、米国への批判を間接的に表明している。たとえば昨年10月、米国がイランと和解する姿勢を打ち出し、イランのロハニ大統領が国連総会で演説して英雄視された時、サウジは米国のために2年間立候補活動をやって獲得した国連安保理の非常任理事国への就任を辞退する決定を下した。 (◆米国を見限ったサウジアラビア)
サウジの外相は、イランに招待状を送ったと発表したが、イラン外務省は翌日、招待状など届いていないと表明している。サウジが実際に招待状を送ったかどうかよりも、米国の戦略を揶揄する意味を込めて招待状を送ったと表明したことに意味がありそうだ。 (`No invitation from KSA for Zarif visit')
和解的であれ、敵対的であれ、中東の地域大国どうしであるイランとサウジは、ライバル関係にある。サウジは、以前からパキスタンを経済支援しているが、同時にパキスタンはイランとパイプラインをつないで天然ガスを輸入する友好関係になろうとしている。サウジはそれを嫌がり、もっと経済支援するからイランとパイプラインをつなぐなとパキスタンに圧力をかけている。こうした影響力の競争は今後も続くだろう。 (Saudi grant kills Iran-Pakistan pipeline)
しかし同時にいえるのは、米国の覇権低下によって、米国の覇権に強く依存する国策をとってきたサウジが劣勢になり、米国と対立してきたイランが優位になっていることだ。米国はサウジが世界の産油国の主導役であることを認める代わりに、サウジは石油の国際決済がドルだけで行われるドル基軸制を守り、イスラエルに牛耳られる米政界が望むイラン制裁に協力するのが、これまでの米サウジの同盟関係だった。米国の覇権低下は、この同盟関係を失わせる。 (◆米国依存脱却で揺れるサウジアラビア)
米欧露中(P5+1)とイランは昨年末、イランが核開発を自粛する代わりに米欧がイラン制裁を一部解除する半年間の暫定的な和解合意を結んだ。今年7月20日までに、暫定合意を確定的な和解合意として締結し直す必要がある。それが当面の最大の注目点だが、米国はイランに対し、これまでの合意になかったウラン濃縮用遠心分離器の総台数の劇的な減少を求めるかもしれず、そうなるとイランは間違いなくこれを拒絶し、交渉決裂になると予測されている。 (US "Political" Breakout Demand Could Derail Iran Nuclear Talks) (Likud minister Steinitz slams Kerry's remarks on Iran as 'unacceptable')
しかし、もし米国が新たな条件を出して交渉を頓挫させ、イラン核問題を未解決のままに置いたとしても、米欧以外の諸国が制裁を迂回や無視してイランとの関係を強化する昨年からの流れは変わりそうもない。2月以来のウクライナ危機で、ロシアは米国の世界支配を無視・妨害する姿勢を強めている。ロシアはバーター取引などでイランとの貿易を拡大している。中国は、イランへの武器輸出を増やしたい構えだ。 (White House concerned about Russia's oil for goods deal with Iran) (China aims to boost military relations with Iran)
サウジがイランを招待すると発表した直後の5月19日には、クウェートの首長(元首)が6月1日に初めてイランを訪問することが報じられた。クウェートはもともと英国、アラブの大産油国で人口も多く潜在力があるイラクを封じ込めるため、イラクの唯一の石油積出港があるユーフラテス河口地域をおさめていたサバハ家に建国させた英傀儡国だ。その特殊な歴史ゆえ、クウェートはGCC加盟国だがサウジ主導の経済統合から距離を置き、独自の国家戦略を採っている。クウェートは3月からイランとの和解希望を表明していた。 (Kuwaiti monarch to visit Iran next month) (Kuwait urges Iran ties to fight extremism)
世界有数の石油と天然ガスの産出国であるイランは、まだ米欧に制裁されている状態なのに、すでに制裁を完全解除されたかのように非常に強気だ。イランは最近、中国企業CNPCに発注していた南アザデガン油田の開発契約をキャンセルした。同油田は以前、米欧企業が開発を受注していたが、2010年からの米欧による経済制裁を受けて米欧勢が撤退し、代わりに中国企業が助け船を出して安値で受注した。しかし今回、制裁が解除・無効化されていきそうな中で、イランは、条件が悪く開発技術もまだ米欧勢に劣る中国勢との契約を破棄し、もっと好条件を出しそうな欧州勢などと新たな契約先との交渉に入っている。 (Iran Cancels $2.5 Billion Contract With Chinese Oil Company)
欧州諸国は、ウクライナ危機で米国に引きずられ、ロシアの天然ガスへの依存を低めねばならない。それを見たイランは「条件が合えば、欧州に天然ガスを売ってやっても良い」と豪語している。イランからトルコを通って欧州に天然ガスを送るパイプラインは、対イラン制裁開始前にかなり建設が進んでいる。イランはロシアと同様、中国など東アジア諸国と欧州を両にらみで石油ガスを売れる地理的な強みを持っている。 (`Iran ready to export gas to Europe')
4月下旬には、米国旗をつけた、米財界人らが共同所有する旅客機がテヘランの空港に駐機しているのが目撃されている。経済制裁が緩和される中で、米国の財界人たちがイランとの貿易再開の準備をしていることがうかがえる。 (Iran Gets an Unlikely Visitor, an American Plane, but No One Seems to Know Why) (Plane Spotted in Iran Is Registered to Utah Bank)
米国が、自国にとって脅威でないイランに核兵器保有の濡れ衣をかけて敵視制裁している理由は、イランが脅威であるイスラエルの右派政治勢力(AIPACなど)が米議会に大きな影響力を持っているからだ。米議会は引き続きイスラエル右派に牛耳られているが、大統領府(オバマ政権)は最近、米国が仲裁した中東和平交渉が失敗した理由をイスラエルのせいにしたり、イスラエルが米政財界をスパイしていることを暴露するなど、米国を牛耳るイスラエルに批判的な態度をとるようになっている。 (Israel's Aggressive Spying in the U.S. Mostly Hushed Up) (US officials: Even if Israel doesn't like it, Palestinians will get state) (Report: US Intelligence Officials Say 'Israel Crossed the Line')
オバマ政権は昨年から、イスラエルの若者が米国に入国ビザを申請した場合に拒否する率を16%から32%に高めている。訪米するイスラエル人の中にスパイ(モサド要員)が多いので、疑わしい若者を入国させない方針をとっている。米国は表向きイスラエルを最重要の同盟国と言っているが、実際のところイスラエルへの不信や警戒を強めている。 (Report: US Intelligence Officials Say 'Israel Crossed the Line')
オバマ政権は、イスラエルの拘束から逃れてイランとの核交渉を妥結しようとするが、イスラエルに牛耳られ続ける米議会は、それを妨害してイラン敵視と制裁を続けようとする。米国はこの分裂と決定不能の結果、自国のイラン敵視策を改めない一方で、欧州や中露、日韓などがイランと協調関係を再強化していくのを黙認する傾向を強めている。サウジやクウェートなどがイランと和解せざるを得なくなっているのも、この流れの中にある。 (Iran Role Resurges With Nuclear Talks, Saudi Overture)
皮肉なことに、イスラエル自身、オバマ政権がイランの台頭を黙認し、米国の影響力が低下するのを受けて、イランを敵視し続けることが困難になっている。イスラエルは昨年から、米国に頼れないならサウジなどアラブ諸国との関係を強め、イスラエル・サウジ連合がイランと対決する構図を作ろうと動いている。4月中旬には、イスラエルのリーバーマン外相が、イランとの敵対戦略を協議するため、サウジやクウェートの高官と秘密裏に会っていることを公表した(サウジ側は否定)。 (Saudi Arabia denies Lieberman's claim of secret diplomacy)
しかし、こうしたイスラエルの努力も、今回サウジとクウェートが相次いでイランと和解する態度を表明したことで、失敗の可能性が高まっている。中東では、かつてイスラエルと仲が良かったトルコも、今では反イスラエル・親イランの側だ。米国の後ろ盾を失いつつあり、サウジとの結託も失敗したイスラエルが自滅を免れるには、露中あたりに仲裁してもらってイランとの敵対を解消していくしかない。イスラエルがイラン敵視をやめるなら、その前に米国のイラン敵視策が雲散霧消するだろう。 (Report: Israel eyes anti-Iran security pact with gulf states)
今春、米国が仲裁した中東和平交渉が失敗した後、イスラエルは、自国の外交的な立場を強化することなど無視して、パレスチナ人の土地を急いで奪うことを最優先にやっている。パレスチナ側は、自分らを強化するため、西岸のファタハ(左派世俗主義)とガザのハマス(イスラム主義)が数年ぶりに連立政権を組むことを決め、イスラエルに、連立政権との再交渉を求めている。米国は連立政権を容認し、米国の勧めでイスラエルの交渉担当のリブニ元外相がパレスチナのアッバース議長と英国で会談したが、イスラエルのネタニヤフ首相は「会談はリブニが勝手にやったものだ」と切り捨て、パレスチナ側との交渉拒否を続けている。 (Netanyahu: Livni did not represent Israel in meeting with Abbas)
イスラエルは、米国の覇権が残っていてイスラエルが世界から制裁されないうちに、パレスチナ人に与えられるはずの東エルサレムやヨルダン川西岸の土地からパレスチナ人を追い出し、できるだけ多く実質的にイスラエル側に編入しようしている。入植住宅の建設加速のほか、東エルサレムでは古代遺跡の発掘も土地奪取のために使われている。 (With Peace Talks Off, Netanyahu Looks at Unilateral Moves) (Israeli settlers in occupied Palestinian West Bank may increase by 50% by 2019, says far-right Housing Minister Uri Ariel)
イスラエルの考古学者は最近、東エルサレムのパレスチナ人の街区内で、古代のイスラエル王国を建国したダビデ王が征服したエルサレム要塞の遺跡を発見したと発表した。遺跡がダビデ王の時代の要塞跡だと考えられる根拠はとぼしく、欧州などの関係者は、イスラエルが東エルサレムをパレスチナ人から奪うためのでっち上げでないかと疑っている。同遺跡の発掘は、ユダヤ人入植者の団体が資金を出している。イスラエルはこれまでも東エルサレム周辺で、根拠のとぼしい古代遺跡の発掘をいくつか行っている。「死海古文書」を含め、イスラエルは自国に都合の良いように考古学をねじ曲げてきた疑いがある。 (Is this the lost citadel of the King David who beheaded Goliath? Or is it just another attempt to extend Jewish control in East Jerusalem?)
パレスチナ国家建設や中東和平交渉は、第二次大戦直後に米英が作った枠組みだ。米英覇権が低下すると、パレスチナ国家の建設をイスラエルに強要する勢力はいなくなる。次世代の覇権勢力であるBRICSが、イスラエルにどんな枠組みを求めてくるか不明だ。この覇権移行期の未決定な状態が続く間に、イスラエルは、自国に隣接する西岸や東エルサレムからパレスチナ人を追い出し、現場の状況を自国に都合の良いように変えてしまうつもりだろう。中露やアラブは、米英よりも現実重視(あるべきだ論軽視)なので、イスラエルが現場の状況を変えてしまえば、元に戻せと強く言われることはないとイスラエルは考えているのだろう。 (中東和平の終わり)
このほか中東では最近、トルコ政府が数十年続けてきたクルド人敵視をやめて「クルド」の名を冠した政党の設立を認める画期的な動きを開始した。連動して、トルコからの分離独立を希求してきたクルド人の政党PKKが、もう分離独立を希求しないと表明した。これらは、7月の選挙で首相から大統領に鞍替えを目指す「プーチン方式」をやろうとしているトルコのエルドアン首相が、クルド人を味方につけて選挙に勝とうとする戦略の表れだ。トルコは、キプロス島でのギリシャとの和解も近く進むかもしれない。トルコのことは改めて書きたい。 (New Party Name Breaks `Kurdistan' Taboo in Turkey) (Senior PKK Leader Says Group No Longer Seeks a Kurdish State) (Turkish Cypriot: Cyprus accord possib