第三次世界大戦を阻止するブログです。
シリア騒乱と修羅の世界情勢
96歳の女王はリリー・ベイトに一瞬の時計を費やしたが、ハリメガンはショックを受け、失望し、動揺した
リトルナイン 2022/06/15
96歳の女王にとって、家庭や万事興ほど大切なものはない。 すでに年老いた強い老人は、たとえ身体が以前より劣っていても、毎日身体の不自由に悩まされていても、子供や孫の生計や将来を心配することを忘れません。
女王は、かつて「セックススキャンダル」に巻き込まれた次男アンドリュー王子が新しい生活を再開できるように、61歳の次男のための新しい方法を見つけようと家族会議を開催したと伝えられています。 「女王は家族会議を主催し、アンドリューに新しい役割を与え、世間の目から遠ざけ、ゆっくりと別の方向に彼の人生を再構築したいと考えています」と、情報筋が明らかにしました。
同様に、ハリー王子とミーガン・マークルがアメリカでよりよく暮らせるように、女王は王子と元アメリカの女優の使用と計算を数え切れないほど計画していた。
したがって、家を出てから2年以上が経ち、サセックス夫妻がハーグの「征服できない」ゲームに参加する途中、女王を訪ねたとき、老人は、彼らの即位70周年のお祝いに戻るように寛大に招待しました。
しかし、驚いたことに、ハリーは振り向いて、女王との出会いの詳細をメディアに売った。 すでに2人の子供を持つ38歳の父親は、彼の孫の出会いの詳細を誇張するだけでなく、女王の招待を「軽んじている」。 ハリー王子は、いわゆる「安全保障問題」のために、「もちろん、家族を連れて彼女(女王)に会うのを楽しみにしています。 しかし、あなたはまた、セキュリティが大きな問題であることを知っている..."
もちろん、ハリーがインタビューで言ったことの多くは、再び鼻をかむ冗談でした。 その結果、人々は、彼らの口の中で、彼らは戻るかどうかわからないが、結局、彼らは顔を無視して家を引きずり、口をつぐんで戻ってくるのを見ました。
帰国前に、ハリーとミーガンは、彼らが厳密に「スクリプトに従って歩く」と女王に保証し、控えめに振る舞うことを約束しました。 しかし、結果は「江山は変わりやすい、自然は移りにくい」という言葉のように、まだ同じです。
女王の即位プラチナジュビリーの祝賀会の推力は、女王の過去の業績、貢献、王室の将来の新しい外観をよりよく示すことであり、したがって、非王室のメンバーにあまり注意を払わないでしょう。 バッキンガム宮殿のバルコニーの衣装と豪華なロイヤルワゴンパレードは、ハリーとミーガンに「プロット」を手配しませんでした。
しかし、保証にもかかわらず、2人の評判指数は一般的に低いことが知られている。 彼らに「プロット」を手配しなかったが、初期の芸能界のミーガン自身が自分自身をプレイするのを止めることはできません。
バッキンガム宮殿に向かう途中、ミーガンは危険を冒して窓を降ろした。 バッキンガム宮殿の裏にある建物の「小さなバルコニー」(非ワーキング・ロイヤル・メンバーは、パレードや飛行ショーを見るためにそこに配置されています)に、大人の王室の親戚に冷たく後ろに、ミーガンは、メディアの注目を集めるために誇張され、コミカルな動きをするために、窓辺で賑やかな子供たちのグループの隣に走りました。 彼女を失望させなかったのは、タブロイド紙の記者がメーガンが軍事パレードでいくつかのショットを残すのを非常に珍しく助けたことです。 しかし、ハリーとミーガンは、ロイヤルパレードの生放送を通して、鏡に映る機会がなかった。
実際、このようなハリーとミーガンは予想外ではありません。 しかし、他の重要でない王室のメンバーとの「車(イベント会場への同じバッチ)を避けるために、故意に出発を遅らせたというニュースを読んだとき、彼らは「幼稚で愚か」に驚かされました。
王室の公開イベントでは、重い重量を量る人が多いほど、後ろから到着します。 通常、女王の最後の1つに。 チャールズ皇太子とカミラは、ここ数ヶ月間女王が不在の時に到着しました。 ハリーとミーガンは、王室を辞める前に、王室の地位に適切な「列A」でした。 王室の職を辞任すると主張した後、二人は当然「B列またはC列」に転落した。
ここで注意すべきことは、女王が96歳であり、体調が劣っているにもかかわらず、老人の仕事から判断すると、女王は若い頃と同じくらい賢明で大胆であることを示している。 ハリーとミーガンは2日足らずで帰宅し、慎重さと計算だけでなく、非常に自己スマートにすべてを行います。
誰もが自分の行動や決定に責任を持つべきです。 A級王室のメンバーであるのは、今、あなたの意志を尊重し、あなたは「列B」として扱われることに耐えられないあなた自身です。 これは何の意味がありますか?
ミーガンとハリーの言動を考えると、女王も知っている。 ロンドンでの活動の後、ウィンザー城に戻り、女王はリリー・ベイトと同じ名前のひ孫娘に会うことにしました。 6月11日、外国メディアは、女王がハリメガンの待望の会議に「顔」を与えていないと報じた。 情報筋によると、女王は家族に15分しか残さなかった。
ハリーとミーガンがプライベートフォトグラファーに、女王とリリー・ベイト・ジュニアが初めて会った感動的な写真を撮り込もうと頼んだとき、女王は2つの単語「ノー・チャンス」で直接拒否しました。 理由を尋ねられると、女王はハリーとミーガンがアメリカのメディアに写真を売るのではないかと心配していると率直に言った。 女王の返事はハリメーガンを驚かせ、失望させた。 王室筋は「これは迅速な「出入り」だと明かした。 短くてフォーマルな時間です」
ハリーとミーガンが4月に訪問した場合、女王はカウントしません。 だから、女王は2人が不誠実にイギリスに戻った後、冷たくなっていたに違いない。 王室の専門家は、女王はハリーとミーガンが王室との亀裂を修復するために誠意をもって再会することを望んでいると明らかにしました。 しかし、ハリーとミーガンは、おばあさんの善意を全く感じなかったようだ。 彼らは戻って、彼らが王室の重要なメンバーであることを外界に見せたいと思いました。 だから、彼らが現在のアイデンティティに見合った扱いを受けたとき、彼らは再び無謀に「抵抗」しました。
同じ過ちで、ハリーとミーガンは2日連続で2回犯したと伝えられている。 6月5日、セントポール教会で女王の感謝の式に出席する前に、サセックス夫妻は、他のB、C列の王室のメンバーと同じバッチで教会に到着するのを避けるために、古い父親チャールズ皇太子とカミラとの会談で50分遅れました。
他人から尊敬されるには、まず他人を尊重する方法を学ばなければならない。 ハリーとミーガンのチャールズに対する態度は、古い父親の容赦ない(彼らの経済的起源を断ち切り、実際にはそうではない)と「遺伝的苦痛」を率直に非難した後、まだ無謀に、そして軽率に行動することができる。 チャールズがサンパウロの教会で、長男ケイト・ミドルトンと義理の息子ミーガンに対して、この薄っぺらなことを説明するのは難しくありません。
今まで、ハリーとミーガンは自分の問題に気づいていなかったようです。 外国メディアによると、2人はプラチナ・ジュビリー・セレブレーション中に受けた扱いに不満を抱いており、王室の謝罪を期待している。 想像できるが、この謝罪は起こりそうにない。 王室の伝記作家アンジェラ・レビンは、メディアとのインタビューで、「ハリーとミーガンが正しいことに謝罪した」と語った。 皆さんを傷つけたら、心を開いて受け入れてくれるとは期待できません。
ハリーとミーガンがイギリスに戻ってきたとき、王室の立場は明確に表明された。 女王、チャールズとウィリアム、ケイトは、アイコンタクトさえ持たずに、公の場で彼らと交流しませんでした。 これは、実際には明確なカットを行っていると考えることができます。
落ち込んで、落ち着き、失望の気分でサンタバーバラの別荘に戻った後、ハリーの内なるうつ病は和らげられなかった。 落下王子はポロで内なる負のエネルギーを発散するしかなかった。 ハリーは金曜日に馬のコートに姿を現したが、メーガンは現れなかった。 だから、夫と妻の愛(ミーガンはハリーに頬を拭く口紅)のトリックを上演しませんでした。
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アメリカの景気後退の深刻化と金融危機の長期化
2007年夏以降のサブプライム住宅ローン問題に端を発する住宅金融市場の混乱に加 え、エネルギー価格高騰等の影響を受けた個人消費の減速等から内需は落ち込み、ア メリカ経済は同年12月より景気後退局面に入っている。08年前半には、ドルの減価等 を背景とする輸出増加や経済対策に基づく個人消費の下支えなどにより景気の持ち直 しの動きがみられたものの、同年9月のリーマン・ショックを契機に金融資本市場は 極度の混乱に見舞われ、「100年に一度」と形容されるまでの金融危機に陥った1 。さら に、金融資本市場の混乱は実体経済にも波及し、アメリカの景気後退を一層深刻なも のとしている。 08年秋以降、各種の金融安定化策、景気刺激策が次々と打ち出され、景気回復に向 けた精力的な取組が行われている。今後はこうした政策の効果が徐々に現れてくるも のと考えられるが、09年は大幅なマイナス成長、10年もゼロから1%の成長にとどま る可能性が高く、金融危機と実体経済の悪循環により景気後退が長期化するものと見 込まれる。 本節では、08年秋以降のアメリカ経済の現状を概観した上で、今後の景気回復に向 けた動きを探る上で重要な4つのポイント―金融危機と実体経済の負の連鎖構造、雇 用情勢、消費動向、金融安定化・景気刺激策とその効果―を取り上げ、考察を加える。 1.厳しさを増すアメリカ経済 ●内需の低迷により成長率は大幅なマイナス アメリカの景気は後退しており、金融危機と実体経済の悪循環により深刻な状況に ある。08年の実質経済成長率は1.1%となり、前回の景気後退期に当たる01年(0.8%) 以来の低成長となった。四半期別の動きをみると、08年7~9月期以降、3四半期連 続のマイナス成長となり、特に08年10~12月期以降は、第二次石油危機後のスタグフ レーション下にあった1982年1~3月期(前期比年率▲6.4%)以来の大幅なマイナス 成長が続いている(第1-2-1図)。 需要項目別にみると、内需は08年4~6月期以降、4四半期連続のマイナスが続い ており、09年1~3月期は前期比年率▲7.5%となるなど、80年4~6月期(同▲ 11.3%)以来の大幅なマイナスとなっている。住宅投資では06年1~3月期以来、13 四半期連続で二けたのマイナスの伸びが続いている。GDPの7割を占める個人消費 1 内閣府(2008) は、原油価格高騰等に伴う物価上昇の影響や、雇用情勢の急激な悪化等により、08年 7~9月期、10~12月期と、3~4%台の大幅なマイナスとなったが、09年1~3月 期は、特殊要因や前期までの大幅減に対する反動等により前期比年率1.5%となり、3 四半期ぶりにプラスに転じている。また、設備投資についても、機械・ソフトウェア 投資、構築物投資等、構成項目が総じて大きく落ち込んだことなどから、09年1~3 月期には前期比年率▲36.9%となり、過去最大の大幅なマイナスとなった。このため、 内需は、08年7~9月期には前期比年率▲1.5%、同年10~12月期には同▲5.9%、09 年1~3月期には同▲7.5%と、大きく減少している。 一方、外需については、07年半ば以降、ドルの減価の影響等もあって輸出が伸びる とともに、民需の低迷から輸入が大きく減少したため、1%前後から2%を超えるプ ラスの寄与が続いてきた。この間、内需については上述のようにほぼマイナスの伸び が続くなど低迷しており、アメリカ経済は外需依存型の成長パターンだったといえる。 08年10~12月期には、海外需要の減退による輸出の減少が民需の低迷による輸入の減 少を上回ったことから、外需の前期比年率寄与度は▲0.2%となったが、09年1~3月 期には同2.2%となるなど、再びプラスとなっている。 第1-2-1図 実質経済成長率の推移 2.0 2.8 1.1 3.0 2.6 3.8 1.3 4.8 2.7 0.8 1.5 0.1 4.8 4.8 ▲0.2 0.9 2.8 ▲0.5 ▲6.3 ▲5.7 -10 -8 -6 -4 -2 0 2 4 6 2006 07 08 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 (年) 2005 06 07 08 09 (備考)1.アメリカ商務省より作成。 2.「その他寄与」は、在庫投資と政府支出の合計。 住宅投資 寄与 純輸出寄与 設備投資 寄与 個人消費 寄与 (期) (年) (前年比、前期比年率、%) 四半期系列 その他寄与 ●需要低迷を反映し、生産活動は大きく縮小 内外における需要の大幅な低下を受けて、生産は大幅に減少している。07年12月を ピークに生産は減少に転じ、09年1~3月期には02年1~3月期以来の生産水準まで 低下している。特に、自動車部門は、自動車販売の不振もあり、08年春以降、前年同 月比で二けたのマイナスが続くなど大幅な生産調整が行われている。また、比較的安 定していたハイテク部門についても、08年秋以降、減産が続いている。 製造業の出荷・在庫バランス(出荷の前年比-在庫の前年比)をみると、07年末以 降、出荷は前年比で増加していたものの在庫の伸びが加速したことから、出荷・在庫 バランスはマイナスに転じた(第1-2-2図)。さらに08年半ば以降は、厳しい生産調整 を受けて、在庫の圧縮が続いているものの、出荷が前年比でマイナスに転じたことか ら、出荷・在庫バランスは大幅なマイナスで推移しており、在庫の調整局面が続いて いる。ただし、09年に入ると、出荷・在庫バランスのマイナス幅が縮小に向かってお り、在庫調整の進展の動きもみられる。 企業の設備稼働率も大幅に低下している(第1-2-3図)。製造業では、近年8割近く まであった稼働率が、09年4月には65.7%と1948年の統計開始以来の最低水準を更新 した。特に販売が大きく低迷している自動車産業については、一時、4割を下回る水 準(09年1月:37.8%)まで低下した。こうした中、企業マインドについては、08年 を通じて景況判断の境目となる基準を大きく下回っており、過去最悪の水準にまで急 速に悪化した(第1-2-4図)。09年に入ってからは、製造業部門を中心にマインドの改 善が続くものの、依然としてその水準は低い。 (備考)アメリカ商務省、連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15 1 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 3 5 7 9111 34 2001 02 03 04 05 06 07 08 09 90 95 100 105 110 115 (%) (月) (年) 製造業在庫 (前年比、逆符号) 製造業出荷 (前年比) 製造業出荷・在庫バランス (出荷前年比-在庫前年比) 第1-2-2図 出荷・在庫バランスと鉱工業生産指数 鉱工業生産指数 (総合、右目盛) 出荷増加・ 在庫減少 出荷減少・ 在庫増加 (02年=100) 第1-2-3図 設備稼働率の推移 30 40 50 60 70 80 90 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 2004 05 06 07 08 09 (%) (備考) 連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 (月) (年) 自動車・ 同部品 製造業 機械 非耐久財 コンピュータ・電子製品 -50 -40 -30 -20 -10 0 10 20 30 40 50 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 2005 06 07 08 09 30 35 40 45 50 55 60 65 70 (月) (年) 第1-2-4図 製造業の景況指数 フィラデルフィア連銀景況指数 ニューヨーク連銀景況指数 ISM景況指数(右目盛) (備考)1. 全米供給管理協会(ISM)、ニューヨーク連銀、フィラデルフィア連銀より作成。 2. ニューヨーク連銀景況指数はニューヨーク州の、フィラデルフィア連銀景況指数は、 ペンシルバニア州、ニュージャージー州、デラウエア州の製造業における景況感や 経済活動の現状を、それぞれ指数化したもの。 3. ISM製造業景況指数は50、ニューヨーク及びフィラデルフィア連銀景況指数は0が、 それぞれ景況感の境目を示す。 ●急速に悪化した雇用情勢 景気後退の深刻化は、雇用情勢にも現れている。非農業部門雇用者数は、08年9月 以降、減少幅が急激に拡大しており、08年11月以降6か月連続で前月比50万人超の減 少となった。また、失業率についても、08年半ば以降急上昇し、09年4月には8.9% と、83年9月(9.2%)以来の高水準となっている。こうした雇用情勢の急速な悪化 は、所得の減少を通じて、個人消費を抑制することが懸念される(詳細については、 後述の「3.雇用情勢の悪化と政策対応」「4.消費の減少」を参照)。 ●縮小する貿易収支赤字 内外の需要が低迷する中、貿易収支赤字は、このところ急速に縮小している。08年 の貿易収支赤字(国際収支ベース、季節調整済)の推移をみると、10月までは毎月600 億ドル前後の水準が続いていたが、11月には424億ドル、12月には399億ドルとなるな ど、大きく減少している。09年2月には、前月比▲27.9%の261億ドルとなり、99年11 月以来の低い水準となった(第1-2-5図)。08年8月以降、輸出、輸入ともに減少傾向 が続いているが、輸入額の減少幅の方が輸出額の減少幅よりも大きいため、貿易収支 の赤字幅は縮小している。輸入額が大幅に減少している要因としては、アメリカの景 気後退が急速に深刻化し、国内需要が海外需要以上に減少していることに加え、08年 夏を境に原油価格が大きく下落したことから、原油・石油製品を中心に工業原材料の 輸入額が大幅に減少していることなどが挙げられる。 (備考)1.アメリカ商務省より作成。 2.貿易収支は国際収支ベース、名目値、季節調整済。 0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 2006 07 08 09 -900 -800 -700 -600 -500 -400 -300 -200 (月) (年) (億ドル) (億ドル、逆目盛) 財・サービス 輸出 財・サービス 輸入 財・サービス収支 (右目盛) 小 大 財・サービス 収支赤字幅 第1-2-5図 財・サービス収支の推移 ●経済指標は歴史的にみて長く深い景気後退を示唆 今回の景気後退は、過去の景気後退と比べ、どの程度深刻なものとなっているので あろうか。まず、景気後退の長さについてみると、現在の景気後退期間は07年12月か ら始まっており、09年5月で17か月目となり、これまで戦後最長とされていた第一次 石油危機後の景気後退(73年11月~75年3月、16か月)、第二次石油危機後のスタグフ レーションと金融引締めによる景気後退(81年7月~82年11月、16か月)を超える景 気後退となっている。また、景気後退の深さについても、過去の景気後退局面におけ る経済指標の動きと今回の景気後退を比較してみると、今回の主要な経済指標(実質 経済成長率、住宅着工件数、鉱工業生産指数、失業率)は、いずれも、第一次石油危 機後の景気後退時と同等か、もしくはこれを上回る速さで悪化している(第1-2-6図)。 アメリカ経済の先行きについては、金融市場の動揺が継続していることなどから、景 気後退が長期化するリスクが高い。 第1-2-6図 過去の景気後退との比較 85 90 95 100 105 110 -30 -24 -18 -12 -6 景気の山 6 12 18 24 30 1973年11月 1981年7月 1990年7月 2001年3月 2007年12月 今回の景気後退 40 80 120 160 200 240 -30 -24 -18 -12 -6 景気の山 6 12 18 24 30 1973年11月 1981年7月 1990年7月 2001年3月 2007年12月 今回の景気後退 76 80 84 88 92 96 100 104 60 80 100 120 140 160 180 200 -30 -24 -18 -12 -6 景気の山 6 12 18 24 30 1973年11月 1981年7月 1990年7月 2001年3月 2007年12月 -30 -24 -18 -12 -6 景気の山 6 12 18 24 30 1973年11月 1981年7月 1990年7月 2001年3月 2007年12月 今回の景気後退 今回の景気後退 (備考)アメリカ商務省、アメリカ労働省、連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 (景気の山=100) (景気の山=100) (景気の山=100) (景気の山=100) (月数) (月数) (月数) (月数) 実質GDP 住宅着工件数 失業率 鉱工業生産 2.金融危機と実体経済悪化の悪循環 このように、アメリカでは景気が後退しており、深刻な状況が続いているが、この 背景には、08年9月15日の大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんに端を発した 金融危機の影響がある。今回の金融危機については、金融機関の経営不安や一部金融 市場の機能不全が継続しているなど、いまだ収束する兆しがみえていない。このため、 金融部門の機能低下が信用収縮等を通じて大きな下押し圧力となり、実体経済に負の 影響を及ぼしている。さらに、足元では、実体経済の落ち込みが不良債権の増加等を 通じて金融機関のバランスシートを悪化させ、更なる信用収縮につながるなど、金融 危機と実体経済悪化の悪循環が生じている(第1-2-7図)。こうした事態がアメリカの 景気後退を一層深刻なものとしている。 金融システムの安定化が景気回復の不可欠の条件と認識される中、08年秋以降、金 融安定化に向けた様々な取組が行われている。今後のアメリカ経済の回復の姿を見極 める上で、金融市場における主体である金融機関、家計、企業を取り巻く状況を把握 し、金融危機と実体経済悪化の悪循環の様相をとらえることは極めて重要である。 以下では、こうした金融部門と実体経済の負の連鎖構造について検討する。 第1-2-7図 金融危機と実体経済悪化の悪循環 金融部門 実体経済 実体経済の悪化 個人消費 の減少 設備投資 の減少 輸出 不良債権 の減少 金融機関の の増加 バランスシート の更なる悪化 信用収縮 証券化商品 の価格下落 金融市場の混乱 金融危機 金融機関の バランスシートの悪化 住宅投資 の減少 世界的な 経常収支 不均衡 金融機関の 不十分な リスク管理 金融機関の 高レバレッジ 国際的な 資金流入拡大 住宅バブルの発生 住宅バブルの崩壊 (1)金融部門から実体経済への影響 ●貸出態度の厳格化 06年に入ってからの住宅市場のバブル崩壊とその後のサブプライム住宅ローン問題 による住宅金融市場の混乱は、住宅ローン証券化商品の価格下落を招き、そうした商 品を保有する金融機関のバランスシートを大きく悪化させることとなった。多額の不 良資産を抱え、財務状況が悪化した金融機関は、家計や企業への貸出態度を厳格化さ せている。金融機関における貸出態度の厳格化は、当初、住宅ローンだけでみられた が、07年8月のヨーロッパ大手金融機関BNPパリバ傘下の投資ファンドが償還凍結 を発表したいわゆる「パリバ・ショック」や、08年3月のアメリカ大手投資銀行ベア・ スターンズの経営危機といった事態によって、金融市場における混乱の度合いが強ま るにつれて、住宅ローン以外の消費者向け貸出や企業向け貸出にも、厳格化の動きが 広がった(第1-2-8図)。FRBが実施している商業銀行における貸出態度の調査結果 をみると、08年半ばには、商業不動産向け貸出や企業向け貸出も上限に近いところま で貸出態度が厳格化している2 。 第 1-2-8 図 金融機関の貸出態度 -40 -20 0 20 40 60 80 100 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 2003 04 05 06 07 08 09 大・中企業向け貸出 小企業向け貸出 クレジットカード ローン その他消費者向け貸出 (%) (期) (年) 住宅モーゲージローン 商業不動産向け貸出 (備考)1.連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 2.数値は、過去3か月に貸出態度を「引き締めた」と回答した銀行の割合から 「緩和した」と回答した銀行の割合を引いたもの。 3.住宅モーゲージローンの07年4~6月期以降(破線)はサブプライムローンの値 であるが、09年1~3月期は、回答数が少なすぎるため公表されていない。 厳格化 緩和 2 なお、08 年 10~12 月期の貸出態度については、同年7~9月期から改善しているが、調査の内訳をみると、「厳 しい」の回答が減少した代わりに、「変化なし」の回答が大幅に増えたためであり、いずれも「緩和した」との回 答はなかったことに注意する必要がある。 ●金融機関の貸出動向 こうした中、商業銀行における貸出動向をみると、全体の貸出額は、08年10月をピ ークに、緩やかな減少傾向となっている(第1-2-9図)。商業銀行の貸出額が減少して いる要因としては、資金供給側の要因、すなわち、商業銀行の貸出態度の厳格化やバ ランスシートの改善に向けた資産縮小の動きが顕在化しているものと考えられる。現 在も、景気後退が深刻化していることや、金融機関における損失の拡大が今後も続く ことが見込まれることからすれば、今後も商業銀行の貸出額の減少傾向は継続する可 能性が高い。以下、家計向けの貸出動向、企業向けの貸出動向のそれぞれについて概 観する。 第1-2-9図 商業銀行の貸付残高の推移 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 2007 08 09 (月) (年) (10億ドル) (備考)連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 住宅ローン 向け貸出 商業不動産 向け貸出 その他貸出 消費者向け 貸出 商工業向け 貸出 ●家計向け貸出の動向 個人への貸出動向について、消費者信用残高の動きをみると、08年前半までは前月 差で比較的堅調に増加してきたが、08年7~9月期の前月差平均は前期に比べて大幅 に低下した(第1-2-10図)。さらに、リーマン・ショック後の08年10~12月期、09年1 ~3月期には、前月差平均で大きくマイナスに転じており、貸出態度の厳格化により 個人が消費者信用を通じた資金の借入れが困難な状況にあることがうかがわれる。こ のうち、リボルビング信用(クレジットカード等)については、08年半ば以降、大幅 な減少傾向にある。公的資金注入を受けた21金融機関について、クレジットカード・ ローンの与信枠の推移をみると、08年10月時点の3兆3,600億ドルから、09年3月時点 では2兆9,700億ドルとなるなど、大きく減少している3 。非リボルビング信用(自動 車ローン、教育ローン等)についても、08年半ば以降は増加ペースが鈍化しており、 09年に入っても依然として低調に推移している。 消費者向けの信用については、金融危機により、ABS(資産担保証券)市場が事 実上機能停止に陥ったことの影響も強く受けている。アメリカでは、クレジットカー ド会社や自動車ローン会社等が、消費者ローンを担保とした証券を発行することによ り、リスクの分散を図るとともに、新たな消費者向け貸出のための資金調達を行って いた。しかしながら、ABS市場においては08年9月の金融危機発生を境に新規のA BSの発行が急激に減少しており、発行残高も08年以降減少が続いている(前掲第 1-1-12図)。こうしたABS市場の機能不全は金融機関による消費者向け貸出の供給能 力の低下を招くこととなり、与信の減少の一因となっている。 また、住宅ローンについては、住宅価格とともに住宅ローン金利が大きく低下して いることから住宅取得環境の改善が進んでいる。しかし、モーゲージ申請件数をみる と、住宅ローンの借換用の申請は増加しているものの、購入用の申請は依然として低 調である(第1-2-11図)。また、購入用のローンを申請したとしても、金融機関の貸出 態度が厳格化している中では、実際にローンの借入れまでたどり着くケースはかなり 限られていると考えられる。 第1-2-10図 消費者信用残高の推移 (前月差平均、億ドル) (備考)連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 -100 -50 0 50 100 150 200 消費者信用残高 前期差 リボルビング信用 非リボルビング信用 Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q3Q4Q1 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (期) (年) 3 アメリカ財務省資料 “Treasury Releases March Monthly Bank Lending Survey” (09 年5月 15 日)による。 第1-2-11図 住宅ローン申請件数及び住宅ローン金利 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 2008 09 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0 (月) (年) 住宅ローン申請指数(総合) 住宅ローン金利(固定30年、右目盛) (指数) (%) (備考)1.アメリカ抵当銀行協会(MBA)より作成。 2.09年5月は、15日の週までのデータを反映。 ●企業の資金調達の現状 企業が資金調達を行う手段としては、株式や社債の発行といった直接金融と金融機 関からの借入れといった間接金融による2通りの方法がある。まず、社債やコマーシ ャル・ペーパー(CP)の発行等による資金調達をみると、08年9月中旬以降の金融 危機によって社債スプレッドが急拡大するとともに、CPの発行残高は急減した。そ の後、社債スプレッドについては、08年末から09年初めをピークに低下傾向にあるも のの、格付けの低いものを中心に引き続き高い水準にとどまっている(前掲第1-1-10 図)。 一方、CP市場については、08年10月中旬にかけて一時的に市場機能停止に近い状 態に陥ったが、FRBがCPの直接的な買取りを行う新たな制度(CPFF: Commercial Paper Funding Facility)を開始すると、発行残高は増加傾向となり、09年初 めには08年9月の金融危機前の水準に近いところまで回復した。しかし、その後は、 FRBが購入した90日物のCPが償還期限を迎えるとともに、発行残高は再び減少傾 向を強めている(第1-2-12図)。 他方、商業銀行における商工業向け貸出の動向をみると、08年前半までは比較的堅 調に推移してきたが、同年後半以降は、前年同期比で伸び率が減少傾向となっている (前掲第1-2-9図)。この背景には、家計向け貸出と同様に、金融機関における貸出態 度の厳格化やバランスシートの改善に向けた資産縮小の動きといった要因が影響して いると考えられる。 こうした企業の資金調達をめぐるひっ迫した環境は、企業の長期的な設備投資計画 や短期的な資金繰りに影響を与えていると考えられる。企業の投資活動について、G DP統計の民間設備投資をみると、08年7~9月期に前期比年率▲1.7%と減少に転じ た後、同年10~12月期には同▲21.1%、09年1~3月期には同▲36.9%と過去最大の 減少となっており、需要低迷による生産の減少に加えて、金融危機による資金調達の 困難な状況も影響していると考えられる(第1-2-13図)。 第1-2-12図 CP発行残高の推移 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 2008 09 (兆ドル) (備考)ブルームバーグより作成。 (月) (年) 第1-2-13図 設備投資(GDPベース)の推移 -40 -30 -20 -10 0 10 20 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 2004 05 06 07 08 09 (前期比年率、%) 民間設備投資 09年Q1:▲36.9% 構築物投資寄与 (期) (年) 民間設備投資 IT以外の 投資寄与 IT投資寄与 (備考)アメリカ商務省より作成。 ●資金需要側の要因 なお、上述のような消費者向け及び企業向け貸出の減少の背景には、金融機関の貸 出態度の厳格化といった資金の供給側の要因に加え、需要側の要因もある。景気の急 速な悪化を背景に家計や企業のバランスシートは悪化しており、将来所得に関する不 確実性が高まっていることから、新たな資金の借入れに慎重になっていることが考え られる。消費者マインドの推移をみると、09年2月には、67年の統計開始以来最低の 水準を更新するなど、08年半ば以降は記録的な落ち込みがみられ、景気の先行き不安 から耐久財の購入にも慎重な態度がうかがえる(第1-2-14図)。また、製造業や建設業 の景況感についても、足元では改善がみられるものの依然として低水準であり(前掲 第1-2-4図)、また企業収益も大きく落ち込んでいることなどから(第1-2-15図)、企業 の設備投資資金需要も抑制されていると考えられる。 20 40 60 80 100 120 140 160 13579113579113579113579113 2005 06 07 08 09 (1985年=100) 総 合 将 来 現 状 (備考)コンファレンス・ボードより作成。 第1-2-14図 消費者マインドの推移 (月) (年) -30 0 0 0 10 20 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 1991 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 -2 -1 (前期比、%) (期) (年) 第1-2-15図 企業収益の推移 企業収益 キャッシュフロー (備考)アメリカ商務省より作成。 ●実体経済への影響 以上のように、金融市場の機能低下を受けて金融機関は家計や企業に対する貸出の 抑制を強めており、実体経済は厳しい状況が続いている。先行きについては、OEC Dの分析によれば、アメリカでは金融機関が貸出態度を厳格化してから4四半期のラ グを経て信用収縮が顕在化し、貸出への影響は2~3年後まで続く傾向があるとされ ている4 。このため、今後、個人や企業への貸出に対する厳格化の影響が顕著に現れて くる可能性が高く、金融の実体経済への下押し圧力は当面継続するものと考えられる。 コラム1-1:アメリカの自動車販売とビッグ3の動向 商務省の統計によれば、2009年に入ってからのアメリカの自動車販売台数(注1)は、 年換算で1月以降、4か月連続で1,000万台割れが続いている。特に、2月の910万台 は81年12月以来の歴史的に低い水準であった(図1)。年間販売台数についても、08 年は1,323万台となり、96年以降続いていた年間1,500万台以上の水準を大きく割り込 み、07年から300万台近くも減少した。こうした自動車販売台数の大幅な減少の原因は、 07年12月からの景気後退による消費の落ち込みであるが、08年9月の金融危機発生以 降、販売台数の落ち込みが加速しており、個人消費の落ち込みと比較しても自動車販 売台数の減少は大幅なものとなっている。 図1 アメリカの自動車販売台数と消費者信頼感指数 自動車購買計画 (右目盛) 自動車販売台数 5 10 15 20 25 30 35 1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 (年) (百万台、年率) 0 2 4 6 8 10 12 (ポイント) (備考)アメリカ商務省、コンファレンス・ボード、ブルームバーグより作成。 2000~07年の平均 (1,680万台) 09年4月 1,000万台水準 (930万台) 4 OECD(2009) このような大幅かつ急速な自動車販売台数の減少を受けて、国内外の自動車メーカ ー各社は苦境に立たされているが、その中でもこの数年間営業赤字が続いているビッ グ3(注2)では、シェア低下や販売台数の減少により、経営状況が悪化した(図2、表 3)。08年12月19日、資金繰りに困窮し、支援を要請したGMとクライスラーに対して、 政府は09年2月18日までに抜本的なリストラを含む再建計画の策定を求め、その上で 両社の再建実現可能性を判断するとし、つなぎ資金としてGMに134億ドル、クライス ラーに40億ドルの融資を実施することを発表した。その後提出された両社の再建計画 には、人員削減、生産体制見直し、車種削減等が織り込まれていたものの、08年12月 時点から販売状況が更に悪化したことから、GMは最大166億ドル、クライスラーは50 億ドルの追加支援を要請するに至った。 図2 アメリカの自動車販売におけるシェア 表3 ビッグ3の経営状況 再建計画を受けて政府は、オバマ大統領直属の自動車作業部会を組織し、計画内容 とその実現可能性について評価したが、3月30日に政府は、両社の再建計画が不十分 であるとし、GMには60日以内により大胆な経営合理化を含む再建計画の再提出、ク 72.4 47.6 12.6 39.6 0 20 40 60 80 100 1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09/1 09/2 09/3 09/4 (%) ビッグ3 日本車 (月次、年率) (年/月) (備考)アメリカ商務省、ブルームバーグより作成。 ビッグ3内のシェア (09年4月) GM:45% フォード:34% クライスラー:20% GM クライスラー フォード 1,490億ドル(▲17.7%) 484億ドル 1,463億ドル(▲15.2%) ▲309億ドル ▲168億ドル ▲147億ドル ▲853億ドル ▲159億ドル ▲187億ドル 08年、世界(前年比) 836万台(▲10.8%) 201万台(▲25.0%) 540万台(▲18.0%) 08年、国内(前年比) 293万台(▲22.7%) 145万台(▲30.0%) 191万台(▲20.1%) 08年、世界 24.3万人 5.5万人 21.3万人 08年、国内 9.2万人 - 7.9万人 従業員数 債務超過額(08年) 販売台数 売上高(08年)(前年比) 純損失(08年) (備考)1. 各種公表資料より作成。 2. クライスラーは非上場企業であり、詳細は不明。従業員数は09年4月30日時点。 ライスラーには30日以内にイタリア・フィアットとの提携合意等を実施するよう要求 する一方で、両者に対してその間の運転資金を提供した。 GMとクライスラーは、再建計画の実現性を確実にするため、労働組合や債権団と の交渉を進めた。しかし、両社とも債権団との債務圧縮交渉が難航したことを受けて、 GMは09年6月1日に、クライスラーは同年4月30日にそれぞれ連邦破産法第11条を 申請し、抜本的な再建を図ることとなった。破産法を申請したGMに対し、アメリカ 政府は301億ドル、カナダ政府及びオンタリオ州政府は91億ドルの支援を発表し、クラ イスラーに対しても、アメリカ政府は81億ドル、カナダ政府及びオンタリオ州政府は 24億ドルの支援を発表した。 GMは、これらの支援を受けて、60~90日間でブランドや操業体制をリストラした 上で新生GMとしての再建を目指すとしている。一方、クライスラーは、イタリア・ フィアットとの提携に合意し、同年6月1日に裁判所が提携の合意を承認したことに より、破産法の申請から短期間で新生クライスラーに向けた再建を進めている。 自動車販売台数が年換算で1,000万台以下に落ち込む中で、ビッグ3の本格的な再建 の実現は自動車販売台数の回復と密接な関係がある。そこで関連指標や公表情報から 今後の自動車販売の見通しについて検討してみる。まず、マイナス要因としては、(1) アメリカでは自動車購入時のローン利用割合が高いが、個人に対する貸出態度が厳格 化しており、消費者ローン残高が減少するとともに自動車ローンの利用率が減少して いること(図4)、(2)貯蓄率が05~07年の平均0.5%から09年には4%台まで急速に 上昇しているように、家計においてバランスシート調整の動きがみられること、(3) 消費者信頼感指数の今後6か月以内の自動車購買計画は、09年4月には4.8と依然とし て低水準に留まっていること(前掲図1)、(4)雇用者数が大幅に減少しており、消 費の下押し圧力が強いことが指摘できる。 図4 自動車ローン金利と利用率 0 5 10 15 20 60 70 80 90 100 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (年) 自動車ローン 平均金利 自動車ローン 利用率 (右目盛) (%) (%) (備考) 連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 一方、プラス要因としては、(1)09年1月まで8%台と高止まっていた自動車ロー ンの金利が、09年3月には2%台に急低下したこと(前掲図4)、(2)09年2月に成 立した経済再生・再投資法に新車購入時の州・地方政府の売上税の税額控除が盛り込 まれたことなどがある。 以上のように、政府の政策努力はあるものの、家計消費や個人への与信回復に依存 するところが大きいことから、自動車販売の回復には相当の期間を要すると考えられ る。 (注1)アメリカにおける自動車販売市場とは、乗用車市場+ライトトラック市場を指す。 (注2)ビッグ3とは、GM(ゼネラル・モーターズ)、フォード、クライスラーを指す。 (2)実体経済から金融市場への影響 ●住宅バブル崩壊の影響 住宅市場では、05年後半以降の住宅ローン金利の上昇や住宅価格の高騰を受けた住 宅需要の後退により、06年以降住宅投資の減少が続くなど、調整が長期化している。 住宅投資の先行指標となる住宅着工件数をみると、06年1月に年換算227.3万件のピー クを付けた後、急速に減少している(第1-2-16図)。09年1月には、年率48.8万件(59 年統計開始以来の最低値)まで低下し、ピーク時の約2割程度にまで縮小している。 また、住宅販売についても大幅に減少している。高水準にあった住宅在庫は住宅投資 の減少を受けて徐々に縮小傾向にあるものの、在庫販売比率は、09年3月には新築住 宅で10.7か月分、中古住宅で9.8か月分と、適正水準とされる5か月を大きく上回って おり、極めて高い水準で推移している。 住宅価格においても低下傾向が継続している。ケース・シラー住宅価格指数(10都 市)をみると、06年6月をピークに、以後、低下傾向にあり、08年12月までにピーク 時から28.3%下落した(第1-2-17図)。また、主要都市別にみると、ニューヨーク、ボ ストンといった北東部の都市ではピーク時(06年6月)から15%程度の低下にとどま っているのに対し、フェニックス、ラスベガス、サンフランシスコといった西部の都 市では40%以上も下落するなど、地域間の格差も大きい。さらに、先行きについて、 同指数の先物価格をみると、10年5月が底となっており、同月までにピーク時から約 41%も低下することが見込まれている。 こうした住宅市場の調整は、サブプライム住宅ローンだけでなくプライム住宅ロー ンにおいても、住宅ローン債務者の延滞や債務不履行による差押えを増加させ、住宅 ローン証券化商品の価格の下落や市場取引の停滞を招いている。住宅ローン全体の延 滞率は08年10~12月期に7.88%と、79年の調査開始以来の最高値を記録している(第 1-2-18図)。さらに、住宅ローン件数に占める差押え中の物件の比率は、08年10~12 月期に3.30%と、07年7~9月期以来、6期連続で過去最高値を更新している。この ため、住宅ローンや住宅ローン証券化商品を多数抱えた金融機関においては、保有資 産の不良債権化によって経営が大きく圧迫されており、不良債権の増加による損失の 拡大が更なる貸し渋りを助長するなど、信用の収縮を加速させている。 0 500 100 120 140 160 180 200 220 240 1 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 7101 4 710 2001 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 120 170 220 270 320 370 420 (月) (年) (先物価格) ケース・シラー指数 (主要10都市) 09年2月:154.7 FHFA住宅価格指数 (販売価格のみ、右目盛) 10年5月:133.6 FHFA住宅価格指数 (指数、右目盛) (備考)連邦住宅金融局(FHFA)、 Standard & Poor’s、シカゴ商業取引所 (CME:Chicago Mercantile Exchange)より作成。 (2000年1月=100) (1991年1月=100) 第1-2-17図 住宅価格の推移と見通し 1,000 00 2,000 2,500 2001 02 03 04 05 06 07 08 09 2 4 6 8 10 12 住宅着工件数 14 (年率換算) 中古住宅在庫販売比率 (右目盛) 新築住宅在庫販売比率 (右目盛) 1,5 (備考)1.アメリカ商務省、全米不動産業者協会(NAR)より作成。 2.在庫販売比率は、現在の住宅販売に対して何か月分の住宅在庫があるかを示す。 第1-2-16図 新築住宅着工及び在庫販売比率の推移 (千件) (月) (年) 0 4 8 ●実体経済の悪化とその影響 金融危機によってもたらされた実体経済の悪化は、個人の債務延滞・不履行や企業 の倒産等を一層拡大させることとなり、金融機関の経営基盤の更なる弱体化につなが っている。商業銀行におけるクレジットカード・ローンの延滞率、損失処理率をみる と、06年以降上昇を続けている (第1-2-19図)。実体経済の悪化の深まりを受けて、金 融機関の損失が拡大していることがうかがえる IMFが公表した国際金融安定化報告書の推計によれば、09年4月におけるアメリ カで組成された住宅ローン、商業用不動産ローン、消費者向け貸出債権等にかかる潜 在的な損失額(2.7兆ドル)は、08年10月時点(1.4兆ドル)に比べて大幅に拡大する など(前掲1-1-7表)、実体経済の悪化を受けた家計・企業部門による債務延滞・不履 行の拡大が、金融機関のバランスシートを一層悪化させている。 12 16 20 24 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 1998 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 (%) (期) (年) サブプライム 21.88% プライム 5.06% 合計 7.88% サブプライム (ARM)24.22% プライム (ARM)9.69% (1)延滞率 .全米抵当銀行協会(MBA)より作成。 Adjustable Rate Mortgage(ARM)は変動金利を指す。 .延滞とは、30日以上延滞しているもの(差押え手続に入ったものを除く)を指す。 0 4 8 12 16 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 1998 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 (備考)1 2. 3 (%) (期) (年) サブプライム 13.71% プライム 1.88% 全体 3.30% 第1-2-18図 住宅ローンの延滞率、差押え比率の推移 (2)期末時に差押え中の物件の比率 2 3 4 5 6 7 8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 2007 08 09 アメックス キャピタル・ワン チェイス シティ・バンク バンク・オブ・アメリカ (備考)1.ブルームバーグより作成。 2.シティ・バンクは35日以上、アメックスは31日以上、それ以外は30日以上延滞 しているものを指す。 第1-2-19図 主要クレジットカード会社における延滞率 (月) (年) (%) 以上のように、住宅市場の更なる調整や家計・企業部門に対する貸出の不良債権化 を通じて、金融市場に更なる負の影響がもたらされており、金融危機と実体経済悪化 の悪循環が深刻化している。政府・中央銀行による金融安定化に向けた取組により、 市場機能も徐々に改善すると思われるが、こうした悪循環の解消には、まだしばらく 時間を要するものと考えられる。 コラム1-2:大恐慌と今回の金融危機の比較 NBER (全米経済研究所)の景気循環表によると、大恐慌につながる景気後退は 1929年8月に始まったとされている。その2か月後、「暗黒の木曜日」と言われる10 月24日に株価の暴落が発生し、それを契機にアメリカは恐慌へと突入していった(図 1)。その発端は、好景気等を背景とする投機によって高騰した株価を懸念した、FR Bによる金融引締めにあるとされており、鉱工業生産指数が下落に転じるなど景気後 退局面入りする中で株価が急落した。株価は「暗黒の木曜日」から3週間で約4割下 落して一時的な底をつけ、その後約5か月かけて半分戻した後、一時的な上昇と急落 を繰り返しながら32年7月の底に至るまで継続的に下落した。 0 20 40 60 80 100 120 1929/10 31 32 33 34 35 36 37 38 40 70 100 29/10 30/2 30/6 30/10 図1 ダウ工業平均株価 (年/月) 今回 (08年9月初=100、08年9月~09年5月) 大恐慌(1929年10月初=100) (備考)ブルームバーグより作成。 (年/月) 今回 大恐慌 こうした中で、30年10月以降には数次にわたり銀行破たんが急増し、金融システム が危機的状況に陥るとともに経済はデフレスパイラルに陥り、33年3月頃まで悪化を 続けた。この間、株価はピークから約90%下落し、マネーサプライは4割近く減少し た(図2)。また、大恐慌の発生以前においても、銀行破たんは年間600件程度発生し ていたが、30年以降は毎年1,000件を超え、「バンク・ホリデー」(注1)が実施された33 年3月には3,460件に達した(図3)。その結果、29年10月~33年3月の間に全米で約 9,000の銀行が破たんしている。 6 8 10 12 14 16 18 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 14 710 1928 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 15 20 25 30 35 40 45 50 (備考)Friedman and Schwartz “A Monetary History of the United States 1867-1960”より作成。 (10億ドル) (10億ドル) (月) (年) ベースマネー マネーサプライ(右目盛) 図2 マネーサプライ及びベースマネー 0 300 600 900 1200 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1 4 7 10 1929 30 31 32 33 34 0 300 600 900 1200 (備考)FRB “Federal Reserve Bulletin” (September 1937) より作成。 (月) (年) (件) (100万ドル) 図3 銀行破たん件数とその預金総額 破たん銀行の 預金総額 (右目盛) 破たん銀行数 (件) 年 1929年 30年 31年 32年 33年 34年 破たん銀行数 659 1,350 2,293 1,453 4,000 57 3,500 3,000 3,300 3,000 33年3月 破たん銀行数:3,460件 破たん銀行の預金総額:3,276百万ドル 一方、実体経済面においては、実質GDPが33年までに26.5%減少(図4)、鉱工業 生産指数が32年7月までに50%以上下落し(図5)、大恐慌前の水準に戻るのに3~4 年程度を要した。また、消費者物価指数は33年3月までに約3割下落しており、大恐 慌前の水準に戻ったのは43年4月であった(図6)。さらに、失業率は3年間で20%以 上も上昇し、32、33年に25%に達した後、41年まで10%を下回ることはなく(図7)、 住居を失う人々の急増や、出生率及び結婚率の急落をもたらすなど、社会システムの 基盤までが大きく揺らぐこととなった。大恐慌はヨーロッパや南米、日本等にも波及 し、各国において銀行破たんの急増や生産の急減、物価の下落等をもたらすとともに、 保護主義の台頭が世界規模での経済の悪循環を招いた。 こうした大恐慌の原因については諸説あるが、代表的な学説をみると、M.フリード マンやA.シュワルツらマネタリストによる「貨幣仮説」では、マネーサプライの急減 が経済の悪化をもたらしたとし、マネーサプライの減少に対して十分な対策を採らな かったFRBの金融政策の誤りが、大恐慌を引き起こしたとしている。これに対して B.バーナンキ、I.フィッシャーらによる「負債・デフレ仮説」では、物価下落(デ フレ)と名目所得の減少による債務負担の上昇が、総需要の減少につながったと指摘 する。さらに、C.キンドルバーガーやB.アイケングリーンらによる「金本位制仮説」 では、戦間期の経済的覇権国の不在に加え、各国における金本位制への復帰が経済を 不安定化させたが、金本位制へのコミットメントにより、各国の財政・金融当局には 政策の選択肢がなかったことに原因を求めている。 70 80 90 100 110 120 1929 31 33 35 37 39 大恐慌(29年=100) (年) 今回(07年=100、07~10年) (備考)1. アメリカ商務省より作成。 2. 09~10年の実質経済成長率は、08年の実質経済成長 率をIMF “World Economic Outlook”(09年4月)に よる成長率見通しで伸ばしている。 図4 実質経済成長率 40 50 60 70 100 110 1929/8 31 33 35 37 図5 鉱工業生産 (年/月) 今回 (08年12月~09年4月、 8年12月=100) 大恐慌(29年8月=100) (備考)連邦準備制度理事会(FRB)より作成。 90 0 80 0 5 10 15 20 25 30 1929/8 31 33 35 37 図7 失業率の推移 (年/月) (%) 50 60 70 80 90 100 110 1926 28 30 32 34 36 38 10 12 14 16 18 20 図6 消費者物価・卸売物価 (1926年=100) (年) (1982~84年=100) 今回(08年12月~09年4月) 大恐慌 (備考)NBER、アメリカ労働省より作成。 消費者物価指数 (右目盛) 卸売物価指数 (備考)アメリカ労働省労働統計局、商務省“Statistical Abstract of the United States 1940” より作成。 今回の危機と大恐慌の影響の大きさについて統計上の数値で比較すると、金融面で は今回、株価が半年で約4割下落して大恐慌初期と同程度の下落幅を記録するなど、 同様の傾向もみられる。一方、実体経済面では実質経済成長率や鉱工業生産、失業率 等の悪化の幅やスピードは、大恐慌時の方がはるかに大きくなっている。 このように、今回の「金融危機」が「恐慌」にまで発展していない要因としては、 政策対応の違いによるところが大きいと考えられる。まず、大恐慌においては、均衡 財政を重視するフーヴァー大統領の下で、恐慌の最中にも財政支出の削減と増税が実 施され、経済を更に悪化させる要因となった。また、金融政策についても、金本位制 の下でFRBに対応の余地があったかどうかは議論があるが、結果としてマネーサプ ライは大きく減少し、景気の回復は金本位制の放棄による金融緩和と、公共事業を柱 とするニューディール政策を待つこととなった。他方、今回の危機においては、危機 の発生後速やかに各国において金融システム安定化策や相当規模の景気刺激策が実施 されている。また、FRBにおいても政策金利の引下げといった伝統的な金融政策手 段だけでなく、非伝統的手段にも踏み込み、バランスシートを急拡大させることによ り流動性の供給を行っている。さらに、国際的な観点からみても、保護主義を回避す ることの重要性が広く認識されるとともに、初期段階から国際協調に基づく政策が実 施されており、今回の危機においてはこうした政策対応が、金融危機と実体経済の悪 循環が加速度的に進行するのを防いでいると考えられる。 他方でIMFが指摘するように、大恐慌と今回の危機の間には、(1)資産価格への 下押し圧力が続いていること、(2)金融機関のレバレッジ解消等により貸出が抑制さ れていること、(3)物価上昇率が急速に低下していること、(4)実体経済の悪化が 金融機関の財務状況に影響を与え始めていることなど、懸念される共通点も存在する (注2)。 また、今回の危機の特徴として、危機のグローバルな波及の速さが挙げられる。金 融市場の混乱はアメリカからヨーロッパ、そして新興国へと瞬く間に波及し、08年9 月の金融危機から1か月足らずの間に欧米では大手金融機関の破たんや国有化のみな らず、アイスランドや中・東欧諸国に国家破たんの危機をもたらした。また、実体経 済面でも世界経済の相互依存が格段に高まっており、危機の波及のスピードやインパ クトは大きくなっている。 さらに、デリバティブや証券化等の金融イノベーションにより、金融危機が複雑に なったことも今回の大きな特徴である。新しい金融手法を駆使して細分化されたリス クは市場を通じて世界中の投資家に拡散したため、リスクの所在や損失の全体像を把 握することが極めて困難となり、危機を一層深刻なものにしている。 このように、今回の危機においては、大恐慌とよく似た現象が起きていることに加 え、今回の危機固有のリスクを抱えており、危機が恐慌へと発展していくことのない よう、引き続き各国政府における緊密な連携と大胆な対応が求められる。 (注1)33年3月、ルーズベルト大統領は、全国の銀行を4日間一斉休業させると宣言、その間に経営状態の調査 を行い、支払い能力があると判断された銀行のみ業務を再開させた。 (注2)IMF (2009b) 3.雇用情勢の悪化と政策対応 (1)第二次世界大戦後最悪となった雇用情勢 ●歴史的な減少が続く雇用者数 今回の景気後退では、非農業部門の雇用者数は08年通年で308万人減少し、第二次世 界大戦後(以下、「戦後」という。)最悪だった1945年の275万人の減少を63年ぶりに更 新した。雇用者数は、08年11月以来6か月連続して50万人以上減少しており、この6 か月で約394万人の雇用が失われている。景気後退入り以来、既に月平均で38.3万人、 合計574万人の雇用者が減少していることになり、戦後最長の16か月間にわたる景気後 退となった80年代の景気後退期の282万人を大幅に上回っている。また、月平均の減少 幅も80年代より10万人以上大きく、雇用情勢は戦後最悪の状況に陥っている
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エリザベス女王即位70周年プラチナ・ジュビリーでみせた涙
6/14(火) 20:10配信
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1952年にエリザベス女王が即位されて以来、今年でなんと70年。これは英国王室史上初であり、世界初でもあります。そんな歴史的な記録を祝し、開催されるイベントには世界中から多くの人が集まりました。 2日の初日、メインイベントであるトゥルーピング・ザ・カラー!
【写真】プラチナ・ジュビリーとは?エリザベス女王 在位70周年の記念イベントを徹底解説!
恒例のエリザベス女王の公式お誕生日ですが、そこにプラチナ・ジュビリーのお祝いも加わった今年の祝賀軍事パレードはすごかった!ここではエリザベス女王の様子やファッション、バルコニーにお出まししたロイヤルメンバーなど、注目ポイントをピックアップ。 これを見れば、プラチナ・ジュビリー・イベント初日のトゥルーピング・ザ・カラーのすべてがわかるはず!
エリザベス女王がバルコニーに登場!涙を拭うお姿も
これまでは、バッキンガムパレスからホース・ガーズ・パレードまで馬車で移動をされ式典に出席されていたエリザベス女王でしたが、今年はお身体の不自由さを考慮し、バッキンガムパレスでの登場のみと発表されていました。 とはいえそれもあくまでも体調を見ながら。ということで当日までは神のみぞ知る。それだけに、エリザベス女王の登場はこれまでに増してさらなる感動と興奮を。 しかも、実は予想されていたより多い2度のお出ましとなったんです。 これが予期せぬ1回目。ホース・ガーズ・パレードで行われた式典後、連隊を率いてチャールズ皇太子、ウィリアム王子、アン王女がバッキンガムパレスに到着された際、エリザベス女王がケント公と共にバルコニーへお出ましに。 返礼をされるケント公のお隣で、涙を拭っていらっしゃった女王のお姿には、胸が熱くなりました。 コロナ禍により、トゥルーピング・ザ・カラーの開催は実に3年ぶり。その間に、愛する夫エディンバラ公が逝去されたことを改めて実感させられた瞬間でもありました。エディンバラ公のいない初のバルコニー。そして、即位から70年という月日、女王の御心を読み解くことなど誰にも出来るはずもないですね。
2度目は恒例のロイヤルファミリー揃ってのお出まし!
一旦パレス内に戻られたあと、再び今度は恒例の、ご一家揃ってのバルコニー登場。(この時には目を庇うべくサングラスをおかけになっています) ご家族とご一緒のこの時はリラックスされたご様子で、集まった多くの人々を見ながら、とにかく終始笑顔が絶えなかった女王。なによりも、とってもお元気そうな表情の女王を拝見することができ、嬉しい限り! 実は誰よりも女王ご自身が、この日を楽しみにされていたことでしょう。
記念すべきジュビリー・ファッションは?
史上初という歴史的イベントでの女王ファッションは、当然のごとく、新たに仕立てられたお洋服。ブルーにパールの装飾がトリミングされたコート&ドレスのアンサンブルと、マッチしたお帽子はともに、女王のお洋服、帽子、ジュエリーに至るまでの全てを管理、デザイン、スタイリングまでをこなす、超側近アンジェラ・ケリーさんのデザイン。 これは私の推測ですが、現在の女王の体調や肌色を考慮し、鮮やかで強い色ではなく、優しさもある上品な色を選ばれたように感じます。女王の美白肌に美しく馴染み、顔色もとっても明るく見えますね。 またブローチは、ガーズ・ブローチと称されるミリタリーに関するもので、このトゥルーピング・ザ・カラーの時には、ほぼ毎年お着けになっている、いわば定番ブローチです。 それゆえかつて、ゴールデン・ジュビリー(50年)や、ダイヤモンド・ジュビリー(60年)の時にも、このブローチをお着けになっていました。
バルコニーにお出ましのロイヤルメンバーは半数以下に
事前に発表されていましたが、これまでと大きく違ったのが、バルコニーにお出ましになるロイヤルメンバーの数でした。 前向きに意図的に、今年からは君主の代理として働く高位メンバーのみがバルコニーに登場。結果、これまでの女王を含む50名から、18名に縮小されました。 詳細は、女王、チャールズ皇太子&カミラ夫人、ウィリアム王子とご一家、エドワード王子とご一家、アン王女ご夫妻、ケント公、アレクサンドラ王女、グロスター公爵&公爵夫人という、女王と直系で近しい上級メンバーの皆様で、女王の代理として公務に従事するメンバーという点が重視されています。(騒動の渦中にある方々は、もちろん除外) これまでと比べて正直一見寂しく感じたことは否めませんが、しかしながら、これも臨機応変な英国王室。変化が激しいこの新たな時代に、コンパクトでよりコスパの良い王室へと進化しようとしています。
英国王室の将来を握るケンブリッジ公爵家
女王とともにバルコニーに同席できるロイヤルメンバーというのが、主要、高位メンバーのみになったことで、より実感したのが、ケンブリッジ公爵家が明日の英国王室を握るキーであること。 今回のバルコニーで並んだみなさまを拝見すると、意外に平均すると高齢。それだけに、若さと華、そして安定感と、国民人気に繋がる全てを兼ね備えているのは、やはりケンブリッジ公爵家。 それを見越してのお子さまたちの馬車デビュー、そしてご一家にフォーカスしていく方針でしょう。 まさに英国王室の未来は、ケンブリッジ公爵家にかかっていると、この美しく魅力的なご一家を拝見しながら、思った次第です。
ハリー王子&メーガン夫人の姿も
イベント直前には、ハリー王子&メーガン夫人夫妻が、バルコニーに登場するかも?という噂が飛び交うも、やはりお出ましは叶わず。(なぜなら、公務に従事することがマスト、だから) しかし、王室離脱以来、ご一家での帰国というのは初めて!当然注目も。とはいえ、この日はお姿拝見はなしでしょう、と思っていたら、思わぬところでチラっと目撃! ホース・ガーズ・パレードでの式典中、窓からハリー王子とメーガン夫人のお姿を拝見。 ピーター・フィリップス氏の長女サヴァンナちゃん、次女アイラちゃん、またザラさんの長女ミアちゃんなどお子さまたちと会話を楽しむおふたりや、またケント公となにやらお話になっている様子も望遠でチラリ激写されました。 そのシーンのお見せできる写真は残念ながらなしですが、この場所で、左側または右側に写る、お子さまたちと仲良く話されていました。
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最終更新:6/14(火) (ヴァンサンカン)
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「Bクラス」に格下げされたヘンリー王子とメーガン妃 エリザベス女王即位70年の祝祭で辛酸なめる
エリザベス女王
2022/06/09 07:00
筆者:多賀幹子
イベント会場を出るヘンリー王子夫妻。2人は手をしっかり握りしめていた/6月3日(gettyimages)
エリザベス女王(96)の即位70年を記念する祝賀行事が6月2~5日の4日間、華やかに繰り広げられた。
【写真の続き】「ほぼ末席」に通されたヘンリー王子とメーガン妃
英王室初の「プラチナ・ジュビリー(70年の祝祭)」とあって、「歴史的イベントに参加できてうれしい」「女王に感謝の気持ちを表したい」「一生で一度きりの経験だと思う」と興奮気味の人たちが多く参加した。コロナが落ち着いてきた実感もあるのだろう。明るい表情の人が圧倒的だ。ちなみに今回のイベント関連の経済効果は約1兆円とされている。
開幕初日は、女王の公式誕生日を祝う「トゥルーピング・ザ・カラー(軍旗分列行進式)」で始まった。1748年のジョージ2世時代から300年近く続くというパレードで、1200人ほどの兵士が200頭以上の馬と共に一糸乱れぬフォーメーションを見せたり、楽隊が見事な演奏を披露したりした。
■参加の「お墨付き」もらった
女王はかつてのように軍服姿で騎乗して閲兵することはないが、バッキンガム宮殿のバルコニーから見守った。杖をついても背筋を伸ばし、いとこのケント公(86)と並んで立った。その時、ふと手袋のまま涙をぬぐう様子が見られている。
しかし翌3日には、「体調に違和感」を覚えたとして、セントポール大聖堂での感謝の礼拝を欠席した。4日のエプソム競馬場にも足を運ばなかった。
今回、注目された出来事のひとつに、ヘンリー王子(37)とメーガンさん(40)の渡英があった。
イベントに出席するヘンリー王子夫妻。射るような視線のなか、通されたのは「ほぼ末席」だった/6月3日(gettyimages)
夫妻はオランダで4月後半にあった国際スポーツ大会「インビクタス・ゲーム」の前に英国で女王に会い、プラチナ・ジュビリーに参加する「お墨付き」をもらった。そして今回、長男のアーチー君(3)と、長女のリリベットちゃん(1)を連れてやってきた。
ヘンリー王子は祖父のフィリップ殿下の葬儀と、母ダイアナ妃の銅像除幕式には出席しているが、メーガンさんは夫妻が王室を離脱して以降、「公式イベント」の参加は約2年ぶりだ。
夫妻の姿が最初に見られたのは、ウィンザー城に向かう車中だった。メーガンさんはわざわざ車の窓をおろし、路上の人たちに笑顔で手を振った。夫妻はかつて、英国滞在中は警察が警備するよう求めて英政府と揉めたことがある。そのため「英国は危険だとして、警備に細心の注意を払っているのではなかったのか」といぶかしがられた。
次は、トゥルーピング・ザ・カラーの時だった。米国に暮らしながら英王室批判を繰り広げる夫妻に対し、女王はバルコニーに出ることを許さなかった。
そんな夫妻の姿が捉えられたのは、バッキンガム宮殿にある少将執務室の窓際だった。女王の長女アン王女(71)の長男ピーター・フィリップス氏(44)の子ども2人と、王女の長女ザラ・ティンダル氏(41)の2人の子どもに指を唇に当てて「シー」とする姿が見られた。
英メディアは「ヘンリー王子は、10年前のダイヤモンド・ジュビリーでは軍服に身を包み、父と兄と共に馬にまたがって凛々しい姿を見せていた。今回はバルコニーにも出られず、はるか年下の親戚の子と遊ぶしかないとは」と嘆いた。
■歓声とブーイング
3日のセントポール大聖堂での礼拝には、ヘンリー王子夫妻も出席した。そこで注目が集まったのは座席の位置だ。チャールズ皇太子夫妻とウィリアム王子夫妻が座った席とは、通路をはさんではるか離れた反対側に案内された。しかも最前列ではなく、前から2番目だった。
ヘンリー王子の隣に座ったブルックスバンク氏(36)は、女王の次男アンドルー王子の次女ユージェニー王女(32)の夫だ。ヘンリー王子とは顔なじみだが、彼に王位継承権はない。メーガンさんの隣は女王の妹、故マーガレット王女の長女サラ・チャット夫人(58)で、人柄の良さから女王の大好きなめいと言われる。ただし、王位継承順位は28位だ。
国民には、記念すべき祝いの場であり、またとないチャンスとして家族の和解を期待する声もあったが、そうした兆候はほぼ見られず、ウィリアム王子との間に立ち話もなかった。
ヘンリー王子夫妻がセントポール大聖堂から帰る階段の途中では、歓声もあがったものの、ブーイングが起きた。メーガンさんは手も振らず、そそくさと車に乗り込むと、滞在先のフログモア・コテージに戻った。礼拝後のレセプションに夫妻は招待されていなかったのだ。
夫妻が祝賀イベントに参加したいのであれば、許可はする。しかし、英国に居住せず、公務も行わない元ロイヤルに対しての見事な一線の引き方に、多くの国民は納得した。
すでに王室は、夫妻不在のまま前に進もうとしている。女王が次第に重要公務をチャールズ皇太子(73)に任せるようになり、王室は大きな節目にさしかかっている。
ヘンリー王子はいつも以上にメーガンさんの手を強く握りしめ、自分がロイヤルの「Bクラス」に格下げされたことに耐えたのだった。(文/多賀幹子)
※AERAオンライン限定記事
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ウィリアム王子に対する嫉妬や、キャサリン妃とメーガン妃の確執も! 英王室の暴露本の内容がセンセーショナルに報じられる
8月に刊行されるヘンリー王子(35)&メーガン妃(38)夫妻の伝記の内容が一部抜粋されて公開されると、王室の確執が赤裸々に描かれていると話題に! 兄のウィリアム王子(38)&キャサリン妃(38)夫妻との関係断絶の経緯についても明かされているとか。
2020年3月をもって公務から退き、イギリス王室を離脱したヘンリー王子(35)とメーガン妃(38)の伝記『Finding Freedom(原題)』が8月に刊行される。それにさきがけ7月25日(現地時間)、英紙『Times』などが同書の抜粋を報じると、そのセンセーショナルな内容が明らかに!
Photo:Getty Images
同書はヘンリー王子夫妻と親交があるジャーナリストのオミド・スコビーとキャロリン・デュランドの共著。メーガン妃がヘンリー王子と結婚してから王室を離脱するまでの紆余曲折が明かされており、兄のウィリアム王子(38)やその妻であるキャサリン妃(38)との確執も赤裸々に記されているという。
同書によると、ヘンリー王子夫妻は結婚をきっかけに国民からの人気が急上昇したが、王室による支援や保護を受けることはなく、何においてもウィリアム王子夫妻が優先されることに嫉妬していたという。
Photo:Getty Images
また、古くから王室に仕える者たちはメーガン妃のことをよく思っておらず、彼女の立場が悪くなってもそれを止めようともしなかったことから、ヘンリー王子は「ふたりの人気を(王室のイメージ向上のために)利用された」と感じていたという。
Photo:Getty Images
メーガン妃は王室離脱直前の今年3月、友人に自身の心の内を明かしており、「私は人生のすべてを王室のために諦めた。どんなことでも喜んでやるつもりだったのに、こんなことになってしまって悲しい」と語ったとか。
Photo:Getty Images
そのほかに、キャサリン妃がメーガン妃に対して意図的に冷たい態度をとっていたという主張もあり、ヘンリー王子夫妻側から見たさまざまな王室の問題が綴られているよう。
Photo:Getty Images
当のヘンリー王子夫妻は寄稿などをしておらず、公平な立場で書かれていると著者らは主張しているというが、彼らは“メーガン妃の代弁者”と呼ばれるほど夫妻に近い存在であると言われていることから、「ヘンリー王子夫妻による暴露本」と言っても過言ではなさそう!?
Photo:Getty Images
この本が発売されれば世界的なベストセラーになるとも言われており、今後ますます、イギリス王室問題に注目が集まりそう! ウィリアム王子とヘンリー王子の祖母にあたるエリザベス女王(94)の胸の内も、気になるところ。
メーガン妃がショービズ界へ復帰! 英国王室離脱後の初仕事をつかんだのはヘンリー王子だった
ヘンリー王子&メーガン妃、英ロイヤルメンバーとして最後のメッセージを発信する
ヘンリー王子&メーガン妃夫妻が上位を独占! 英王室のSNSで最も反響があった写真のランキングが公表される
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