亡き次男に捧げる冒険小説です。
二二
「僕の名前はテーリ・テフルデニス。一七歳。北マータに広がる《翠玉光の森》出身だ。」
テーリは《野伏せり》として《翠玉光の森》で育った日々を話し始めた。テーリには親の決めた許嫁がいたが、あまり親しくはなれなかった。また、森の自然を愛してはいたが、森の生活そのものには退屈していた。
隊商に紛れてやってきた《魔法技師》と出会ったことが、テーリの人生を大きく変えた。《魔法技師》の話は全てが目新しく心が躍った。自分の求めていたものにやっと出会えたと思い、テーリは《魔法技師》の技術や魔法を学ぶことにした。親にも許しを得たが、三年という期限を設けられた。留学先の《魔法都市》では、件の《魔法技師》に師事を仰ぎ、新しい生活を始めた。《魔法技師》としての魔法や技術を日々学ぶことがなによりも楽しかった。と、ここまでははっきりと覚えているのだが、何故かそこから記憶が途切れ、気が付けば《サンダー渓谷》の川に漂っていた。というのがテーリの話の全てであった。
あまり面白くもない話に気を悪くしたのではないかとハーラとナーレの顔を覗くと、彼らは興奮気味に頬を赤らめ目を輝かせていた。
「それなら僕たちの旅の最初の目的はテー兄の記憶を取り戻すことだね。」
ナーレは弾む声で提案をした。
「とりあえず《魔法都市》に行ってみるかぁ。」
両手を頭の後ろで組んで大きくのけ反ったハーラも楽しげであった。困難から逃げ出した《聖騎士》と、我儘を貫き通して《吟遊詩人》になってしまった《僧兵》。テーリには突然、波瀾万丈な人生を歩む二人の仲間ができた。まだ何者でもない、こんな自分に。そう思うとテーリの胸は熱くなった。
「記憶も覚束ない、つまらない人間だけどよろしくね。」
テーリが二人の手を強く握る。そうは言われてもと、ハーラもナーレも苦笑いするしかなかった。記憶をなくして素っ裸で魔獣に追い回されている時点で充分に波瀾万丈な人生だろう、と。
一緒に旅をすれば記憶が戻るかもしれないし、何よりもこの不思議な三人の関係性の正体がわかるかもしれない。希望しかない三人の出会いと出発を祝福しようとハーラが声を上げた。テーリとナーレもそれに続けて声を上げた。
【第1話 二三に続く】
次回更新 令和7年1月4日土曜日
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用語解説
《魔法都市》
大マータ国のほぼ中央に位置する大都市。日夜、魔法使い達が魔法や魔具の研究に勤しんでいる。
《魔法技師》
アーティフィサーとも。D&Dの魔法使いクラス。魔力を込めた発明品を作る技術をもつ。