今日の新聞の記事に
橋幸夫さんが、痴呆となった幸夫さんのお母様と同居することを 仕事をもつ奥様に言った時、快諾してくださった奥様が 当時を振り返り
「お母様の面倒を見ることは、神様が私に与えてくださった 尊い修行です。もしそれを受けなかったら 違う形で今ごろ苦労していたと思う」
と語っていた。
流れに逆らわず、させていただいくことって 大切なんだと気付かされた記事だった。
でもこれって、なかなか理解できることではないし、なかなか理解されないことである。
人間「楽」がいいし、「苦」は嫌だ。
でもその先を 長い長い目で見た時に、その「苦」の選択は もしかしたら「楽」への近道なのかもしれない。
実は、私も同じような想いで毎日生活している。
病気のこともそうだけど、何事も 川の流れに身を任せ・・・と。
そして 自分の前にある苦労を 喜んで受けようってちょっと思っている。
まだまだ 橋さんの奥様には及ばないけどね。
なぜ、僧侶は修行するのか・・・・
ちょっと 分かる気がする