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石ころ

雨乞い

今年は長梅雨だったけれど、その間もなんだか梅雨が明けることに不安な気持ちを抱いていた。親しい方に道で出会ったとき、傘の下から「梅雨が明けて欲しいような、明けることに恐いような気がしますね。」と言われて、あら、私と全く同じ事を考えて居られると大いに同感したものだった。

あの、不安が的中してしまった。こうなると思っていた。
いったい何時から雨が降らないのだろう・・、昨日から主に雨乞いをしなければと、与えられないのは求めないからではないかと考えていた。

求めないことには理由がある、求めても与えられなかった経験があるからだ。同じような拒絶を恐れる気持ちがあって、さり気なく求めることを避けてしまうのだ。
でも「NO」という答えを受け入れられなくなってしまったら、それこそすべてのコミュニケーションは成り立たないことになる。

主がどれほどの深い思いで与えないという結論を出されたのかを、私たちは知らないのだから・・・・そのことも「アーメン」という素直さを持って受け取れる関係を大切にしていきたい。

今朝、「雨を降らせて下さい。」と祈った。たった一言だったけれど、付け加える言葉は何も出てこなかったので、「ああ、みこころにかなったのだ。」と平安があった。
雨量はそれほど多くなかったけれど、天気図には雨雲のないところに降ったのだった。

ぐんと涼しくなって、庭が、本当に久しぶりにしっとりと濡れる様が嬉しくて、紫陽花の葉や椿の葉、今年は咲き遅れている高砂百合やリュウノヒゲ、元気のない苔に落ちる大きな雨粒をながめていた。「主が憐れんで下さって良かったね。」と心で語りながら・・
気温が下がって、さっそくツクツクボウシが裏山で鳴き出した。


あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。(ヨハネ16:24)

あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。(ヨハネ15:7)

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