
日曜日に息子とマルコ5章を読んだ。
その時、彼に言い込められた。「お母さんは何時もそのように言うけれど、お母さんだってイエスさまに初めて出会ったときが自分の全財産を無くす時だったとしたら、きっと出て行ってくれって言うと思うよ。誰だってそう言うよ。」
そうかもしれない・・って思いつつ「じゃ、一体誰が救われるって言うの。」と言うと、彼は聖書を指して「この人」と言った。そう、ゲレサの男。
なんとも言えない感謝と感動が私の内に広がっていった。
「救われるのは、失うものを何にも持たない人だよ。長血の女も・・」
「本当にそうだね。思い出したよイエスさまに出会ったあの時、私も失うものは何もなかったから救われたんだね。
あなたもこれからの人生で、自分の財産などに心を奪われてイエスさまに『出て行ってくれ』って言うようなことがないように、信仰を守って行ってね。」と忠告すると、最後に彼がそのことを祈っていたので嬉しかった。
ゲレサで救われたのはこの男一人だけ、イエスさまは彼に出会うためだけに来てくださり、
彼には、自分自身に起こったことを通してイエスさまを伝えるという、素晴らしい人生に変えてくださった。
長血の女が癒された時、その癒しはこっそりと盗むようにして得たものだった。
でも、イエスさまが立ち止まって彼女を探し出してくださったことで、彼女の人生は闇から光りの中に移された。
大切なことは体の健康ではなく主に出会うこと、そうして「真実を余すところなく打ち明ける」ことができる関係を築くこと。それも彼女は満座の中で告白することを導かれた。このことでもう人を恐れることもなく、主の祝福の中で健やかに生きるように変えられた。
イエスさまは常に群衆に取り囲まれておられるけれど、ひとり一人それも心貧しい病人たち、失うものさえ持たない、迷う羊たちを尋ねて来て下さるお方。
救われる者が少ないのは、多くの豚(汚れたもの)を持ち過ぎているゲレサの人々だから・・、彼らは持ちすぎて居るから失うものも多く、持つほど執着が増すからイエスさまを恐れて「出て行って下さい」と言うようになる。
「金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。」Ⅰテモテ6:9
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