今日のひとネタ

日常ふと浮かんだことを思いのままに。更新は基本的に毎日。笑っていただければ幸いです。

紅白歌合戦とか東京音楽祭とか映像あるようですけど

2022年05月21日 | TV番組レビュー

 NHKで放送した「本土復帰50年SP うちなーポップスの半世紀」という番組を見ました。番組表で見た「南沙織」の文字に反応したのですが、出てきたのは紅白歌合戦初出場の映像でした。1971年なのでまだ本土復帰前ですね。そしてほぼ2コーラス流れました。画質も音質もまずまず良かったのですが、さすがにNHKには映像残ってるんですね。それにしても、あれで当時は「歌が下手」という批判もあったということは、歌謡界全般がレベルが高かったのでしょう。

 そして次に出てきたのがフィンガー5の「学園天国」。これがなんと1974年の東京音楽祭出場時のもので、「映像提供:TBS」というクレジットもありました。彼らは年齢の問題で紅白には出てなかったのでしょうか。

 何がどうかというと、東京音楽祭の映像も残ってるなら全編公開して欲しいと願うものであります。1974年にどういう人が出てたのかは知りませんが、こうやって断片的な映像を見るたびに「このまま塩漬けにしておいて誰のためになるの?」と歯がゆくてなりません。有料のオンデマンドでもいいので、なんとか見られるようにして欲しいものです。権利だの許可だのという話があるのはわかりますが、文化的な資産であるのは間違いないので、その辺を克服できるようにならないでしょうか。実際、今の世の中はいつどこで戦争が起きるかわからないし、大きな災害が起きるかもわかりません。「いつかそのうち」「機会があれば」なんて言ってると永久にそういう機会はないのかもしれないと考えるのが人情というものです。

 それで、沖縄の音楽というとコンディショングリーンもちょびっと出たし、紫の演奏している映像なんてのは私は初めて見ました。あとは喜納昌吉&チャンプルーズ、安室奈美恵、MAX、SPEED、ネーネーズ、佐渡山豊、りんけんバンド、BEGIN、HY、オレンジレンジ、モンゴル800、Kiroroなどなど、色々見ました。

 こうやってあらためて見ると、沖縄というのは明らかに本土とは文化とか生活様式が違うと感じるし、そもそも言葉からして違うので本土復帰の意味をあれこれ考えさせられました。沖縄については基地問題とかいろいろ思うところはありますが、ここでは書きません。本土復帰50年を記念したイベントが続いたここ数週間だけじゃなくて、常に色々考えてできることをしていかねばなりませんね。

 それはそうと、紅白と東京音楽祭の映像はすべて出すべし!とNHKとTBSには要望したいです。放送局というのはどこを向いて誰のために仕事をしてるんだか。まったくもう。


今は予算の関係でできませんが

2022年05月20日 | 洋楽・邦楽やオーディオの話

 

 「ヒット曲の料理人 編曲家萩田光雄の時代」という本は、昭和歌謡やアイドルポップス、昭和のスタジオミュージシャンが好きなものにとってはたまらない内容の本なのですが、ところどころ気になる表現が出てきます。

 どういうものかというと「あの頃は手間ひまかけて作っていたので…」「(管楽器や弦楽器は)今の時代は予算の関係で入れられないことも多いが…」など。他にも「ハープは運搬だけでかなりの金額がかかる楽器で(中略)当時は何も問題なく使わせてくれた。」というのもありました。

 これはレコーディング現場の予算が全般に小規模になっているということでしょうか。別に萩田先生やその関係者を批判するわけではないですが、その結果として昭和の頃より今の音楽が素晴らしいものが多ければ文句はないのですが、果たしてそうだろうかと思うことが多々あります。

 例えば、昔はYMOが数千万円かけていたような機材が、今はデジタル技術が発達したのでPCだけで同じような事ができるとも聞いたことがあります。同じ予算があるなら、そこにかかってた費用を生楽器の演奏に回すとかできそうですが、そういう問題ではないのでしょうか。

 近年は結構若い人が昭和歌謡を面白がって聞くケースを目にしていて、もしかしたら管弦楽を使った派手なアレンジもその一因ではないかと思ったりしてます。

 豪華なアレンジで録音したり、ハープを入れるっても1曲に何億もかかるわけじゃなし、使い切れないほどお金持ってる人は才能のある音楽家に回していただけるとありがたいです。Twitterでお金配ってた人とか。世の中なんか残念なことが多いです。


「ギターソロ飛ばす問題」ですって

2022年05月19日 | 洋楽・邦楽やオーディオの話

 そういう見出しのニュースを見て「なんのこっちゃ?」と思ったら、若者がサブスクで音楽を聞く際イントロや間奏のギターソロを飛ばすことがあるという話でした。「本当にそんな人いるの?」という人もいますが、今はサブスクでの再生回数を稼ごうと1曲当たりを短くする傾向があるというのは、昨年小林克也さんがラジオで言ってました。何回も繰り返して聞いて貰うには短い方がいいので、大体3分きっかりとかそれ以内とかが多いようです。

 そういう曲は必然的にイントロが短くすぐ歌になるので、それに慣れた若者が実際にイントロを飛ばす事があるのはわかります。ヒット曲はイントロが短いのか、イントロが短くないとヒットしないのかは、ニワトリが先か卵が先かのような話。

 ただ、私はもう40年くらい前に似たような経験をしてます。寮の部屋に何人かいて、その中の一人が自分で録音したカセットを聞いてました。そしてイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が流れたのはいいのですが、エンディングのギターソロの最後の繰り返しのところでいきなり録音が切れて別の曲に。

 「なんで途中で切るの?」と聞いたら、当の本人は「いや、あとは全部同じやし…。」ですって。「ここからがいいんじゃないか!」と怒る奴もいたのですが、私もそんなことをする人がいるのかと思って驚いたものです。

 ただ、そいつの場合は1本のカセットに曲をいっぱい入れたいと思ったのが理由のようで、貧乏学生には貧乏学生なりの苦労もあったのですね。

 ところで、以前つのだ☆ひろさんのラジオで「ノー・イントロ、ほぼノー・イントロの昭和歌謡」という特集をやってました。「空に星があるように」「ノー・ノー・ボーイ」「心の旅」「妹」「ライド・オン・タイム」 など色々ありましたが、リスナーから「チューリップはそういう曲が多いのですがなぜでしょう?」という質問あり。確かに「心の旅」以外にヒット曲だけでも、ブルースカイ、夏色の思い出、虹とスニーカーの頃、僕が作った愛の歌、青春の影などなど。

 それについてつのださんは、「元々イントロ無しの曲は海外のヒットに多い。当然ビートルズも多いのでチューリップが多いのはその影響だろう。」とのことでした。確かにビートルズはちょっと思いつくだけで「ペニーレイン」「シー・ラブズ・ユー」「Maxwell's Silver Hammer」「The Long and Winding Road」「Mr.ムーンライト」「ヘイ・ジュード」「Nowhere Man」「All My Loving」「イエロー・サブマリン」「Oh! Darling」など山ほどあります。

 チューリップは今年でデビュー50周年だそうで、イントロ短くしてヒットを狙うなんてのは財津さんは半世紀前から普通にやってたのですね。やはり天才は違います。なので、私からすると今更それで騒ぐなんてのは「ヒジョーにキビシー!」と言わざるを得ません。←財津違い


いいかどうかは自分で決める その3(完)>ヤングギター1977年11月号掲載の新譜

2022年05月18日 | 昔の音楽雑誌の話

 

  中学生の頃に読んだ古い雑誌の新譜紹介に出ていたアルバムをSpotifyで探して聞いてみる企画です。ちなみに掲載雑誌はヤングギター1977年11月号で、3回に分けましたがこの号はこれで終了です。では、さっそく行ってみましょう。


◇ストラングラーズ/夜獣の館

 いかにもな邦題で、確かにヴォーカルは獣感がみなぎってますが、音の方は日本のバンドかと思ってしまいました。グループサウンズの末期のようでもあり、バンドブームのようでもあり。曲のメロディは割とわかりやすくていいのですが、なんかこういう曲調は「タモリ倶楽部」の空耳アワーでよく使われそうだと妙な事を思ってしまいました。あとはこれもドラムの音が妙に軽くて、さすがにトコトコではないですがスタタンという感じなのがヴォーカルの暑苦しさと比べて違和感ありです。


◇リビー・タイタス

 これは結構びっくりしました。澄んでいてなおかつ伸びやかでもあるヴォーカルが素敵です。曲調もしっとりとしていてジャジーな編成の演奏もいいので、夜に一人でブランデーでも片手に聞くのは最高かも。(って、私はブランデーは飲みませんが。)

 なんというかノラ・ジョーンズとかリッキー・リー・ジョーンズの声をきれいにした感じで、とにかくジョーンズ感が半端ないです。(意見には個人差があります。)

 大ヒットアルバムのようですが、この人はSpotifyにはこれしかアルバムがないのでそんなに活動はしてなかった様子。レコードで聞く限りは最高ですね。素晴らしい。


◇マジカル・パワー・マコ/ジャンプ

 実はこのアルバムはSpotifyにはなかったのですが、その前のアルバムと思われるものがあったので聞いてみました。名前からしてコミックソング系の人かと思ったら、これが前衛というかニューウエイブというか環境音楽というか、とにかくサッパリわけがわかりません。どういう人なんでしょうね。不思議です。本を読みながら聞くにはちょうどいい感じなので、別に嫌いなわけではないですが。


◇パブロ・クルーズ/太陽の放浪者

 まったく知識なしで聞きましたが、バンドの音はやたらと爽やかでクリア。シンセも使ってますね。ヴォーカルは、CCRのジョンフォガティみたいな声。曲はイーグルスとかそういう感じでもあります。中学生の頃に聞いても反応しなかったとは思いますが、今だとちょっとコピーしてみたいような感じがあります。

 ところで、アルバムラストの曲がインストなのですが、そのギターソロの一部がどこかで聞いたことのあるフレーズ。「これはなんだったか?」と考えること数十分、正解は「わたしの首領」の間奏と同じでした。真子タンの曲をパクるなんて、首領に怒られそうですね。(って?)


◇渡辺香津美/オリーヴス・ステップ

 このアルバムも含めて、渡辺香津美さんの初期の作品は全然Spotifyにないんですね。ただ、ゴールデン☆ベストというのがあって、それにオリーヴス・ステップのタイトル曲がありました。このベストには「ロンサムキャット」なんかも入ってるので、初期の曲もちょこっとは聞けるのですね。

 それで聞いた感じは結構いいです。知らないで聞くと渡辺香津美さんとはわからないですね。なおかつそんなに古い曲とも思えないので、このベストはちょっと聞いてみたいと思いました。

 

 ということで、3回に分けて聞いたのですが「もしやこの頃の音楽が好みなのでは?」というのはビンゴでした。結構いいのがありますし、他のアルバム聞いてみたいのもあります。それにしても、Spotifyにはお世話になりました。いい時代です。まぁ別に他のサブスクでもいいのでしょうけど、私はSpotifyで困ってないし。


BS日テレ「歌謡プレミアム」に石川ひとみさん出ます。

2022年05月17日 | 石川ひとみ

 

 5/23(月)20時からのBS日テレ「歌謡プレミアム」という番組に、石川ひとみさんが出演します。ご本人からはかなり前に何かの歌番組を収録したというツイートがあったのですが、ようやく情報解禁になりました。

 この番組は基本的にゲストは1組なので、じっくり歌とトークが聞けそう。番組ホームページにはまだ楽曲情報がないのですが、レコーダーの予約画面によると見出しが「まちぶせ・亜麻色の髪の乙女他熱唱!お宝貴重映像&秘話」。

 そしてもう少し詳しい内容については、

・代表的大ヒット曲「まちぶせ」
・当時の振り付けも披露「くるみ割り人形」
・世代を越えて愛されるナンバー「亜麻色の髪の乙女」
・最新曲「わたしの毎日」

だそうです。テレビで「わたしの毎日」を見るのも久しぶりだし、「くるみ割り人形」の振り付けも見られるとは楽しみですね。

 それで「お宝貴重映像」が何かを推察すると、今回BS日テレなので「ザ・トップテン」「いつみても波瀾万丈」あたりでしょうか。もしかすると「くるみ割り人形」の頃にカックラキンとかにも出てたのかもしれませんが。

 この番組は基本的にカラオケでの歌唱になるようですが、「亜麻色の髪の乙女」は山田直毅さんの一五一会による生伴奏にならないだろうかと期待してしまいます。あれはカラオケでは歌いにくそうだし。

 それにしても、調べてみたらこの番組はもう9年もやってるんですね。驚きました。といいつつ、自宅のレコーダーをチェックしたら昨年の渡辺真知子さんの回を録画してあって、今年の初めに野口五郎さんと岩崎宏美さんが出た回も残ってました。ちょくちょく見てたということですね。ふ~む、どうも番組HPに既視感があると思ったら。

 なにはともあれ、まずは来週の放送を楽しみにしています。ああ、楽しみだ楽しみだ。


七つの海は女の涙でできておりますのよ~!

2022年05月16日 | 昔のテレビ番組の話題

 久しぶりに「七つの海」という言葉を思い出したのですが、考えてみたら太平洋、大西洋、インド洋しかわからないので4つほど足りません。地中海とかカリブ海も入りますでしょうか。昨日地図帳見てたばかりなのに、やっぱり地理は弱いです。

 ところで、昔見たコントで締めのセリフが「七つの海は女の涙でできておりますのよ~。」というのがありました。番組はたしか「みごろゴロゴロ大放送」で、伊東四朗さん扮する鬼母と、お隣の未亡人の長内美那子さんによるもの。

 長内さんが毎回亡くなったご主人の形見の品を抱いてエピソードを語り、もらい泣きした伊東四朗さんが最後に言うセリフがそれでした。その未亡人の下宿には学生さんが二人いて、確か石井喧一さんと三木まうすさんでした。

 ただ、この「みごろゴロゴロ大放送」については私も記憶が曖昧。それについては、一昨年伊東四朗さんのラジオ「親父熱愛」に伊藤蘭さんがゲスト出演した際、吉田照美さんが「みごろゴロゴロ大放送ってのもあったんですね。」と言うと、伊東さんは「まったく知らない。私はともかく降りたよ。出てないよ。」と。

 キャンディーズとやってた「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」は明確に記憶にあるようですが、キャンディーズの解散とともに自分も降板したという記憶のようです。なので、この未亡人コントも「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の頃なのか、ゴロゴロになってからなのか私も確信がないわけで。

 ただ、伊東さんはピンピンピン体操もやってて、あれはゴロゴロの方だったのではないかと思います。ピンピンピン体操は秋野暢子さんが出てて、途中から二木てるみさんになったように思いますが、高瀬春奈さんも出てたような記憶あり。

 その辺覚えてないくらいなので、七つの海がわからなくても仕方ないですね。勉強せねば。


世界を知ることは現代人の常識

2022年05月15日 | 日記・雑記

 

 これは平凡社の「ベーシックアトラス 世界地図帳」で2006年10月の発行。地図帳をまじまじと眺めるのは何十年ぶりでしょうか。自分が学生時代に使ってた地図帳は既に手元にありませんが、もしあったとしてもソ連がまだあった頃の地図だし国の名前も古いところが多いでしょうし、やはり新しいものの方がいいですね。

 学生時代は地理の科目が苦手でしたが、考えてみればあの頃は地図上のどこがなんという国で首都はどこで人口はどれくらいでとかいうのを暗記するだけだったので、どこが面白いのだろうと思ってました。

 が、昔に比べると音楽とか料理とか映画とか小説とかなんやかんやで名前だけは馴染みの国や都市も増えたし、見てみると非常に面白いです。そして、特にヨーロッパの国々の位置とか大きさをまったく正しく認識してなかったのが衝撃です。

 今はニュースでロシアとウクライナの事を見ない日はないし、ウクライナがどれくらい広いかとか、もしウクライナが征服されたらロシアは次にどこに攻め込むだろうかとか、実際に地図を見てると想像力が湧きます。

 また、位置的な問題だけじゃなくて、ウクライナの気候はどうだとか山とか川とか地形的なことも戦況に影響すると考えると、その辺も調べてみたくなります。ウクライナだけじゃなくて、フィンランドとロシアの国境があんなにも長々としているのも今回初めて意識しました。

 あとは、エーゲ海でもバルト海でも島がいっぱいあって、それぞれそこに住んでる人もいるだろうし、そういう人たちは何を食べてどんな音楽を聞いて暮らしてるのだろうかとか、色々想像してしまいます。これはやはり大人になって、いろんな事を見たから思う事でしょうね。今にタモリのように、毎晩世界地図を見ながらウイスキーをチビチビやるのが楽しみな生活になるかもしれません。

 ただ、この地図は今回図書館から借りてきました。そういうところがセコいのですが、まあこの本は色々楽しめて1200円ポッキリですから、地図帳ってのは案外高くないですね。その辺詳しい方がいれば、50代一般男性のハートをキュッとつかむような地図帳はこれだ!という情報をお待ちします。良さそうなのがあればブックオフに探しに行きますので。←さらにせこい。


甲賀忍術の真実を知りました

2022年05月14日 | ドラマレビュー

 先月から「仮面の忍者赤影」とか「変身忍者嵐」とか忍者ものばかり見てるので、「一般男性でも今から修業を積めば忍者になれるかしら。」とか思ったりしてます。

 それはそうと、忍者というと代表選手は甲賀=猿飛佐助、伊賀=霧隠才蔵だと思ってたのですが、どうやら両方とも創作の世界の人物らしいです。

 それなら服部半蔵はどうだというと、確かに実在の人物ではあるものの「伊賀忍者」という単純な範疇ではないようですね。祖先が伊賀の人という話はあるようですが。

 ちなみに赤影は飛騨の忍者なので、伊賀でも甲賀でもなさそう。変身忍者嵐に出てくる牧冬吉さんが演じる「タツマキ」はどうかというと、幕府から派遣された伊賀忍者だそうです。

 そして「変身忍者嵐」は、先月末から時代劇専門チャンネルで放送が始まっており「これは見ねば」と思い自分でも宣伝してたくせに、繰り返し録画の設定をしなかったために先週の2話から6話までが見られませんでした。第二話ゲストの斉藤浩子さんも、第六話「死人ふくろう」の回のゲストの島田淳子さんも見てません。情けなや。

 さらに、あの番組は林寛子さんの健康的なお色気が楽しみなのですが、あの人は出演中にアイドル活動が忙しくなったらしく途中降板したので、出演している序盤こそ見ねばならないのですが。

 ところで、甲賀を調べてたら滋賀県の甲賀市は「こうかし」と読むそうですね。知りませんでした。これは茨城県を「いばらぎ」と発音するとイラっとされるようなものでしょうか。世の中、知らないことが多いです。忍者の修行の前に地理の勉強をせねばなりません。


NHK特集「わが沖縄 ~具志堅用高とその一族~」

2022年05月13日 | TV番組レビュー

 今年で沖縄返還から50年ということで、沖縄に関するテレビ番組を色々目にしますが、このNHK特集は1979年のもの。かのボクシングジュニアフライ級世界チャンピオンだった具志堅用高選手が、絶好調で防衛を続けていた頃の話。

 沖縄では具志堅という苗字は珍しくないので、具志堅さんがチャンピオンになったとき現地では「あれはどこの具志堅だ?」と話題になっていたそうです。

 その具志堅さんの一族は、もともと旧王朝に勤めていたため廃藩置県というかいわゆる琉球処分で没落し全土に散っていったそうです。ただ、一族の人が第二次大戦中の戦火でも家系図を守り、記録はしっかり残ってました。一族はこの当時で200家族、1500人を数えたとか。

。その一族には、同じく「具志堅用高」というおじいがいて、具志堅選手の名前は父親がその人にあやかってつけたそうです。そして、その先代(?)の具志堅用高さんもこの番組の当時88歳で健在であり、ご本人の話も聞けました。この当時にその年齢なので、なんと明治24年生まれ。

 明治31年に沖縄県にも徴兵令が敷かれ、このおじいは明治44年に徴兵され久留米の連隊へ。標準語もわからなかったものの銃剣は連隊一の腕だったとのことで、運動能力に優れていた血筋なのかもしれません。そしてこの人は終戦間際に50代でまた徴用され、南方で兵隊の食料とするためのカツオを釣っていたのが、終戦で沖縄に帰ってくると3通の戦死公報が。息子さん3人が南方で亡くなったそうです。

 そして沖縄に帰ってきたものの住んでいた村は採石場として米軍に接収され、追い立てられたおじいは生き残った弟たちとともに名護に移り、もともと住んでたところはその後廃村になったそうです。採石場で掘られた石で沖縄の基地建設がされたそうで、なんともやりきれない話です。

 実際に明治時代から戦争中のことまで覚えている人たちが語っていたこの番組は貴重ですね。本土復帰50年ということで沖縄に関する番組が多いですが、そういう生々しい話をもっと見たいです。

 この番組の当時具志堅選手は24歳の現役チャンピオンで、戦うのは海外の強豪であっても「沖縄の人は強いと言われたい。ナイチャー(内地の人)には負けられない。」ということを力強く語ってました。具志堅選手というと、試合前の「君が代」斉唱も注目されてましたが、あれがどういう気持ちだったかというのも聞いてみたかったりします。当時は歌が下手だと笑ってたのですが、私は彼の背景が何も見えてなかったのですね。

 ところで、調べてみたら具志堅選手は10年ほど前に「ファミリーヒストリー」にも出てたようです。そっちも見たいですわ。


マルコスと聞いて思い出す話

2022年05月12日 | 日記・雑記

 フィリピンの大統領選では、あのマルコス元大統領の息子が当選したのだとか。そのマルコス元大統領に対して軍部がクーデター起こして退陣させたのがいつ頃の話だったかと思って調べたら、1986年2月の事でした。

 私はちょうど大学を卒業する頃で、一応3月末まで下宿は借りていたものの、この時は実家に帰っていたと思われます。というのも、この時のニュースは実家で見た記憶があるので。当時は日に日にフィリピン国内での緊張が高まり、クーデター側がいつ宮殿に突入するか注目されてて、「笑っていいとも」の生放送中にもアナウンサーが速報を伝えていたのが記憶に残ってます。

 その時に「国王側は宮殿に突入したクーデター軍に対し、『しょうかき』にて応戦している。」という話がありました。それを聞いたタモリと出演者たちは「消火器? あの泡の? そんなもんで応戦できるのかねぇ。駆け込んでくる奴にブシューッ!ってやってるの?」と言って笑ってたと。

 が、しかし次のCM明けになった時にタモリが苦笑いしながら「先ほどは大変失礼しました。『しょうかき』は『消火器』ではなく『小火器』で、小銃とかライフルとかそういうのが小火器、ミサイルとかロケット砲とかが重火器だそうで…。」という話をするはめに。私もそういう兵器の違いは知らなかったのですが、ああいうのは生放送の面白さでもありましたね。

 また、マルコスというと「元気が出るテレビ」も思い出します。ちょうどこのクーデターの頃だったのでしょうが、番組内の企画で視聴者も参加する「忠臣蔵」のドラマを作ることになり、大石内蔵助は当然松方弘樹、大石主税が野口五郎だったと思います。

 そこまではいいとして、吉良上野介を演じたのが泉谷しげる。衣装だけは時代劇の恰好をしてるものの、全然まともに芝居をやる気がなくいつものように暴れまくって、最後に打ち取られる場面では「てめー、バカヤロー。おれはマルコスだ! 離せ、この野郎。」と、完全に喜劇になってました。一応出来上がったドラマを見ながら、松方弘樹が「折角こっちは真面目にやろうとしてるのにねぇ。」とポツリと。

 と、当時はそんな風にあちこちで話題になったものでした。まだネットがなかった時代で、マルコス大統領の独裁体制がどんな様子だったのか、フィリピンの民衆の暮らしはどうかなんていうのがわからず、マラカニアン宮殿には1000足以上イメルダ夫人の靴を収納するためだけの部屋があるとかいう報道だけが強調されてたように思います。というか、当時ボンクラ学生だった私はそこしか覚えてないのでしょう。一応就活の対策として日経新聞は購読してたけど、渡辺淳一の「化身」しか読んでなかったし。

 まぁそんな騒動があって退陣した大統領だったのに、やっぱりフィリピンの人はマルコス好きなんですね。フィリピンの歴史は勉強したことなかったのですが、今回の件で結構興味が出てきました。勉強すっか。