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「わたしをわすれないで」 / ABC (Aoyama Book Center)

2004年07月27日 23時19分51秒 | 現実と虚構のあいだに
 いまから一年くらいまえ、

 おれは、ある女の人と、ひみつの関係を持っていた。

 おれたちは、会社のメールで、「逢い引き」 の連絡をとっていた。

 あの人が、会社のメールアドレスで送ってくるから。

 なんとなく、おれも、会社のメールアドレスで送りかえしていた。

 そうすれば、おれたちの 「逢い引き」 メールを、うっかり削除しわすれても、それぞれの見られてはならない人に、見られる心配はなかった。

 携帯電話を持っていないあの人と会うのは、新宿の本屋。

 青山ブックセンターの、マヤ・アンジェロウの棚のまえ。 これが、おれたちの、待ち合わせ場所だった。

 新宿、七時半。 たったこれきりの文字列だけで、おれは、仕事もそこそこに、マヤ・アンジェロウの棚へと駆け出していった。

 あるとき、待ち合わせ時間になっても、あの人が なかなかあらわれなかったので、すでに何度も読んだことのある詩集を手にとり、ぱらぱらとめくってみた。

 ふと、押し花を模した栞がはさまれていることに気がついた。

 いったい、どうしたのだろう? だれかが、なにかの思いを込めて、はさんだものだろうか? よりによって、マヤ・アンジェロウの詩集に? と、ちょっと気になったけれど、ふかく考えるのが、なんとなくこわくなって、本をぱたんと閉じた。

 そうしているうちに、あの人がやって来て、おれたちは、ひっそりと、新宿の街へと流れていった。

 その一週間後、また、あの人との待ち合わせのため、マヤのところへ出向いた。 あの人がまだあらわれていなかったので、ふと、例の詩集を開いてみた。

 やはり、また、栞がはさまれていた。 今度は、ちがう花を模したものだった。

 それ以来、あの人と、待ち合わせするたびに、マヤの本を開き、そのたびにちがう花を見ることが、「逢い引き」 のひとつのたのしみになった。

 けれど。 このひみつの関係をつづけていくことが、ひどく、ひどく、負担になってしまって、おれは、あの人にさようならを告げた。

 おれが、身を切るような思いで告げた、さようなら。 に、あの人は、こころを込めた、こんにちは。 を返してきた。 おれは、その場にくずれそうになりながら、声を殺して、泣いた。

 あれから、一年が経ち、「青山ブックセンター」 が破産してしまった、というニュースを知っても、そのときは、そうなのか、と思っただけだった。 たった一年しか経っていないのに? 一年も経てば、それはそうさ?

 仕事が早く終わったので、帰り道、ふと、青山ブックセンターに寄ってみることにした。 一年まえまでは、このエスカレーターを、はずむような気持ちで駆け上がっていた。 そして、マヤ・アンジェロウの棚を一直線に目指し、あの人の、長い黒髪、あの人の細い肩、あの人のちょっと猫背ぎみの後ろ姿を見つけるだけで、むねをときめかしていたのに ... 。

 それが、いまでは、もう、変わってしまって。 このエスカレーターをのぼるのが、こんなに憂鬱だなんて。 そして、おれたちの思い出の待ち合わせ場所が、跡形もなく、なくなってしまうなんて。

 おれは、一年まえに流した、あまりにもしょっぱすぎる涙を思い返しながら、マヤ・アンジェロウの棚のまえに立った。

 例の詩集を手にとってみる。 ぱらりとめくると、一年まえと同じように、押し花を模した栞がはさまっていた。 「忘れな草」 だった。

 ああ。 「わたしをわすれないで」 ! なんてことだろう。 一年まえのおれの悲痛な叫びが、こんなところにひょっこりとあらわれてしまったのだろうか、と思うと、とてもいたたまれなくなって、その場をはなれた。 めがねの奥に、涙をかくしながら。

 それから数日後、おれは、インターネット上で、青山ブックセンターで働く ある女性の手記のようなものを、偶然にも見つけた。

 その手記によると、その女性は、店で働くなかで、さまざまな人間模様を観察することがたのしみだったと語っていた。

 いろいろな人が、いろいろな目的で、あすこにやって来ていた、と。

 毎日のように、同じ本を買おうか買うまいか悩んで、結局本を棚に戻す学生。

 まるで好きな作家のものをいとおしんでいるかのように、その作家の本を、発表順に並び替える、若い女性。

 毎回ちがう女性を連れてきて、おなじ写真集を女性にプレゼントする年配の男性。

 いつも、同じ棚のまえで、待ち合わせをするカップル。

 ―― 「いつも、同じ棚のまえで、待ち合わせをするカップル」?

 そして、この店員の女性は、あるとき、ふと思いついた 「いたずら」 をはじめたという。

 いわく、彼女がいつも気にかけている人々の目的の本に、押し花の栞をはさみはじめたのだという。 その栞に気がついて、不思議がっている人々を、そっと見つめるのが、ひそかなたのしみだった、とか。

 そして、今回の閉店の知らせが発表されたとき、さいごの 「いたずら」 をした。

 この本屋のことをわすれないでほしいという願いをこめて、「忘れな草」 の押し花の栞をはさんだ、というのだ。

 ああ。 このことに、おれの 「あの人」 は気がついているのだろうか? おれたちは、見知らぬ人から、こんなふうに気づかわれていたなんて。 あの人と、この押し花の栞のことについて、語り合えたなら、どんなにかすばらしいことだろう。 けれど、もう、おれたちの恋は終わってしまった。 そんな日は、きっと、二度とやって来やしない。

 なんて、かなしい事実だろう?

 けれど、おれたちは、こんな、身を引き裂かれるような思いを、何度も何度も繰りかえしながら、生きていかなくてはならないのだろうか?



 ―― こんなかなしみのなか、おれを唯一なぐさめてくれるのは、青山ブックセンター閉店の日、手記を書いた店員の女性あてに、たくさんの花束が届けられた、というニュースだけなのである。







 * この物語は、フィクションです。



 関連リンク:
 ・asahi.com 「青山ブックセンターが営業中止」
 ・Nikkeibp.jp 「個性派書店「青山ブックセンター」閉店が示唆するもの」



 BGM:
 The Kinks ‘Do You Remember Walter’
 The Beatles ‘Hello, Goodbye’
コメント (16)
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3/12 / 法則

2004年07月27日 14時59分34秒 | goo ブログ / blog
 ちょっと、見つけた。

 『ネット不条理公式50選』
 (あちらこちらで見かけたので、あえてどこにも、trackback は送らないことに ... )
 (人気 blog に trackback を送ることの 「利害」 を考え、どちらかというと、「利」 ではないほうをおそれてしまう、私 ... )

 こちらのページでは、ネットについての法則を集めた 『WEB版マーフィーの法則』 から選り抜いた五十の法則が記載されていて、興味深い。

 blog がこれだけ拡がってしまった今となっては、少々古いかな、というものがなきにしもあらずであるが (えらそう)、「個人サイト」 を 「blog」 に置き換えても読めるので、充分おもしろい。

 個人的には、2, 5, 6, 8, 9, 14, 17, 20, 31, 33, 47, 49 あたりが、ウンウンとうなづいてしまう内容だったが、とくに気になったのは、50番。 『Going My Way』 の方も取り上げられていたけれど。 これだけ引用してしまおう。


50.ロムばかりだと嘆いてはいけない。 あなたのサイトをもっとも丹念に見てくれるのは、そういう人たちなのだから。


 というもの。

 はあ~。 身に沁みる ... 。

 昨日の記事でも書いたが、昨日、七月二十六日で、この blog (のようなもの) を開設して、四ヶ月になった。 記事を書きはじめたのは、翌日二十七日からだけれど。 ときどき虫食いになっているが、ほぼ毎日、記事をアップしてきた。 現在では、私にはもったいないほど、見てくださる方がいらっしゃり、コメントまでたくさん頂戴できているが、さいしょは、(当然ながら?) それはもう、さむかった。

 また、知っている人はほとんどいないと思うが、この blog,当初はタイトルを 『Boogle』 と言った。 意味はまったくない。 タイトルなど、どうでもいいと思っていたのだ。 おもしろいものを書いていれば、そのうちすこしずつ、お客さんがつくだろう、くらいな感じで。

 そして、サブタイトル (というのだろうか) は、Janis Joplin の ‘Me and Bobby McGee’ (という曲) から引用した、

  ‘Freedom's just another word for nothing left to lose’

 というものであった。 「失うものなど、なにもない」。 ... かーっ、かっこつけすぎ !

 この blog をはじめるまえの話だが。 私は、たまたま技術を買われて、とある縁で知り合った音楽関係のコミュニティーのサイトで、やとわれ管理人をしているのだけれど、そこでコラム (のようなもの) を定期的に書いていたことがあった。

 それなりに反応してくれる人もいたし、そのサイトを通じて知己となった人もいた。 まあ、そこそこ楽しくもあった。 ぬるい、馴れ合いの関係が。 しかし、そのサイトで書きつづけることに、いつしか疑問をいだくようになっていた。 いつまでもこの状態に甘んじていていいのだろうか? こんな私が、管理人風を吹かせて、勿体らしいことを書きつづけていていいのだろうか? と。

 また、いろいろなしがらみやら、人間関係などで、書きたいことが思ったように書けないのが、どうにもこうにも嫌になってしまって、なにもかもを投げ出したくなった。 けれども、なにか書かずにはいられない、この表現欲求のやり場を、どこに向けていいかわからなかったとき、weblog というものが、ちらりと頭をかすめた。

 いままでじぶんが築き上げてきた、それなりの評価やら交流やらなにやらを、ぜんぶ捨てて、一から、まっさらな状態ではじめたかった。 いますぐにでも、逃げ出したい、逃げ出した先で、早く、思う存分に書きたい、という気持ちが強かったので、無料の blog サービスを借りることにした。 できることなら、まだ、サービスがはじまってまもない、ある種の 「コミュニティー」 が形成されていないところのほうが良かろうと思った。 そんなとき、ちょうどサービスがはじまって半月足らずの goo BLOG に目をつけ、気がついたら、登録していた。

 とりあえず登録を済ませ、とりあえずはじめた blog. タイトルもてきとう、コンセプトもない、独自のキャラクターもつくれない ... 。 こんなんでつづけられるのか、と思っていたが、毎日更新していくなかで、日々のアクセス数が徐々に増えていく (goo BLOG は日々のアクセス数を集計している) ことだけが、かすかなよろこびだったかもしれない。

 コメントやなにか、表面にあらわれる反応はないけれど、観てくれている人が、五十人でも百人でもいるのが、わかることだけが。

 いいものを書いていれば、そのうち、この五十人、百人のなかの一人が、なにかコメントのひとつでも書き込んでくださるかもしれない。 そのうち、また一人、そして、もう一人、と増えていくかもしれない ... と、しぶとく更新していたら、こんなんなりました、という感じであろうか ... 。

 なので、

 「ROM ばかりで、コメントが少ないことを嘆いてはいけない。 のちにコメントを寄せてくださる方々なのかもしれないのだから ... 」

 というバーディーの法則(?)をつくってみたりして ... 。

 そう。 つづけていれば、いいことも、ありますよ ... (なんて、えらそうだけれど)。

 四ヶ月間、あまり人の動きや、人の発言に流されすぎず、じぶんの記事を黙々と書くのみ! ということを念頭に置いて更新してきた(つもり)。 無理せず、気負わず。 いちばんの目的は、じぶんの文章を、「読んでくれる」 人を、ひとりでも、増やすこと。

 いまのところ、おぼつかなくも、成功しているように思うのだが ... 。





 ついでといってはなんだが、『blog 不条理 十選』 (?) でも、挙げてみようかしら ... 。
 (こちらも、ちょっと、ブラックかも ... )



 一. 「好きだなあ、と思っている blog にかぎって、更新が止まってしまうことがある」

 二. 「やっと、交流がはじまって、うれしい~と思っていた blog にかぎって、閉鎖することがある」

 三. 「まえから気になっていたのに、訪れたことのない blog. はじめて読む記事は、『引っ越します』」

 四. 「批判的なことを書いているのかな? と思わせるタイトルのものを、おそるおそる観に行ってみると、じつは、ゆかいな内容だったりする」

 五. 「なんか、怒ってるよ ! と思わせるタイトルのものを、興味本位で観に行ってみると、けっこう、たいしたことなかったりする」

 六. 「無鉄砲な trackback を打ちまくっている blog にかぎって、被 trackback 数は少ない (下手な trackback,数打っても当たらない)」

 七. 「ネットのお時間といえば、夜! と思い、夜中に更新するが、アクセス数はそれほど伸びない? (blogger は、昼型が多い? )」

 八. 「ほんのケアレス・ミスの誤字は、軽く指摘してほしいが、そういうものこそ放っておかれる (さみしい ... )」

 九. 「人さまの blog のコメントがついていない記事. イカシタ(古語)コメントをつけてみよう、と思い、いっしょうけんめい考えたものにかぎって、ちょっと経ってから観に行ってみると、だあああっとコメントがついていたりする」

 十. 「あとで削除あるいは非公開にしちゃおうっかなあ~、と思っていた記事にかぎって、コメントがつく (すみません ... でも、うれしかったです)」



 [追記]:
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 十一. 「いそがしいときにかぎって、書きたいことが山のようにあったり、ネタがいろいろ思い浮かぶ」

 十二. 「ひまなときにかぎって、ネタがぜんぜん思い浮かばない」

 十三. 「そして、そんなときに、てきとうにアップしてしまい、自己嫌悪にひたっているときにかぎって、コメントをくれる人がいる (ありがとうございます ... )」
 ----------------------------------------



 なんて感じで、いかがでしょうか ... ?



 BGM:
 Rolling Stones ‘ダイスをころがせ / Tumbling Dice’
 (‘無情の世界 / You Can't Always Get What You Want’ にしようかと思ったが)
 (まえにも BGM として使ったので)

コメント (15)
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