
「第20課 カナアンの征服」『旧約のはなし』浦川和三郎司教
85 ヨルダン川を歩いてわたる
モーゼの死後、ヨシュア(ジョシュアあるいはヨズエ)は、民を率いて、ヨルダンの川岸まで押し寄せました。時は、4月ごろで、上流の山々から落ちてくる雪解け水は、だぶだぶと早瀬をなして流れました。ですから、とても川を歩いてわたることなど、できそうにありません。でも、ヨシュアは、神様のおん助けにすがり、司祭たちに命じて契約の櫃を担がせ、まっ先にすすませると、不思議にも川上の水はぴたりと止まって、ひとしずくも流れなくなりました。反対に、川下のほうにはどしどし流れ下りました。民は、足も濡らさずに、この大きな川を歩いてわたることができました。川をわたって、ガルカラというところに、天幕を張り、過ぎ越し祭を行い、畑の麦を刈り取ってパンを焼くやら、穂のままにあぶるやらして食べました。40年のあいだ、常食としていたマンナも、このときから降らなくなりました。
86 エリコを陥落させる
ガルカラから少し進むと、エリコの町があります。四周は頑丈な城壁でめぐらされ、たいへん堅固に構えています。これを攻め落とさなくては、カナアンの征服は考えられません。ヨシュアは、神様の指図に従い、武装した兵士を先頭に進ませ、次に契約の櫃を担いだ兵士またその次に群衆という順序でしずしずと城をひとめぐりさせてガルカラへ帰らせます。6日間は毎日同じことをくりかえし、7日目には、7回城をめぐらせ、最後に、司祭の吹き鳴らすラッパを合図に、一斉にときの声をあげ、ワァワァと天地も崩れんばかりに叫ばせました。すると、城はたちまちガラガラと崩れ落ち、イスラエル人はそれに乗じて四方から潮のように突入し、難なくエリコを攻め取りました。
87 カナアンの征服と土地の分配
このころ、カナアンの地は、多くの小さな国にわかれ、それぞれ王を戴いて独立していました。ヨシュアがエリコを陥落させたと聞くや、彼らは皆、たいへんおそれ、エルサレム以下5ケ国の王が互いに同盟してヨシュアに抵抗を試みました。しかし、ヨシュアが急に軍をひっさげて突進してきたので、散々な敗北をくらい、命からがら逃げ失せました。ベトロンの坂を走り下っていると、神さまが、大石のような雹(ひょう)を頭の上にふらせなさったので、多くはそれに打たれて死にました。時に、日はすでに西の山の端に傾いてきました。敵兵は、まだずいぶん残っています。夜に入っては、どうすることもできません。ヨシュアは、熱い熱い信仰をもって神様に祈りました。
「日よ、ガバオンの上にとどまれ、月よ、、おまえはアヤロンの谷に休んでおれ」と命じました。
神様は、ヨシュアの望みに応じてくださいました。日も月も、そのままとまって、すこしも動かなくなりました。それから勝ちに乗じて南を攻め、北を討ち、6年ほどのあいだに、おおよそカナアン全土を征服し、12族をシロというところにあつめ、くじをひかせて土地を公平に分配しました。ヨシュアは、112歳になって、最後の目を閉じました。死ぬ前に、イスラエルの長老たちを召しよせてあくまで神様にお仕えすることを、誓わせました。
88 教訓
ヨシュアも、キリストのかたどりでした。ヨシュアが骨身を惜しまず、南に北にかけまわって契約の地を征服し、契約の地を国民に分配した点は、キリストが一命をなげうって、わたしたちのために天国をお求めくださったのに、よく似ているではありませんか。
よろしければ、FBのカトリックグループにもご参加ください。
85 ヨルダン川を歩いてわたる
モーゼの死後、ヨシュア(ジョシュアあるいはヨズエ)は、民を率いて、ヨルダンの川岸まで押し寄せました。時は、4月ごろで、上流の山々から落ちてくる雪解け水は、だぶだぶと早瀬をなして流れました。ですから、とても川を歩いてわたることなど、できそうにありません。でも、ヨシュアは、神様のおん助けにすがり、司祭たちに命じて契約の櫃を担がせ、まっ先にすすませると、不思議にも川上の水はぴたりと止まって、ひとしずくも流れなくなりました。反対に、川下のほうにはどしどし流れ下りました。民は、足も濡らさずに、この大きな川を歩いてわたることができました。川をわたって、ガルカラというところに、天幕を張り、過ぎ越し祭を行い、畑の麦を刈り取ってパンを焼くやら、穂のままにあぶるやらして食べました。40年のあいだ、常食としていたマンナも、このときから降らなくなりました。
86 エリコを陥落させる
ガルカラから少し進むと、エリコの町があります。四周は頑丈な城壁でめぐらされ、たいへん堅固に構えています。これを攻め落とさなくては、カナアンの征服は考えられません。ヨシュアは、神様の指図に従い、武装した兵士を先頭に進ませ、次に契約の櫃を担いだ兵士またその次に群衆という順序でしずしずと城をひとめぐりさせてガルカラへ帰らせます。6日間は毎日同じことをくりかえし、7日目には、7回城をめぐらせ、最後に、司祭の吹き鳴らすラッパを合図に、一斉にときの声をあげ、ワァワァと天地も崩れんばかりに叫ばせました。すると、城はたちまちガラガラと崩れ落ち、イスラエル人はそれに乗じて四方から潮のように突入し、難なくエリコを攻め取りました。
87 カナアンの征服と土地の分配
このころ、カナアンの地は、多くの小さな国にわかれ、それぞれ王を戴いて独立していました。ヨシュアがエリコを陥落させたと聞くや、彼らは皆、たいへんおそれ、エルサレム以下5ケ国の王が互いに同盟してヨシュアに抵抗を試みました。しかし、ヨシュアが急に軍をひっさげて突進してきたので、散々な敗北をくらい、命からがら逃げ失せました。ベトロンの坂を走り下っていると、神さまが、大石のような雹(ひょう)を頭の上にふらせなさったので、多くはそれに打たれて死にました。時に、日はすでに西の山の端に傾いてきました。敵兵は、まだずいぶん残っています。夜に入っては、どうすることもできません。ヨシュアは、熱い熱い信仰をもって神様に祈りました。
「日よ、ガバオンの上にとどまれ、月よ、、おまえはアヤロンの谷に休んでおれ」と命じました。
神様は、ヨシュアの望みに応じてくださいました。日も月も、そのままとまって、すこしも動かなくなりました。それから勝ちに乗じて南を攻め、北を討ち、6年ほどのあいだに、おおよそカナアン全土を征服し、12族をシロというところにあつめ、くじをひかせて土地を公平に分配しました。ヨシュアは、112歳になって、最後の目を閉じました。死ぬ前に、イスラエルの長老たちを召しよせてあくまで神様にお仕えすることを、誓わせました。
88 教訓
ヨシュアも、キリストのかたどりでした。ヨシュアが骨身を惜しまず、南に北にかけまわって契約の地を征服し、契約の地を国民に分配した点は、キリストが一命をなげうって、わたしたちのために天国をお求めくださったのに、よく似ているではありませんか。
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