今この原稿を、マルコポーロという紅茶で、シュトレンのスライスを食べながら書いている。マリアージュのいい香りが、部屋中に広がる。

<マルコポーロとシュトレン>
毎年12月になると、思い出されることがある。それは半血の姉、京子との会話だ。彼女は2008年7月14日に、宝塚の立派なホームで亡くなった。84歳だった。
半血というのは、半分は血が同じということ。つまり、僕とこの姉は、同じ母から生まれた親父の違う兄弟ということだ。母は、最初のを結婚して二人の子供を産んだとき、ご主人は病気で若くして亡くなったと聞く。東京で偉くなっていた実家の父親が、僕の母(長女)をかわいがっていて、若くして後家さんのままにしておくことは許せないと、自分で動いて、僕の親父を見つけたようだ。
僕の父と母の間には、3人兄弟がいて、前の家での2人を加えると、母は5人の子供を産んだことになる。最初の2人は、ご主人の家に引き取られ育てられたのだが、母との行き来もあったようで、母の存在は身近なものだったようだ。この二人の兄弟の妹の京子が、僕の半血兄弟の姉というわけだ。

<京子姉貴>
京子姉貴と会ったのは、僕が最初の大学に入学した春に、六甲の岡本に住んでいた姉を訪ねたのが初めてだった。姉は、日本郵船のエリートと結婚していた。丁度、5年のドイツ・ハンブルグ支店長の任を終え、日本に帰ってきたばかりだった。春風の吹きのぼる庭からは、神戸の港が見渡せ、少し目を上げると淡路島の島かげが見えた。とても豊かな外国の感じの家だった。下の隣家には黒い大きな犬がいて、姉貴宅との生け垣から、顔を見せていた。外国語で呼び戻されたのだろう、犬は姿を消した。まるで、国際的だった。
この時、僕の外国への憧れは、決定的なものになった。もし、姉貴がドイツの話を僕に聞かせてくれなかったら、僕のその後は、変わったものになったろうと思う。僕が、IBMというアメリカの会社に就職したのも、きっと、その頃に種がまかれていたのだろう。僕は大学を卒業して、IBMに就職した。なぜ弊社を…と聞かれ、僕はすぐ、外国で働いてみたいから、その機会があると思うので、御社を選んだと回答していた。
その後、姉貴夫婦は、東京の本社に帰ってきた。姉貴には子供がいなかったから、東京にいる身内の若い人たちを、用賀の自分の家に集め、「いとこ会」を開き、大勢のいとこたちに、楽しい世界を作ってくれた。それに参加して、僕は一気に友達が増えたのだ。楽しかった。このいとこ会は、何度も開かれ、お互いの交流ができたのだ。
日本郵船の社長まで上り詰めた夫、英吉さんを亡くして、姉貴は東京から引き揚げて、神戸に近い有馬温泉に優良老人ホームを見つけて、かなりのお金を積み立てて入居した。大阪には兄の長男、つまり甥っ子が務めていたし、僕の大阪の姉が自分の息子や娘を連れて、有馬まで見舞ってくれた。でも僕は訪れることは出来なかった。メチャメチャ、仕事が忙しかったからだ。
その代わりとは言えないけど、出来るだけ電話したり、手紙を書いたりしていた。彼女は、とても元気だった。夫を亡くし、子供もいないという寂しさはあるようだったが、元気に過ごしていた。あるXmasに、僕は、シュトレンを神戸フロインドリーブに見つけ、僕も食べてみて、これは本物だと思って、有馬の姉に送った。5年間のドイツ生活を持つ、姉貴の舌にはどうだろうと思いながらだった。
電話がかかってきた。これはおいしい。これはドイツで食べていたシュトレンに負けない味だと太鼓判を押して呉れた。よかった、僕は満足だった。シュトレンと言えば、僕がそれ以前に知っていたのは、浅草のアンジェラスのシュトーレンだけだった。シュトーレンという、ずっしり重いクリスマスのドイツケーキは、まだ知られてない頃で、フロインドリーブのシュトレンは、格別の品質だったと思う。

<ドレスデンのシュトレン>
その後、毎年Xmasになると、京子姉貴にシュトレンを送り続けた。時には、輸入のシュトレンも混ぜて送り、電話でシュトレンの品定めをした。姉貴は楽しそうだった。やっぱり、フロインドリーブのシュトレンが一番わね、って笑っていた。僕も食べ比べてみたが、やはりフロインドリーフのが一番だと思った。
今年もXmasがやってきた。アドベントカレンダーが開きはじめる12月初めに、フロインドリーブに手配して、ずっしりとしたドイツ菓子手に入れた。少しだけ、少しだけと言いながら、スライスして、マリア-ジュの紅茶と一緒に楽しむ。やはり、シュトレン自体が落ち着いてくるのか、日が経つにつれて、味もしっとりと落ち着いてきて、風味が高くなる。やはり、このシュトレンが日本で一番だと言いながら味わう。
すると、やさしい京子姉の顔が思い出される。
半血兄弟のもう一人、兄、和雄も一昨年亡くなった。二人は土佐の同じ墓地に眠っている。一度、高知に行かなくてはと思うのだが…。心臓君のご機嫌を見ながら、考えることにするかと、自分に言ってみる。
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