チカチカしない網かけノート「mahora」が大ヒット 発達障害者の悩みに耳傾け開発
11/26(金) 12:11配信・朝日新聞EduA
白い紙がまぶしい、日付欄が気になって集中できない――。そんな特性のある発達障害の人たちの悩みに耳を傾けて作ったノートが反響を呼んでいます。大阪市生野区で90年以上にわたってノートを作ってきた大栗紙工による「mahora(まほら)ノート」シリーズ。当事者と何度もやり取りして紙の色やケイ線を工夫したところ、多くの人にとって使いやすく、魅力的なノートになったといいます。ノートは8月までに5万冊を突破し、2021年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」も受賞しました。
発達障害の人たちの悩みに耳を傾けて作ったmahoraノート
開発、販売したのは、1930年創業で年間2千万冊以上のノートを製造する大栗紙工(大阪市生野区、大栗康英社長、 http://og-shiko.co.jp/mahora/index.html )。長年、大手文具メーカーのノートを下請け製造してきた同社にとって、初めての自社商品がmahoraだ。mahoraは、住みやすい場所、素晴らしい場所を意味する古語から取った。
開発のきっかけは2019年初夏、大栗社長の妻佳代子さんが参加した、あるセミナーだ。講師から、白い紙だと反射でまぶしく感じる人がいることを聞いた。発達障害の当事者団体とのつながりのある講師で、「ノートを作りませんか」と提案された。佳代子さんから聞いた大栗社長は「そんなことがあるのかと、恥ずかしながらそのとき初めて知りました」と言う。
ただ、困難さを感じる原因がどこにあるのか分からない。発達障害がある人たちのピアサポートグループを運営する「Office UnBalance」(大阪府)の協力を得て、約100人にアンケートをとった。結果、使いづらいと感じるノートの特徴として、(1)白い紙(2)薄いケイ線(3)ノート上部に日付欄がある――という三つの点があがってきた。
発達障害がある人の中には、視覚過敏とよばれる特性の人がいる。特定の光や色から受けるストレスが大きく、日常生活や学校生活に支障が出るケースもある。
ノートの白い色をめぐっては「まぶしい」「チカチカする」との声があった。同社では13色のサンプルを作り、当事者に見やすいと感じる複数の色を選んでもらい、支持する声が多かったレモン、ラベンダー、ミントの3色で展開することを決めた。
ケイ線については、「細いケイ線だと見分けるのが難しく、どこに書いていいのか分からなくなる」という声が多かった。そこで、テストを重ね、書いている行の識別がしやすいように太いケイ線と細いケイ線が5ミリずつ交互になったものと、交互に網掛けしたものの2種類を作ることにした。網掛けは帯の幅にもこだわった。通常のノートでは6ミリ、7ミリ幅が多いが、意見を聞いて8ミリと10ミリの幅のものを用意して試してもらった。その結果、「8ミリがいいけど、ちょっと狭い」との声が多く、8.5ミリという、ノート業界ではあまりない幅に着地した。
「日付欄の存在が気になってしまう」との声もあった。大栗社長は「何のためにあるのか、と聞かれても明確な答えがないことに気がついた」と苦笑する。そこで、日付欄などの余分な情報は全て省いた。
2020年2月、レモンとラベンダーの2色のB5判を先行販売。通常のノートよりも10%ほど厚く、筆圧が強くても破れず、消しゴムでもきれいに消せる紙を選んだ。
大栗社長のもとには、うれしい声が届いている。
「ケイ線が邪魔で、ノートを開けるのも嫌」と、中学高校時代にノートを取れなかった女性は、ラベンダーの網掛けノートを手にして「これなら使える」と感じた。1日でノート1冊をびっしり埋めたという。
協力した「Office UnBalance」代表の元村祐子さんは、自身も発達障害がある。「使いやすいノート」に最初はピンとこなかったが、改めて考えると、真っ白のノートは「何となく嫌」で、黄色がかったものを選んでいた。リングや糸とじのノートも、手がリングにあたったり、糸が出てくると気になったりして無意識に避けていた。mahoraノートの試作品をみて、「ラベンダー色が使いやすい」と感じる自分に気づいたという。「人との感覚の違いはなかなか分からない。こだわりがあっても、こだわりだと気がつかないことも多く、無意識に我慢していることがある。障害の有無に限らず、誰しもこだわりは多かれ少なかれあるのでは」と言う。
使う人が増えてリピーターが生まれ、「mahora」は少しずつ広がっていった。今年2月にはミント色の販売を始めた。第30回日本文具大賞デザイン部門優秀賞、2021年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」も受賞し、生活雑貨専門店「ロフト」や通販会社「フェリシモ」でも取り扱いが始まった。「メモサイズがほしい」「B6判がほしい」といった要望も寄せられ、現在は3色それぞれでノートサイズ4種類、ケイ線2種類の計24種類で展開する。1枚ずつ切り離せるシートタイプも作った。
大栗社長によると、障害の有無にかかわらず、「使いやすい」という声が届いているという。8.5ミリ幅の網掛けノートは、お年寄りの支持も高い。
東京都豊島区の中学1年の男子生徒は、ラベンダー色の網掛けのノートを使っている。「普通のノートが絶対に使えないというわけじゃないけど、普通のノートだと、書いているうちに行がずれていることが多かった。網掛けだとそうならない。初めて使った後、びっくりした」と話す。福岡市中央区の小学6年の男子児童は、レモン色が使いやすいという。「白色のノートも使えるけど、微妙にチカチカする感覚があった。レモン色だとそれがないのでいい」
大栗社長は「お子さんがノートを取りたがらなかったり、勉強を嫌がっていたりしたら、ノートに困っているのかもしれません」と言う。元村さんは「『選べる』ということが大事。『これ』と指定すると、こぼれる人が必ずいる。配慮により、みんなが楽になることがあり、こうした視点がもっともっと広がってほしい」と話している。