目覚めた孔雀。独り言三昧。

目覚めた孔雀の独り言です。

はぐれざるあれこれ、その1

2024-05-16 23:09:52 | はぐれざる独り言
はぐれざるは信頼関係を作れない。
はぐれざるはいつも遠慮をして生きている。
こんなことを要求したら図々しく思われるのではないかとおびえている。

そして健常ざるは、何でこんなにあけすけなんだろうと、うらやましく思い、かつ憎む。

自分は周囲の悪意を恐れてそんなあけすけな自己開示はしないし、正当な要求ですら、恐れて頼めないからだ。

はぐれざるに近づいてくる健常ざるは、優しいさるか小ずるいさる。

はぐれざるは、優しいさるを傷つけ、小ずるいさるに利用される。

優しいさるは、はぐれざるのことが大好きだから、はぐれざるを図々しく利用する小ずるいさるを見て激怒し、はぐれざるのために涙する。

ありがとう、優しいおさるさん。

はぐれざるの敵は、はぐれざるの本性もわからないで、熱心に群れに戻そうとするお節介な飼育員。
(ここで飼育員と書いたのは訳がある。読者よ、悟れ。)

無理解で熱心な支援者ほど、はぐれざるにとって、ありがた迷惑なものはないのだ。

さて、はぐれざるの仲間には、独特のコミュニケーションの仕方がある。
まずは相手の運動法則を尊重する。
相手の運動法則がわからないうちは、手を出さない。
そして相手が無理解で熱心な支援者にいじくられた痛みから張った、極度につ広いパーソナルスペースと、いびつなプロトコールを尊重して、無理には近づかない。

これはメンタル疾患者にも言える言葉だ。
かつてメンタル疾患者は、根底にある基礎疾患や世界観を自己治癒しようとしてそれに失敗し、ありのままの自分を受け入れて、自分の道を歩み始めたところで、傲慢でお節介な飼育者にいじくられ、そして症状を発症するのだ。

それで極度に広いパーソナルスペースと、いびつなプロトコールで傲慢でお節介な飼育者を遠ざけ、はぐれざる仲間を探すのだ。

実はスキゾフレニアの予後の善し悪しは、治療者や支援者が、彼の極度に広いパーソナルスペースを理解し、いびつなプロトコールを受け入れるところにあるのだ。

そしてその奇妙な対人接触法の根底あるのが、彼の基礎疾患に由来するトラウマなのだ。



はぐれざると遊んでくれるのは、ニンフたち。

2024-05-05 21:41:53 | はぐれざる独り言
はぐれざるは、長年仲間はずれにされ、いじめられた経験があるから、人間集団の中のかすかな兆しを見て、次はどんな手筋で、どんな風にいじめられるか鼻がきくの。

だからはぐれざるは、いじめられる前に群れから遠ざかって、一人でぼーっとしているのが好き。

大好きなバッハの曲を聴いて、彼の旋律とハーモニーを聴くのが好き。

似合う飲み物はコーヒーなんだけど、私は日本茶。コーヒーは、緑内障と前立腺肥大の原因になるから飲まないんだ。

はぐれざるの仲間はニンフのお姉さんたち。
ニンフは優しいよ。

はぐれざるをいじめないし、優しくしてくれる。そして遊んでくれる。

はぐれざるは時々優しくしてくれたニンフを思い出しては、かたじけないと涙するんだ。

そして祈るんだ。
「一番つらいときに俺を支えてくれた、ニンフのお姉さんたちに幸いあれ!」ってね。

あ、明日はお父さんの命日だ。
仏壇にお菓子をあげよう。そしてお線香を立てるんだ。

さてと。
もう夜中の十時か。

そろそろ布団の中に入って寝よう。
みんなおやすみ~。
また明日ね~。


ちょっとメルヘン。

2024-04-08 13:39:39 | はぐれざる独り言
窓の外で春の鳥がさえずっている。
表の世界は春。
外の世界は春。
でも、私の心は冬。

水晶玉子先生の占いでは、今が私の春らしい。
でも、私の心は冬。

厚い雲が立ちこめ、冷たい風が吹きすさび、
木々は枯れ、川には氷が張っている寒い冬。

一体いつになったら、私の心に春が来るんだろう?

今は冬将軍が私の心に居座っているけれど、きっと優しい春が来る。

春風の精霊さんが、東風と南風を吹かせてくれれば、きっと優しい春が来る。

確か十二月物語で、春の精霊さんは少年たち。
私の十二月物語では、きっとかわいい美少女たちなんだろうなあ。

とはいえ、私はロリコンではないけれど(笑い)。

あ~、なんか心の憂いを書いたら、涙がこぼれ、そして笑う元気も出てきた。

優しい春風の精霊さん。
私の心から、怖い冬将軍を追い払っておくれ。

あのいかついおっさんも、君のようなかわいい美少女には、歯が立たないから。



はぐれざる エアーズロックのエビ 市川拓司さん、岡崎律子さん

2024-01-06 14:39:49 | はぐれざる独り言
仲間だったんだな。
お仲間だったんだ。
お仲間だったから、彼らの小説や歌が癒やしになったんだな。
市川拓司さんの初期の小説や岡崎律子さんのアニソンは。

やっとわかったよ。
俺は猿でいえばはぐれざるなんだ。
はぐれざるも時々は仲間のぬくもりが恋しくなる。
そのときに見た白昼夢が、彼らの小説や歌なんだ。

例えるなら、東日本大震災の時に、放牧された家畜たち。
餌はお山に腐るほどあるが、飼い主の愛を彼らは忘れないし必要としている。

それで人っけを求めて、警戒線ギリギリのところで警戒しているおまわりさんに体をなでてもらって、満たされた後、元の避難地域に戻るかわいそうな家畜。
(TT)

誰かが言っていたな。
人が生きるためには空気と水とご飯が必要なように、仲間と愛とスキンシップが必要だって。

人間がはぐれざるになる理由は大体が、愛着障害だ。
人生早期の所属集団からの疎外によって、自ら他人を必要としなくなるように自己訓練する。

そこで問題になるのが、職業と性だ。
職業も生殖も、どちらも他者が必要だ。

そこで、自ら自閉し仲間を遠ざけるように自己訓練した性癖と、他者を必要とする強い衝動との間で、患者は葛藤する。

その葛藤で、いろいろなメンタルの症状が出てくるのだ

そこで彼らはアルプスの少女ハイジに出てくるアルムのオンジのように、必要に応じて山里に降りてきて仲間の不便を助け、糧を得て、また隠れ家へと戻るのだ。

そのときに、妙に馬の合う人と出会う。
それがはぐれざるの朋友なのだ。

ここでの朋友は、日本語の意味での朋友ではなく、中国語のそれと近い意味で使っている。

それが市川拓司さんの小説における、チャムと初恋の相手であり、岡崎律子さんの歌に繰り返し出てくる、三月の春に出会った人なのだろう。

ここで忘れてはいけないのは、はぐれざるはどうしたわけか、短い時間で濃密な人間関係を求める。

ちょうどエアーズロックに住んでいるエビが、雨が降っている短い時間で孵化し生殖しそして死に絶えるような感じで。

それが彼らの生身の部分を強く疲弊させる。

それでハリネズミのジレンマが起きて、すぐにけんか別れし、またすぐに仲直りし、それがループする。

うん。
はぐれざるというよりかは、エアーズロックに住んでいるという、エビの仲間に近い生態を持っているのかもしれない。

生態が違うのであるから、寿命の長いエビには、そんな人間関係ならぬエビ関係は耐えられまい。

時々エビ同士がけんか別れして音信不通になる状態は、もしかしたらエビが卵になって休んでいる状態なのかもしれない

私は体は大きいが、スタミナがない。
体が大きいから丈夫に思われるが、あまり丈夫ではない。
うちの家族はみんなそうだ。

だからレギュラーワークにはついて行けないし、パリピの人間関係ははっきり言ってきつい。

それでポイ活によってお金を稼ぎ、なるべく体力を使わない方法で人間関係を済まそうとするのだ。

が、それでは寿命の長いエビさんたちは、物足りないし、さみしいのであろう。

人は見かけではないのだ。

話が脱線した。

何やらικμτと会えなくてさみしいと言ってくれた人の話を聞いて、涙が流れ、そしてこんな文章が頭に浮かんだ。

そんなわけである。
以上ικμτ。