目覚めた孔雀。独り言三昧。

目覚めた孔雀の独り言です。

突然降ってきた、自己洞察。

2021-12-31 11:04:01 | いけてつ独り言
根底に分裂気質があり、それを躁的防衛している。
それでも防衛しきれなくなると鬱的防衛にはいる。

簡単に言えば根底にあるのは人間に対するおびえである。
自分が脅かされるという恐怖があるから、「近づくな!」と、言わんばかりに泣いたり怒ったりして、それでもらちがあかないと引きこもる。

が、それを洞察してどうせよ。というのか?
根底にある対人恐怖が洞察によってなだめられるのか?
関係調整にも限界はある。

そうか、俺は人が怖かったのか。
そして類は友を呼ぶで、人が怖い人たちが雛が親鳥の翼の下に集まるようにやってくる。
そしてベタベタと甘えられる。
それでキレて、人とけんか別れする。

むしろ居心地のいい空間を作ることによって、自分の存在価値を確認していたのかもしれない。
イネーブラの心理だ。
私自身、遠慮なくベタベタと甘える男で、相手を辟易させてきた自覚があるから。

さて、根底の対人恐怖と表面上の人当たりの良さ。しかし「私もあんたと同じ人間だ!いい加減にしろ!」とキレて、最後に疲れた~。とそうなって、余力のあるときは、自分に対するご褒美だと言って、酒を痛飲する。

そんな対人接触パターンを本気で変革しないとな。
今日は種まきをしておきましょう。
五黄の寅の星回りさん、私によりよい人生の後押しをしてくださいね。


モラルトリートメント

2021-12-27 11:11:15 | しんぶんクロハタ並びに小黒金剛石
当たり前に扱われてないと、当たり前に扱ってもらえることがとてもうれしい。

ここ二三年ぐらい、外出の機会が増えた。
出先でよき市民として扱われると、世間に対して持っている構えみたいなものが消え、さらによき市民として振る舞いたくなる。

自分はよき市民でないという感じ方は、容易に自分はNO、相手もNOという意識の構えに人を導く。

そんな人たちによき市民としての誇りを取り戻させるのが、モラルトリートメントなのかなあと感じた。




まあ、ここまで嫌われれば、ある意味すがすがしい

2021-12-27 02:22:15 | いけてつ独り言
誰だって人に嫌われるのはいやだ。私だって例外ではない。
誰だって人に憎まれるのはいやだ。私だって例外ではない。

私は小学校時代、低能児の廉で、父兄から目の敵にされ、誰も遊んでくれる人がいなかった。
唯一の例外は、小学校六年から、中学校二年まで親友をしてくれたТКЯНだ。
КСЯやПРНЦも、「私を忘れないでください。」というだろうが、あいつらは低能児である俺を虐待した。

馬鹿野郎。おまえたちは、俺をおもちゃにはしたが「救って」はくれなかったではないか!

きっと密教使いのАБであろう。
あいつは、体操帽で隠してはいたが、その見えないベールの後ろで印を組んで私を遠ざけていたのを私は知っていたから。

その頃私は一年に三回も骨折して学校に行けなかった。
きっとお受験組のエリートさんにとって、私は低能ギョーニックラックスカタン足引っ張りプレイヤーだったので、私を強制出席停止にしたかったのであろう。

まあ、ここまで嫌われれば、ある意味すがすがしいであろう。
それだけ私のキャラは確立していたわけだから。

前にも書いたが、こんな人生ばかり送っていると、世間を救うために(自分のせいで回りを苦しめないため)に、自殺を志したり、メディアで耳目を賑わす人たちのように、世間を滅ぼしたくなる。

が、自分や世間に愛があると、精神障害という形をとって、自分を無力化するのであるが。
(読んでるかい?メンタルのプロさんよ!)

閑話休題。
まあ、新フロイト派があれだけ精神科臨床において、多数の寛解率を上げたのは、患者の放つ、その反社会的で非社交的な性格の毒ガスを突破して、気質に似合った適応系にまで導いたからである。

それがわからないと、ねえさんのように、私を診察するのがいやで、私の診察直前に診察室を離れて、病院内を徘徊するようになるのである。
(きっとねえさんやその一味もこの記事読んでるんだろうね。)

これが私の性格であるなら、それはそれで致し方ない。
まさに、いけもとてつこう、あまりの悲しさに、55歳、マジの号泣である。

そんなわけである。
以上、管内北区でいけもと。

誰だって人に嫌われるのはいやだ。 私だって人に嫌われるのは愉快ではない。

2021-12-27 00:50:47 | いけてつ独り言
菅前首相。
彼は乱世の奸雄と言うより、治世の能臣だったのであろう。
というより、偉大なるナンバー2と言うべきか?

菅さんの一連の政策。
集団免疫確保という面で言えば、悪手でも何でもない。

むしろそれが狙いで、国主導のワクチン接種キャンペーン、そして東京オリパラ開催や、go to ~で、集団免疫を確保させたことは、かなり恐ろしい手筋ではあるが、理解できない手筋ではない。

実はそこら辺の恐ろしい手筋を打てなければ、統治者としては失格なのだ。

ただ、そういう政策は、イワン雷帝とかスターリンとか、そういう強面の統治者でしか指せない手筋だ。

なまじ庶民派ぶって、パンケーキ宰相だのニコニコ動画でのガースーです発言は、あまりいい手筋ではないのだ。

が、誰だって人に嫌われるのはいやだ。
私だって人に嫌われるのは愉快ではない。

が、文春砲で息子さんのスキャンダルを暴かれ、施策で喧々囂々の非難を浴びたら、普通の神経の持ち主だったら、もしかしたら自死されていたかもしれない。
それがなかっただけでもありがたい。

前にも書いたが、小市民のうちは、盲、蛇に怖じずで、おっかないことが平気でいえる。
が、ある程度の地位に立てば、いろんなものが見えてきて、乱暴な手はさせないものなのだ。

なんか歯切れの悪い分でごめんなさい。

そんなわけである。
以上、管内杉並でいけもと。

I lost sight of myself

2021-12-25 12:25:13 | いけてつ独り言
私は自分を見失っていた。
いや、見失わされていた。
図々しく、私を自分の意のままにしようとする人たちの手によって。

彼らは私が自分の意のままになることが当たり前であり、私が自分たちの意のままにならないと、私を手ひどく罵り、打擲した。

別に私が犯罪を起こして制裁を食らったわけではなく、ただ、自分たちの意のままにならないからという理由。ただそれだけで。

私は彼らの奴隷だろうか?
百歩譲って、彼らの意に沿っても、逆に彼らが私の意に沿うことが、あっただろうか?

今考えればおかしな話である。
いちいちブログには列挙しないが、まあ、周囲の人間にやりたい放題されてきた。
そこまで考えたら、こんな人間関係はおかしいと思った。

実はそんな人間との人間関係を打ち切ることこそ、自分を彼らから買い戻す手段だと思った。

なぜなら私は「自分を安売りする」ことで、彼らとの「人間関係」を買っていたわけだからである。

合意の上の契約は履行されるべし。
が、自分に利益をもたらさない条約は破棄すべきであり、さもないと我が身や心が危ない。

そんなことを思ったいけもとであった。