直木賞作家 乃南アサ氏の凍える牙を読みました。面白いですね、これは。
ひとことで言うと,とにかく心理描写がすごい.
白バイ経験のある女性警察官と古株刑事コンビの、犯人とその飼い犬(狼犬)の追跡小説なのですが、物語の70%くらいは両者の心理描写に割かれています。
ここまで丁寧に心の動きを描写してくれると、普段自分が他人に対して感じてる(取るに足らぬ)感情でも、ちゃんと言葉で表現すれば、文学作品になってしまうんじゃないかと思えるほどです。実際はそんな簡単なことではないんですけどね.
女の社会的活躍を快しとしない男(社会)の論理を憎み嫌うヒロインの心の動きが,巧みに,あるときは痛みを伴った表現で描かれます。また、その憎しみは,彼女の夫が、やはり男社会の一員でしかないと気がつかされた挙句の離婚経験によって倍化されます。
それとは対照的に、犯人側の重要証拠である狼犬、名前を「疾風(はやて)」というが、これがそのアンチテーゼというか、ある意味理想の男性像として描かれています。一撃で人間を殺してしまう力を持ちながら、主人に対しては絶対的な服従、それも隷属ではなく、尊敬と愛情の結晶としての服従を誓っています。思慮深く、誇り高い、妥協を許さぬ性格といえます。 ヒロイン貴子は、調査が進み、狼犬の実像が判明するにつれ、現実世界のあらゆる男たちに嫌悪の気持ちを募らせながら、犯人の片割れである狼犬にのめりこんでいきます。
詳細は避けますが、人間社会での絶望から、狼犬という代替物によって救済を願う心情がひしひしと伝わってくるんです。 私などは単に許されざる男社会の一人に違いないですが、ここまで男社会を毛嫌いされると(しかも説得力をもって)不思議な爽快感がある。別の表現をすると目からうろこというやつですね。そうか、男社会ってこんなにひどかったのかということが思い知らされる感じでです。
物語の結末がやや淡白なのと、犯行の動機にいまひとつの説得力が乏しいことが惜しまれますが、冒頭に述べた心理描写がとにかく上手い。恐れ入りやのクリアキン。古い!(ナポレオンソロ) 今、同じ作者の別の小説(水の中の2つの月)を読んでいますが、読後に報告します。