書く仕事

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「水の時計」初野清 角川書店

2006年06月18日 22時48分41秒 | 読書
2002年の横溝正史ミステリ大賞受賞作.
主人公は暴走族のリーダー格の少年 高村昴.同じグループのもう一人のリーダ高階とは仲間割れし,抗争状態にあります.
昴が純粋に(?)暴走行為そのものを楽しもうとするのに対し,高階は暴力団とつながりを持ち組織拡大と金儲けに走ろうとしています.
そんなとき,謎の老紳士,芥圭一郎が現れ,ある物の運搬を1千万円で引き受けてくれないかという話を持ちかけます.昴が警察の包囲網をかいくぐって暴走行為をやりまくるテクニックを見込んでの依頼でした.一度は断ろうとした昴ですが,警察に捕まる危機を救ってもらい,連れて行かれた病院で,植物状態になっている少女に会わせられ,ある秘密を聞かされることで,引き受けることにします.
その少女は脳死状態なのですが,最新の科学技術を用い,人間としての意思の断片は残っており,特殊な機械を使って音声化,外部の人と会話ができるのです.
ここがちょっと,哲学的というか,フィクションなんですが,脳死が人間の死であり,脳死状態では人間としての意識は存在しないとする現代医学とは真っ向から対立する考えをとっています.つまり,人間としての意思は残っているが,脳も含めて肉体的には死に向かっている.非科学的といえば非科学的です.しかし,私は知りませんでしたが,脳死患者から臓器を取り出すときって全身麻酔をかけるんだそうですね.つまり,脳死患者に意識があるかないか本当は誰にもわかっていないから万が一意識が残っている場合のためにそうするんだそうです.
この少女の場合は,本人は自分の脳死を自覚しており,しかも早く本当に死にたいと願っているんです.同時に,自分のあらゆる臓器が,できるだけ多くの人に提供され命の連鎖が続くことを祈っている.
ただ,恵まれたお金持ちではなく,社会の片隅で病気と闘い,苦しみながら移植を待っている人を選んで移植してもらいたいと思っているのです.
高村昴には臓器の運搬だけでなく,移植相手を選ぶ役も担ってほしいと思っているのです
ここまでが第1幕.
第2幕と第3幕では病気と闘いながらも異常な事件に巻き込まれ,非業の死を遂げようとする患者を,すんでのところで,移植により命を救おうとするストーリーです.
第2幕は幼児虐待を繰り返す母親が,病気だと偽ってわが子を入院させ,病室で毒物を与えて虐待を継続します.毒物のため幼児は目にダメージをうけ,角膜移植でしか視力を取り戻せない状態まで陥っています.
この子には高校生の姉がいて,妹と,つきそいの母を見舞いますが,母親の虐待をうすうすは気付いています.このままほっておけば妹は目どころか命まで奪われると心配しています.さて,この妹に未来はあるのか?高村昴とこの姉妹とはどう関わるのか?この辺はちょっと込み入っていますが,なかなか鮮やかに物語が展開しますので十分楽しめます.
第3幕は,腎臓移植を希望する透析患者を題材としたストーリーです.腎不全の患者は,当面の命の危機はないものの,週3回,各5時間程度の透析を行う必要があります.これは,社会生活,家庭生活に大変な負担となります.フルタイムの仕事はなかなか難しいですし,旅行も行けない.そんな患者に簡単に腎臓移植をして透析から開放されますともちかける,悪質な移植詐欺を題材としたストーリーです.
本当に,こんなわるいやつがいるのだろうかと,身を切られるような辛い話です.
だまされた人は,つめに火をともすようにしてためた,なけなしのお金を騙し取られ,しかも移植できるという話はもちろんうそで,お金も健康もすべて失ってしまいます.
そんな被害者に残された道は...ここで,またまた高村昴が奇妙な縁で関わり,いつの間にか舞台に登場しています.結末は読んでのお楽しみ.
第4幕は高村昴の高校時代の恩師の話です.この恩師,心臓を患っており,心臓移植でしか助からないという運命にあります.
この物語はミステリーという意味では,一番ミステリーらしいのですが,同時に長年連れ添った夫婦の,言葉で表せないような深い愛情の物語でもあるのです.
ネタばれにならぬようストーリーは語りませんが,私はこのお話が一番好きです.
第5幕と終幕はひとつづきの物語で,少女からいろいろな臓器が取り出され概ね移植が成功した後の後日談です.
おそらく,作者としてはここが一番書くのが難しいところですね.話に勢いというものをつけられない.じっくりと語らねばならぬからです.作者のビジョンとか人生観とか人間観が問われるところです.
といっても,初野さんは小説家であり,哲学者ではないので,ここで多くを期待してはいけませんね.禅宗のお坊さんのような悟りはかけないですよね.
ここの評価は読者自身が決めることなのだと思います.
読み始めた時は石田衣良さん系かなと思ったのですが,読み終わった時点では,横山秀夫さんの「半落ち」に近いものを感じましたね.2つの小説の共通点は,自分は誰のために生きているのかという問いに,答えられるか否かでその人の価値が決まるような気にさせられてしまう点かな?
コメント (4)
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