知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

「月の裏側」(クロード・レヴィ=ストロース)

2017年05月01日 15時29分32秒 | 日本人論
月の裏側」(クロード・レヴィ=ストロース著)
副題「日本文化への視角」
中央公論新社、2014年発行。


© FAMOUS PEOPLE http://www.thefamouspeople.com/profiles/claude-lvi-strauss-6502.php

著者は「悲しき熱帯」で有名な、構造主義の文化人類学者。
確か高校生の時に手にした本ですが、途中で脱落した記憶があります。

その後35年を経て、やはり惹かれるものがあり、彼の日本人論を集めた本書を読んでみました。
日本に関する文章の寄せ集めなので、一貫性は乏しく、重複もあります。
しかし幼児期に浮世絵に見せられたエピソードに始まり、日本に惹かれ続けた彼の愛情のこもった言葉は心に響きます。

他の文化と比較した上での類似性のみならず、そこから浮かび上がる日本の独創性を賛美しています。
下記文章がそれを象徴しています;

「科学と技術の前衛に位置するこの革新的な国が、古びた過去に根を下ろしたアニミズム的思考に畏敬を抱き続けていることは驚くべきことである。神道の信仰や儀礼が、あらゆる排他的発想を拒む世界像を有している。宇宙のあらゆる存在に霊性を認める神道の世界像は、自然と超自然、人間の世界と動物や植物の世界、さらには物質と生命を結び合わせる。」

「アメリカの発見が人類史の大事件であったことは確かであるが、その四世紀後の日本の開国は、正反対の性質を持ちながらも、もう一つの大事件であった。北アメリカは住民はわずかだったが未開発の天然資源にあふれた新しい世界だった。日本は自然資源には恵まれていなかったが、そのかわり住民達が国の豊かさを作っていた。彼らは自分たちの価値を迷いなく信じることで活気に魅している人間のありようを示したのである。」

「日本は自然の富は乏しく、反対に人間性において非常に豊かです。人々が常に役に立とうとしている感じを与える、その人達の社会的地位がどれほど慎ましいものであっても、社会全体が必要としている役割を満たそうとする、それでいてまったくくつろいだ感じでそれを行うという人間性があります。」

「私が人類学者として賞賛してきたのは、日本がその最も近代的な表現においても、最も遠い過去との連携を内に秘めていることです。それに引き替え私たちフランス人は、私たちの“根っこ”があることはよく知っていますが、それに立ち戻るのがひどく難しいのです。日本には、一種の連続性ないしは連帯感が、永久に、ではおそらくないのかもしれませんが・・・・・今もまだ、存在しています。」

「日本は歴史の流れの中で、外国から多くの影響を受けてきました。とくに中国と朝鮮からの影響、ついでヨーロッパと北アメリカからの影響です。けれども、私に驚異的に思われるのは、日本はそれらを極めてよくどうかしたために、そこから別のものを作り出したことです。これらのどの影響も受ける前に、日本人は縄文文明という一つの文明を持っていました。縄文文明と比較できるものは、皆無です。」


本書の中で、日本の神話や宗教儀式を他の国・地域と比較して共通点を見いだすコメントがいくつもありました。
しかし「共通しているから起源が同じであると推測される」という結論で終わっているのが私にとっては少し不満です。
その意味への考察が乏しいのです。
人類が共通して以下帰る問題とその解決法が隠されているかもしれないのに。

訳者の好みなのでしょうか、所々に抽象表現の羅列があり、少々難解な文章も見かけました。
また、一部は公演記録なので、記録に残すべく校正した文章と異なり、表現がわかりにくい箇所もありました。


<備忘録>

・縄文の土器は、他のどんな土器にも似ていない。年代についても、これほど古く遡ることのできる土器作りの技術は他に知られていない。1万年続いたという長い期間も類を見ない。とりわけ「火焰様式」などの様式が独創的である。

・銅鐸に描かれている文様、埴輪、大和絵、浮世絵などには、表現の意図と手段の簡素さが共通して認められる。これは中国式のふんだんな複雑さからは、およそ遠いものである。

・日本文化は両極端の間を揺れ動く、驚くべき適応性を持っている。日本文化は反対のものを隣り合わせにすることさえ好む。この点で、日本文化は西洋文化と異なっている。西洋では一つのものを別のものと取り替えるのであり、後戻りするという発想はない。

・日本式「ディヴィジョニスム」(分析的精神)
 現実のあらゆる側面を、一つ残らず列挙し、区別し、しかもそれぞれに同じ重要性を持たせるという努力。
 職人が同じ注意深さで、内側も外側も、表も裏も、見える部分も見えない部分も扱う、日本の伝統的工芸品のうちにその精神が認められる。
 日本製の小型計算機、録音機、時計などは、領域は異なっても、完璧な出来映えという点で、かつての日本の鍔、根付け、印籠のように、触れても、眺めても魅力あるものであり続けている。
 料理では、自然の産物をそのままの状態に置き、中華料理やフランス料理とは反対に、素材や味を混ぜ合わせることを避ける。
 大和絵においても、描線と色を切り離し、色は平面的に塗られる。
 日本音楽には和音の体系がない。音を混ぜることを拒否しているのである。音を混ぜないで抑揚を付ける。音色には楽音と噪音が巧みに組み込まれている。西洋の音楽ではさまざまな音が同時に響き合って和音を産むが、日本の和音は同じ瞬間ではなく時間の流れの中で生まれる。

・フランスが、モンテーニュとデカルトの系譜の中で、おそらく他のどの民族にもまして思想の領域における分析と体系的な批判の能力を推し進め、一方で日本は、他のどの民族よりも、感情と感性のあらゆる領域で働く、分析を好む傾向と批判精神とを発達させた。
 日本人は、音も、色も、匂いも、味も、密度も、肌理(きめ)も、区別し並列し取り合わせる。

・東洋の思想と西洋の思想の違い
 西洋の哲学者達は、東洋の思想は“二つの拒否”により特徴づけられると考えた。
1.主体の拒否:
 ヒンドゥー教、道教、仏教とさまざまな形をとっているが、西洋にとって第一の明証である「私」が幻想であることを示そうとしている。これらの教義にとって、各々の存在は生物的で心理的な現象のかりそめの寄せ集めに過ぎず、一つの「自己」という持続的要素を持っていない。
 ゆえにデカルトの「われ思うゆえにわれあり」は厳密には日本語に翻訳不可能である。
 日本人は主体を消滅させてしまったわけではなく、主体を原因ではなく一つの結果にするという方法をとった。主体に対して西洋哲学は遠心的であるが、日本的思考が主体を思い描くやり方はむしろ求心的である。
2.言説の拒否:
 ギリシャ人以来、西洋は言葉を理性のために用いれば、人は世界を理解できると信じてきた。反対に東洋的な考え方では、どんな言葉も現実とは一致しない。
 西洋が他の思考体系に対抗するものとして提示したものから、日本は自分に合うものを取り、残りを遠ざけることにより対応した。

・・・このように日本文化は、東洋に対しても西洋に対しても一線を画している。日本文化は今日、東洋に社会的健康の模範を、西洋には精神的健康の模範を提供している。

・日本の職人仕事と西洋の職人仕事の根本的な違い
 前者と反対に後者がその継承にあまり成功しなかった理由は、古い技術の存続とはあまり関係がないという印象を持った。日本と西洋の違いは、家族構造が残っているかどうかと関係があると感じた。

・私が日本にいる理由は、日本人が自分たちを見るという機会を日本人に提供するためだと思う。

・日本の料理と木版画に共通する特徴は「独立主義」「分離主義」
 木版画は線描と色彩とが独立しており、表現力豊かな線と平面的に塗られた色彩が特徴である。この相互の独立は、他のどの技法にも増して版画がよく表現できる。線と色彩の二元性である。
 日本料理はほとんど死亡を使わず、自然の素材をそのまま盛りつけ、それをどう混ぜ合わせるかは食べる人の選択と主体性に任されている。これほど中華料理から遠く隔たっているものはない。
 純粋な日本のグラフィック・アートも純粋な日本料理も、混ぜ合わせることを拒否し、基本的な要素を強調する。
 中国の仏教と日本の仏教との違いの一つは、中国では同じ寺院の中に異なる宗派が共存しているのに対して、日本では9世紀から、ある寺院は天台宗だけ、ある寺院は真言宗だけという具合になった。

・日本人は虫の鳴き声を右脳ではなく左脳で捉える(神経学者:角田忠信)。日本人にとって虫の鳴き声は騒音ではなく、口に出して発音された言語活動の部類に入っている。これはアジア人も含む他のすべての民族とも異なる。

・「はたらく」ということを日本人がどのように考えているか。
 西洋式の、生命のない物質への人間の働きかけではなく、人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化と考える。

・人類を脅かす二つの災い
1.自らの根源を忘れてしまうこと。
2.自らの増殖で破滅すること。

・日本が近代に入ったのは「復古」によってであり、例えばフランスのように「革命」によってではなかった。
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