Uさん、こんばんは。
随分悩みましたが、こういうことになりました。
複数のカメラの競合状態を解消し、残る機器の稼働率を上げるための所為です。
尤も理由はそれだけではないのですけれど。
あらゆる意味で旧式のカメラではありました。
けれど自分の撮影スタイル(シングルショットのスナップ撮影+比較的明るい単焦点レンズとの組み合わせ)においては、特に不満は無いのです。
大判印刷もしませんから、1600万画素でも十分です。
高速撮影、(当時としては)高度なAF機能、多くのカスタマイズ機能、確実な操作・動作の保持実現、高耐久性、防塵性等、プロ機としての撮影機能、その性能は、殆ど発揮させてあげることもなかったと思います。
けれど、自分の求めていたものは、それらの高機能・高性能を実現すべく高度に統合されたプロ機としてのツールから得られる官能性能でした。
フォールディングフィール、シャッターフィール、ボタンやダイヤルの操作感、それらの配置からくるスムースで確実なオペレーション、有機的で美しいデザイン、モノとして作りの良さを求めて、EOS-1Dmk4を入手し、予想に違わぬ性能に大変満足していました。
組み合わせていたレンズは普及価格帯のものでしたから、とびぬけて素晴らしい映りの写真こそ撮れませんでした。
それでもCanon機らしく、常に外れることのない一定水準以上の画像が得られ、安心して撮影を行うことが出来た機材です。
そしてその機材との別れ...。
Canonのデジタル一眼レフカメラは手元から全て無くなりました。
EF-M系のミラーレスカメラは持っていませんし、RFシステムへの移行もしません。
Canonのレンズ交換式デジタルカメラとはこれでお別れです。
ついでに、CFを記録媒体とするカメラも全て無くなりました。
いつものように想い出の品として、メモリーカードだけが残りました。
とは言っても、自分のCanon機が無くなった、というわけではありません。
PowerShotが4台、IXY DIGITALが1台の、計5台のコンパクトデジタルカメラが残っています。
これらは手放さずに、壊れるまで、いや壊れても手元に残すつもりです。
また、フィルム式のレンズ交換式カメラ、一眼レフカメラのEOS-1Vは所持したままです。
10年間近く全く稼働させていません。それでもこれも手放さずに持ち続けます。
ただの高価なオブジェと化しています。それで良いです。
本当は、EOS-1Dシリーズも、このEOS-1Vのようにバッテリー別体の筐体になることを望んでいました。
が、デジタル化によるバッテリーパワーの強化は必要だったのでしょう。1DXmk3まで一体型のままです。
EOS 5D系は操作性がEOS-1と異なりますから、1系に替わる存在ではありませんでした。
久しく求めていたカメラを手に入れた当初は、手にしたカメラが最高級のプロ機ということもあって、妙な自尊心も満たされ、ちょっとした幸せな時間を過ごすことが出来ました。
そのカメラも最早手元には在りません。
しかし、プロ機が傍らにあったという想い出を作れただけで、十分満足しています。
もっとまともな写真もあったはずなのです。何故か見当たらないため、放出前の最後のワンショットです。
ではこれで失礼します。
ごきげんよう、さようなら。