古代の出来事を伝える史書の、虚実ないまぜとおぼしい文章を読むのには独特の楽しさがある。王朝の始祖が卵から生まれた人間だったなどという神話伝説から、徐々に話のトーンが史実の色合いを濃くしていく呼吸がたまらない。
殷や周の「歴史」もその一例で、現代語の訳と註の助けを借りて書き下し文を読むと、なんともうれしくなる。
殷の最後の王、紂は悪逆非道の王だったと史書は伝えるけれど、もちろんこれには周王朝からの潤色があるに違いない。紂が打倒され殷が滅んだ牧野の戦いも、おそらくドラマチックに脚色されているのだろう。ただ、とりわけドラマチックな場面、紂王が最期に「宝玉を衣(き)て自ら焚死」したというのは、これはどうしても本当のことに思えてならない。
なぜと聞かれても困るのだが、これはきっと本当ですよ。
殷や周の「歴史」もその一例で、現代語の訳と註の助けを借りて書き下し文を読むと、なんともうれしくなる。
殷の最後の王、紂は悪逆非道の王だったと史書は伝えるけれど、もちろんこれには周王朝からの潤色があるに違いない。紂が打倒され殷が滅んだ牧野の戦いも、おそらくドラマチックに脚色されているのだろう。ただ、とりわけドラマチックな場面、紂王が最期に「宝玉を衣(き)て自ら焚死」したというのは、これはどうしても本当のことに思えてならない。
なぜと聞かれても困るのだが、これはきっと本当ですよ。