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科学的方法とは何か? 序-3(4) 死後の世界の反証可能性

2019-08-12 05:33:02 | 科学論
 序-3の続きですが、本論というよりはひとつの分岐です。

 序-3で例示した原理的に観測が不可能な場合の中に「4)死後の世界」を挙げました。死後の世界が原理的に観測が不可能なんてことは非常にわかりやすい簡単な話だと思うのですが、世界中に死後の世界に関する伝説が伝わっています。まあこれは伝説であり、正しい観察事実を伝えようと努力した人達のなしたことではありませんから、科学的に世界を正しく知ろうとする観点からは、ひとまず無視してもよいものです。

 ところが現代でも一見科学的思考をしていそうな人たちが、いわゆる臨死体験(Near Death Experience)を死後の世界が実在する証拠、すなわち観測事実とみなしているらしいのは実に不思議というか、論理的思考が徹底していないというか、甘いとしか思えません。

 もしかしたら死後の世界とは何かという概念が私と彼らでは異なるのかも知れませんが、私の考える死後の世界とは文字通り知的生命体が完全に死んだ後に体験する世界を指します。相対性理論の言葉を使えば、知的生命体の意識の固有時間線上(世界線上)で、その知的生命体が完全に死んだ後の領域にある世界を指します。

 さていわゆる臨死体験というのは全てひとつの例外もなく、死にかかって蘇生した人が報告したものです。完全に死んだ人からの報告などひとつもあるはずがありません。すなわちいわゆる臨死体験が真の死後の世界を観測したことによるものだという証拠など何一つありえないのです。

 死にかかって、つまり他の観測者からみれば既に死んだように見える状態になってから蘇生するまでの期間は、外見はどうあれ本当に死の淵を越えてしまったわけではありません。その期間の意識や脳の状態というのは、睡眠中などと似たように覚醒時とは異なる状態で活きていた状態です。睡眠中の夢と同様に、そのような期間中の体験というものが何らかの実在世界を反映したものだとは検証不可能です。いやもしもその実在世界が現実の生者の世界であれば検証は可能です。例えばいわゆる予知夢ならば検証は原理的には可能です[*1]。けれど生者には決して観測できない死後の世界となっては、いまだ死んでいない何者にも検証不可能です。

 とても簡単でわかりやすい話だと思うのですが、以上の結論を受け入れず臨死体験は死後の世界の証拠だと強弁するならば、それは以下の仮定をしていることになるのでょう。

  1) 臨死体験で報告された情報は単なる脳内状態の反映に過ぎないのではなく、何らかの実在世界に対応している
  2) 人の意識は完全な死後には、この何らかの実在世界を体験する

 うーん、いくら考えてみても、仮説1)も仮説2)もいまだ死んでいない何者にも検証不可能だし反証も不可能だとしか思えませんけどねえ。


 でまあ典型的一例として霊が存在する理由(1)否定しがたいケースの存在(2019/06/30)という記事を見つけたのですが、これって臨死体験ではなくて幽体離脱とか体外離脱というべき現象ですよねえ。昔からの伝承を鵜呑みにして混同するのは勝手だけどさ。

--------引用開始(各文間に省略があります)-----
1991年、彼女は脳幹にできた動脈瘤を切除するため、「低体温循環停止法」という大がかりな手術を受けた。

まず彼女は脳から血を抜かれた。こうすると脳波はゼロになり脳活動はストップする。そのことは脳電図(EEG)で確認できる。抜かれた血は身体の外で循環させておく。

通常、脳は血液循環がストップすると数分で致命的な損傷を受ける。それを防ぐために患者の身体を低体温にしておく(15.5度)。

この低体温では脳の神経細胞(ニューロン)同士が何らかの情報伝達をすることは不可能である。

脳活動の完全な停止が確認されていたにもかかわらず、彼女は手術中に起きた出来事(手術器具の形状や医師たちの会話など)を詳細に描写・報告したのだ。それらは事実と一致していた。

この話が正しいとするなら、レイノルズは「脳を使わずに」手術室での様子を見聞きしていたことになります。
--------引用終り-----------------

 フランスの医師・臨死体験研究者シャルボニエの著書『「あの世」が存在する7つの理由』[Ref-1]は読んでいませんので、この報告自体の信ぴょう性には現時点ではコメントできないということは一応断ったうえで、ひとまず手術に立ち会った医師達らの証言等で、上記の事実は確認されたと仮定しましょう。すると、ひとつの仮説が考えられます。

 仮説1 低体温で脳の血液循環を停止させていた人間が手術中の視覚的映像を取得することができた。

 実のところ、私が思いつけない仮説も含めて、他の仮説もあり得ますが、ややこしいので今は無視します。さて上記仮説は死後の世界や霊の存在の証明につながるのでしょうか?

 死後の世界の証明にはむろんなりません。この体験者は死にかかったとさえ言えませんから。霊の存在については、霊なるものの性質をもう少し丁寧に仮定してもらわないと理論として検討しにくいのですが、例えば「肉体から物理的に離れることのできる何らかの実体であり、その実体の空間的位置からの視覚的映像を脳に伝達することができる」という性質をもつとしましょう。

 これくらいの理論になれば検証は原理的には可能でしょう。何らかの実体である以上は通常の分子や原子からできていると、まず仮定すべきですが、それじゃあ色々な性質が説明できそうでないので「通常の分子や原子からできているのではない」という理論にするとなると、まあ検証はとても困難になりますね。ていうか、「では何からできてるの?」という疑問に答える理論の構築が大変そう。エクトプラズムとか霊魂とか名前だけ付ければ実体もあると証明できたかのように思われてもねえ。

 別の対立仮説を考えてみれば、「人の脳には(脳以外の器官かも知れないが)一見活動停止状態でも自分の肉体以外の空間的位置から見た視覚的映像を得る能力がある」という理論が可能です。これも、現在の科学的検証済み知見からはそのようなの能力のメカニズムが考えにくいという難点がありますが、それは「肉体から離脱できる実体としての霊魂仮説」と同様です[*2]。


 いずれにせよ要点は、実際にはまだ死んではいない者の記憶は、決して真の死後の世界の証明にはつながらないということです。


【余談】 仮説1自体も再現実験が困難なので検証は難しいですが、脳科学の測定技術が発展すれば動物実験が可能になる可能性はあります。でも「マウスには霊魂はない」とか言われると難しいですね。霊は人間固有の専有特権と考える一神教信者だとだめだけど、動物にも魂はあると考えるアニミズム信者なら大丈夫でしょうか。霊魂の科学の動物実験はアジア発になりそうですね。いや西洋でも飼い犬の霊魂体験とかあったような気もしますが。

 ハダカデバネズミとか酸欠に強いそうだから実験動物として最適かも知れません[*3]。


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Ref-1) ジャン=ジャック・シャルボニエ;石田みゆ(訳)『「あの世」が存在する7つの理由』サンマーク出版(2013/09/17)

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*1) 検証は可能だけれど非常な困難があり、本当に予知夢の存在を証明することは至難の業だということは念を押しておきたい。
*2) 「この低体温では脳の神経細胞(ニューロン)同士が何らかの情報伝達をすることは不可能である」というのが本当に検証済み事実なののかどうかという点も含めて、脳にはまだまだわからないことは多い。また、この患者の記憶は低体温状態から抜け出してから目が覚めるまでの間に形成されたのだという可能性もある。
*3) 出歯ちゃん注目度上昇中ですね。ぬいぐるみまで売り出されるほどの人気者になるとはドーキンスも予想できなかったでしょう。
  ハダカデバネズミ、酸素なしで18分生きられる(National Geographic 2017/04/25)
  ハダカデバネズミは、女王の糞を食べて「親」になる(Science Portal 2018/09/06)
  老化・がん化耐性研究の新たなモデル:ハダカデバネズミと長寿動物を用いた老化学(Journal of Japanese Biochemical Society 88(1): 71-77 (2016) (2016/02/25))
  老化しない唯一の哺乳類、ハダカデバネズミ「発見」の意味(News Week 2018/01/30)
  ハダカデバネズミの長寿の秘密(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)(オール・アバウト・サイエンス・ジャパン 2018/02/08)

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