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科学的方法とは何か? 場・波・粒子-1-

2019-10-15 05:42:34 | 科学論
 前回の記事(2019/10/13)の続きです。

 ニュートンは万有引力の法則を確立したましたが、なぜ万有引力が働くのかというメカニズムは明らかにできず、この点では批判を受けました。多くの人が万有引力のメカニズムについての仮説を提案し、それらは重力を説明する古典力学的理論(Mechanical explanations of gravitation)としてwikipediaにまとめられています。ニュートン自身もメカニズムを示そうという努力はしたらしいのですが成し遂げられずに「私は仮説を作らない」という有名な言葉を残しました[*1]

 このような文脈で表現をするとニュートンの言葉は負け惜しみのように聞こえますが、現代ではむしろ観測にかからないような仮想的なものなど必要ないという経験主義の原則を表明したものと受け取られているだろうと思います[*1c]。少なくとも私はそう受け止めています。なお現代では、一般相対性理論により重力の正体は空間の歪だとわかった、と説明することも行われています。が、空間の歪などという重力場以上に通常感覚から外れたものを持ち出すことが説明になっているのでしょうか? むしろ重力場という力が働く場という実体の属性を空間の曲率という幾何学的表現でも表せるという説明もできるでしょう。

 質点の周囲の重力場がどのようなものであるかはニュートンの逆2乗法則で尽くされています。そして重力場の強さは物体の運動やばねばかり等による測定から定量的に観測できるものです。実際に明確に観測できる量を説明するために、その奥になんらかの仮定物を置く必要がどうしてあるのでしょうか? これは静電場も同様でクーロンの法則プリーストリー(1766)により予想され、キャヴェンディッシュ(1773)とクーロン(1785)により独立に逆2乗法則が確認されました。

 もっともここまででは、必ず質点や電荷や磁極から発生するもの、もしくは質点等に伴うものでした。ところがマクスウェルの方程式から電荷も磁極もなしに場の振動だけが存在する可能性が予測され、ヘルツの実験により電磁波が確認されました。かくして質点も電荷も磁極もなしに独立して存在できる実体となったのです。

 現代の教科書を見れば、これらの場ははっきり目に見える矢印(ベクトル)で書いてあるではありませんか。あれが実体でないなどということなどありえません(゚_゚)キッパリ・・・。という洗脳をまだ受けていない18-19世紀の科学者たちの多くは、そうは考えませんでした。彼らは磁力や万有引力のような遠隔力を、物体同士が接触により相互作用する近接力で説明しようとしたのです。アインシュタインは「エーテルと相対性理論」(1920/05/05)[Ref-A2]で「(遠隔相互作用"action at a distance"と近接相互作用"action through contact"との)2重性"dualism"を認めたがらない」という趣旨の表現をしています。

 けれどケプラーは「惑星運動の原動力を、太陽から発せられる〈アニマ・モートリクス〉という磁気の一種と考えていた[*1c]」ということですから必ずしも遠隔力が否定されていたわけでもないでしょう。このあたりの歴史は、山本義隆『磁力と重力の発見〈1-3〉』みすず書房(1899/12/31)[Ref-A3]に詳しそうです。まだ未読なので何とも言えませんが、詳しい書評[Ref-A3]がありますので概要はわかります。ポイントとなる箇所を引用しましょう。

----------引用開始--下線は私の強調----
 玉随の静電引力は12世紀のマルボドゥスに発見されたことや、後期ルネサンスには「実験魔術」ともいうべきものが生まれていること、数々の新知見を交えきめ細やかな論証が重ねられていく。実験的研究から地球が磁石であると結論したギルバート(William Gilbert)が、それゆえに地球は霊魂を有した生命的存在だと述べた逆説も氷解する。ギルバートの認識論こそが、地球を不活性で不動の土塊と見るアリストテレス宇宙像の解体を促したのだし、実験と観察の重視もまた、事物の本質からすべてを演繹しようとするスコラ学に対立する魔術・錬金術的方法だった。他方、スコラ学にかわる新哲学だった機械論は、原因やメカニズムの解明を要求して、魔術の解体を図るが、自らは力の説明に失敗する。やがて魔術的な遠隔力は、本質や原因への問いを棚上げすることで、数学的法則に捉えられ合理化される
----------引用終り--------------

 つまり思想の流れとして次のようにまとめられています。生気論的・魔術的流れであるギルバート~ニュートン~クーロンの流れから「本質や原因への問いを棚上げすることで、数学的法則に捉えられ合理化された」遠隔力の概念が確立された。一方、プラトンやアリストテレスからスコラ哲学に至る形而上学的根拠に頼る思想を否定して(経験に基づく?)原因やメカニズムの解明を追求した機械論も近代科学の発展に貢献したけれど遠隔力の説明には失敗した。

 現代ではむしろ近接力を遠隔力で説明するという形になっています。物体同士が接触した時の押し合う力は基本的には原子核同士の静電反発力で説明されます。で、バラバラになってしまわない方は電子を介した静電引力で説明されるわけです。

 現代科学の洗脳を受けた私の観点から見ると、実際に再現性良く観測できる遠隔力を魔術的とか神秘的とか言われてもピンとこないのが実感です。遠隔力は魔術的で近接力はそうではない、という感覚がちょっと理解しがたいのです。「2重性"dualism"を認めたがらない」と言われても、実際に2種類あるのに認めないのは頑固過ぎるとしか思えないのです。むしろ未だ観測されていない渦動とかエーテルとかを持ち出した機械論の方が、イデアを持ち出したプラトンの思想と変わらないようにも見えます。ただ機械論が持ち出した説明概念というものは、目に見える実在物から類推したものであったことに大きな特徴があるように思えます。ところがミクロ階層の実在物が、実は人類の目に見えるマクロ階層の実在物とは大きく異なる性質を持っていたのが誤算だったということになるのでしょう。


 重力場も電場も磁場も逆2乗法則で記述される静的な性質だけなら単に力の場がそこにあるというだけで話は済みます。質量や電荷や磁荷を中心に広がる形にはなっていますが、中心から周囲へと有限の速度で伝わっていくと考える必要もありません。けれど電場と磁場とが作用しあう電磁誘導現象となると、そもそも変化する現象なので変化する時間というものがかかる動的な現象になります。実際、マクスウェルは電磁波の存在とその速度を予測し、予測された速度が当時の光速度と誤差の範囲で一致したことから光の電磁波説を唱えたのです。もっとも根拠は速度の一致だけではなく、赤外線も紫外線も既に発見されていて波長数mや数nmの光も想定範囲となっていたこともあるでょう。

 またこのような動的現象を説明するためにマクスウェルは磁力線や電力線というモデルを考え出しました。これは現在でも教育的に有用なモデルで、磁力線や電力線をあたかも弾性を持つゴム紐のように考えるものです。これは現代の見方では力のベクトルをつないだ仮想的曲線以外の何物でもなく、共有結合の棒球モデルほど思考に必須なモデルでもないのですが、当時の特に機械論的観点からはまさに電磁場の実体とみなされていた可能性は十分にあります。

続く

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*1)
 1a) wikipediaの記事"ヒポテセス・ノン・フィンゴ"(英語版"Hypotheses non fingo")
 1b) 地球のつぶやき「われは仮説をつくらず:仮説と時代」は「仮説」の意味のニュートン時代と現代との違いに触れているので紹介する。
 【引用開始】運動の法則は、天体現象や物理現象から帰納によって一般化されたものです。観察や実験に基づいた事実からの帰納されたものは、確たる「法則」であり、「仮説」はないというのです。事実から帰納的「法則」であり、真理だと考えたのです。その意味で「われは仮説をつくらず」なのです。
 現在、私たちが使っている「仮説」とニュートンの使っている「仮説」では、意味合いが少々違っています。論理学や数学で証明されたもののみが法則たりえます。一方、自然科学における規則や法則は、やはり「仮説」になります。【引用終り】
 1c) 玉川大学・哲学研究室・純丘曜彰による「17Cの自然科学」。「これは、また、実験・観察、測定を重視する当時の実証主義的態度の代表的テーゼであり、また、背後存在に係わらない数学的な関係把握の提唱でもある。」
*2) It is only with reluctance that man's desire for knowledge endures a dualism of this kind.

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Ref-A1) "On the Development of Our Views Concerning the Nature and Constitution of Radiation" アインシュタイン(1909)
 
Ref-A2) アインシュタイン「エーテルと相対性理論」(1920/05/05)
 Ref-A2-1) ドイツ語原本、印刷イメージ
 Ref-A2-2) 英訳版、印刷イメージ
 Ref-A2-3) 英訳テキスト
 Ref-A2-4) 湯川秀樹(監修);内山龍雄(訳)『アインシュタイン選集 2 ―一般相対性理論および統一場理論―』共立出版 (1970/12/05),ISBN-13: 978-4320030206 ([A10] エーテルと相対性理論)
 Ref-A2-5) 石原純(訳)。日本語が難解。Ref-A2-3やRef-A2-4の英訳の方がむしろわかりやすいかも知れない。

Ref-A3) 2003/5/23に再版されている。
 湘南科学史懇話会の書評がかなり詳しい。


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