前振りからの続きです。
世論調査において、いわゆるネット調査と大手新聞社やNHK(いわゆる既成マスコミ)による従来手法での調査との結果の違いが知られています。方法が違えば結果も違って当然ですが、それをどう解釈すれば良いのかは基本的リテラシーがないと迷うところでしょう。
世論調査に限らず世の中に出回っている統計データを正しく解釈することは、統計学の専門家ならずとも必須のリテラシーと言えるでしょう。わかりやすいテキストとして、私は『統計でウソをつく法(ブルーバックス)』ref-1,*1を推奨します。昔の本ですが、こういう基本的事実は時が経っても変わりはしません。世論調査などの社会調査に絞ったものとしては谷岡一郎の本ref-2,3がわかりやすいと思います。『社会調査法入門 (有斐閣ブックス)』ref-4は自分が社会調査を行おうとする人のための基本テキストのひとつだろうと思いますが(正しくは統計学の先生に聞いて下さい)、ざっと読むと作る側から見た社会調査の陥穽というものが理解できます。また人の集団に対する調査としては、医学分野での疫学というものもあります。少しハードだとは思いますが、私が目を通して良かったと思う本ref-5,6を紹介しておきます。
ネットを使った世論調査としてはドワンゴ社(ニコニコ動画)のニコ割りアンケートによるものが最も引用頻度が高いようです。ここでの「内閣支持率調査」の結果がいわゆる既成マスコミによる世論調査と食い違っていることが、特に自民党政権末期から民主党政権誕生にかけてネット上などで話題になりました。今でも当時と類似の食い違い傾向は続いていて、むしろもう常識と化していると言えます。
結論から言えば、ニコ割りアンケートに代表されるようなネット調査も何らかの母集団の性質を反映していることは間違いありません。ただしその母集団がどんなものかははっきりしない場合がほとんどです。そしてその母集団とは「全国民」でも「全国有権者」でもありません。多くの既成マスコミの世論調査の方が「全国有権者」の性質をより反映していると考えられます。また「ネット調査は若者の意見を反映している」という見方も散見しますが、決して「全国の若者の平均的意見」を反映しているとは言えません。
基本的に社会調査の妥当性は、標本(実際にアンケート等を取った人達の集団)での分布が調べたい母集団での分布とどれほど近いか否かにかかっています。
1) 標本数が多くても標本と母集団の分布の近さが保証されていなくては意味がない
2) 母集団がグループや階層に分かれているとき、各グループや階層から同じ確率でサンプリングしなくてはならない。
3) ひとつのグループや階層からは可能な限りランダムにサンプリングしなくてはならない。
1は、「偏ったサンプリングでは間違うよ」ということで理解しやすいと思います。ただ実際の標本でどんな偏りがどれ程あるのかを推定するのは容易ではありません。当然ながら定性的にどんな偏りがある、とだけ述べて良いとか悪いとか言っても、定量的にどれ程あるのかが推定できないと埒があきません。
2は例えば年齢層ごとに人口分布と同じ分布での標本を取る必要があるということです。異なる年齢別人口分布の標本を取って(そういう標本しか取ることができなくて)、母集団の年齢別人口分布に合わせて補正する、などということをやれば偏りが拡大されるでしょう。正しい値から離れる方向に補正するのでは補正の名が泣きます。
3のランダムにサンプリングするというのがなかなかに難しい技術を要するようです。ref-4を読むとランダムサンプリングのための涙ぐましい努力が色々と書いてあります。
さて社会調査におけるアンケートの方法には以下の4種類の方法が知られていて、1から5へ行くに従い、行うのは簡単になりますが正確さは低下してゆきますref-4。
1) 個別面接調査
2) 留置調査
3) 郵送調査;送付も回収も郵送
4) 電話調査;特にRDD方式(Random Digit Dialing)*2
5) ネット調査
では次回から詳しく見ていきましょう。
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*1) 「統計でウソ(うそ、嘘)をつく法(方法)」のようなキーワードでネット検索すると、本書の感想や内容説明もヒットするし、その他にも統計の陥穽についての記事もヒットするので参考にすると良い。
*2) 電話調査におけるランダムサンプリングのための涙ぐましい努力の結実のひとつであり、RDS(Randam Digit Sampling)とも呼ばれていた。しかし、谷岡一郎はref-1,p156で厳しい評価を下している。なお引用中の他の方法にはネット調査は含まれていない。
---引用開始--
今後は、よほど緊急性が高く、質問数も数問以内でなければ、社会調査で電話を使用する意味はなくなっていくだろう。電話調査は、「正確さ」という社会調査において一番大切なものが、他の方法よりかなり劣るからである。「RDS」などと名前だけはカッコよくても、緊急性のない苦しまぎれの調査に使用するのであれば、調査マインド(リサーチ.リテラシー)は低いと言わざるをえない。
---引用終了--
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ref-1)ダレル・ハフ(著),高木秀玄(訳)『統計でウソをつく法(ブルーバックス)』講談社 (1968/07)
ref-2)谷岡一郎『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』筑摩書房(2007/05)
ref-3)谷岡一郎『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』文藝春秋 (2000/06)
ref-4)盛山和夫『社会調査法入門 (有斐閣ブックス)』有斐閣(2004/09)
ref-5)中村好一『基礎から学ぶ楽しい疫学』医学書院;第2版(2005/12)
ref-6)津田敏秀『市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで』緑風出版 (2003/10)
世論調査において、いわゆるネット調査と大手新聞社やNHK(いわゆる既成マスコミ)による従来手法での調査との結果の違いが知られています。方法が違えば結果も違って当然ですが、それをどう解釈すれば良いのかは基本的リテラシーがないと迷うところでしょう。
世論調査に限らず世の中に出回っている統計データを正しく解釈することは、統計学の専門家ならずとも必須のリテラシーと言えるでしょう。わかりやすいテキストとして、私は『統計でウソをつく法(ブルーバックス)』ref-1,*1を推奨します。昔の本ですが、こういう基本的事実は時が経っても変わりはしません。世論調査などの社会調査に絞ったものとしては谷岡一郎の本ref-2,3がわかりやすいと思います。『社会調査法入門 (有斐閣ブックス)』ref-4は自分が社会調査を行おうとする人のための基本テキストのひとつだろうと思いますが(正しくは統計学の先生に聞いて下さい)、ざっと読むと作る側から見た社会調査の陥穽というものが理解できます。また人の集団に対する調査としては、医学分野での疫学というものもあります。少しハードだとは思いますが、私が目を通して良かったと思う本ref-5,6を紹介しておきます。
ネットを使った世論調査としてはドワンゴ社(ニコニコ動画)のニコ割りアンケートによるものが最も引用頻度が高いようです。ここでの「内閣支持率調査」の結果がいわゆる既成マスコミによる世論調査と食い違っていることが、特に自民党政権末期から民主党政権誕生にかけてネット上などで話題になりました。今でも当時と類似の食い違い傾向は続いていて、むしろもう常識と化していると言えます。
結論から言えば、ニコ割りアンケートに代表されるようなネット調査も何らかの母集団の性質を反映していることは間違いありません。ただしその母集団がどんなものかははっきりしない場合がほとんどです。そしてその母集団とは「全国民」でも「全国有権者」でもありません。多くの既成マスコミの世論調査の方が「全国有権者」の性質をより反映していると考えられます。また「ネット調査は若者の意見を反映している」という見方も散見しますが、決して「全国の若者の平均的意見」を反映しているとは言えません。
基本的に社会調査の妥当性は、標本(実際にアンケート等を取った人達の集団)での分布が調べたい母集団での分布とどれほど近いか否かにかかっています。
1) 標本数が多くても標本と母集団の分布の近さが保証されていなくては意味がない
2) 母集団がグループや階層に分かれているとき、各グループや階層から同じ確率でサンプリングしなくてはならない。
3) ひとつのグループや階層からは可能な限りランダムにサンプリングしなくてはならない。
1は、「偏ったサンプリングでは間違うよ」ということで理解しやすいと思います。ただ実際の標本でどんな偏りがどれ程あるのかを推定するのは容易ではありません。当然ながら定性的にどんな偏りがある、とだけ述べて良いとか悪いとか言っても、定量的にどれ程あるのかが推定できないと埒があきません。
2は例えば年齢層ごとに人口分布と同じ分布での標本を取る必要があるということです。異なる年齢別人口分布の標本を取って(そういう標本しか取ることができなくて)、母集団の年齢別人口分布に合わせて補正する、などということをやれば偏りが拡大されるでしょう。正しい値から離れる方向に補正するのでは補正の名が泣きます。
3のランダムにサンプリングするというのがなかなかに難しい技術を要するようです。ref-4を読むとランダムサンプリングのための涙ぐましい努力が色々と書いてあります。
さて社会調査におけるアンケートの方法には以下の4種類の方法が知られていて、1から5へ行くに従い、行うのは簡単になりますが正確さは低下してゆきますref-4。
1) 個別面接調査
2) 留置調査
3) 郵送調査;送付も回収も郵送
4) 電話調査;特にRDD方式(Random Digit Dialing)*2
5) ネット調査
では次回から詳しく見ていきましょう。
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*1) 「統計でウソ(うそ、嘘)をつく法(方法)」のようなキーワードでネット検索すると、本書の感想や内容説明もヒットするし、その他にも統計の陥穽についての記事もヒットするので参考にすると良い。
*2) 電話調査におけるランダムサンプリングのための涙ぐましい努力の結実のひとつであり、RDS(Randam Digit Sampling)とも呼ばれていた。しかし、谷岡一郎はref-1,p156で厳しい評価を下している。なお引用中の他の方法にはネット調査は含まれていない。
---引用開始--
今後は、よほど緊急性が高く、質問数も数問以内でなければ、社会調査で電話を使用する意味はなくなっていくだろう。電話調査は、「正確さ」という社会調査において一番大切なものが、他の方法よりかなり劣るからである。「RDS」などと名前だけはカッコよくても、緊急性のない苦しまぎれの調査に使用するのであれば、調査マインド(リサーチ.リテラシー)は低いと言わざるをえない。
---引用終了--
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ref-1)ダレル・ハフ(著),高木秀玄(訳)『統計でウソをつく法(ブルーバックス)』講談社 (1968/07)
ref-2)谷岡一郎『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』筑摩書房(2007/05)
ref-3)谷岡一郎『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』文藝春秋 (2000/06)
ref-4)盛山和夫『社会調査法入門 (有斐閣ブックス)』有斐閣(2004/09)
ref-5)中村好一『基礎から学ぶ楽しい疫学』医学書院;第2版(2005/12)
ref-6)津田敏秀『市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで』緑風出版 (2003/10)
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